異次元 | ナノ


異次元 
【すんどめ:VS夏侯覇】
 




気が付いたら、辺りは一面の花畑だった。

しかも、暗い。どうやら完全に夜の時間帯のようだ。空を見上げると満天の星空で、これ以上ないくらいに見事すぎる満月が頭上に浮かんでいる。

こんな綺麗な夜空を見たことがない、と思ったところで、月明かりのせいか視界は割と良好で、夜にしては結構明るいことに気が付く。

そして何より驚いたのは、この花畑だ。夏侯覇は今立っている場所をぐるりと一周見回したが、四方八方どこを見ても花だらけ。地面はもちろん、その辺の小石までが白い小さな花を咲かせている。

さらに異様に感じたのは小鳥のさえずりが聞こえ、花畑を綺麗な蝶がひらひらと飛んでいることだ。

鳥も蝶も、夜には活動せずじっとしているはずなのに、ここにいる生き物は眠りという概念を忘れてしまったのか、まるで昼間と同じように活動している。

そのくせ、見渡す限り広がっているのはこの花畑のみ。ちょっと背が高い植物が時々生えている程度で、森林も、道も、家やその他の建造物らしき物は何もない。

全くもって意味が分からない。一体ここは何処なんだ。

「えーっと……」

夏侯覇はぼんやりする思考に活を入れ、とりあえず直近の記憶を掘り起こそうと試みる。確か……そう、あれは今日のことだ。

一日の勤めを終えた後、疲れているからさっさと寝ようと思っていたところだったのに、あの悪魔のような司馬兄弟と高慢不遜な鍾会に運悪く見つかり、半ば強引に飲み会に参加させられた。

(あー…、そうだ。だんだん思い出してきた)

いやまあ確かに、俺だって酒は嫌いじゃないし、むしろ好きな方だよ。

戦を離れてみんなでわいわい騒ぐのは、純粋に楽しいと思う。だけどね、あの人らのノリには若干ついていけない時もあるんだよなあ。

揃いも揃って酒癖が悪いわ、とにかく絡みまくってくる上に、女が参加しない宴席での下ネタがひどい。

今日なんか特にひどかった。司馬昭殿の『よーし!んじゃ順番に言っていこうぜ。身近な女の中で、一発ヤリたいと思うのは誰だ!?』というとんでもない一言から場が乱れたんだよな。

ああ、うん。まあ、酒が入ったらどうせそういう話になるだろうなって予想はしていたけどさ……。

当然のごとく俺は空気を読んで、ひたすら聞き役に徹していたんだけど、正直もう帰りたかった。

んで、自分の番が来る前にさりげな〜く「ちょっと厠に行ってきます」つって中座して、妙に勘のいい司馬師殿に「なんだ、夏侯覇。逃げるのか?」とか突っ込まれて、「いやいやいや!何をおっしゃいます、司馬師殿。普通に酒の飲みすぎで小便したくなっただけなんで、ハハハ!お構いなく!」って言い訳して部屋を出たんだよな。

念の為、何度も背後を振り返って追手がいないことを確認した上で猛ダッシュして自室に戻り、速攻で鎧を脱いで着替えたところまでは覚えている。

しかしそれ以降の記憶がないということは、風呂に入る余力もなくそのまま眠ってしまったということだろうか。

「参ったなあ……」

つまり俺は今夢の中にいて、これは俺が見ている夢の中の光景ということになるのか?

だとしたらどうしてこんなことになっているんだ。まさか俺自身がこんなメルヘンチックな世界を望んだとでもいうのか。いやいやいや、そんな馬鹿なことがあるわけない。俺はこう見えて結構な現実主義者だ。

それにしても、何とも不思議な感覚だ。自分が夢をみているという自覚がある一方で、どこか現実味を帯びているような気がする。

夏侯覇は試しに頬をつねったり、殴ってみたりしたけれど痛みを感じただけで目が覚めることはなかった。

「……どうすっかなあ……」

夢なら夢で思いっきり羽を伸ばして遊んでもいいのだが、その為の施設など何もない。綺麗な景色に癒されはするが、言ってみればそれだけだ。

どうせなら綺麗なお姉ちゃんの大群に囲まれたハーレム夢でも見せてくれれば良かったのに。なんて使えない夢なんだ。俺の馬鹿。

そんなことを愚痴りつつ、夏侯覇が頭を悩ませていたその時だった。

ふわり、と優しい風が吹いたかと思った次の瞬間、自分以外誰もいなかった空間に光が差し込み、その中から突然何か≠ェ出現した。

その光の中から現れたのは女性。それも、彼にとってよく見知った人物───名無しである。

「…へっ?」

それは、あまりにも予想外の出来事だった。

ここは何でもありの夢の中である。だから、彼女がここにいること自体、何ら不思議ではない。

問題は、なぜそれが彼女なのかということだ。

その上、突如姿を見せた名無しの服装が、いつもと全く違っている。

夏侯覇が記憶している名無しという女性は、普段、露出の少ない衣服を好んで着用していた。肌を覆う面積の多いゆったりとした服を好み、色も比較的おとなしめな物ばかり選んでいたような気がする。

だが今は違う。一言でいって、ドエロだ。

彼女が身に纏っているのは白い布地のワンピース。

しかし丈が短すぎる。口煩い頑固オヤジや頭の固いオバサンでなくてもギョッとしてしまうくらい、太腿まで見えるくらい短いのだ。

しかもその下は素足で、彼女の白く柔らかそうな太腿が惜しげもなく晒されている。

さらに上半身は両肩が剥き出しのデザインになっていて、中心に向かって胸元がVの字にカットされているせいで谷間がくっきりと見えてしまっていた。

おまけに背中まで大きく開いているし、腰のあたりまで切れ目が入っているので、お尻に続くラインも丸分かりである。

もうここまでくるとお色気全開。白ワンピースなんて清楚度MAXの衣装のはずなのに、どこの娼婦ですかというレベルだ。

男の劣情をこれでもかというほど煽る格好をした彼女は、花畑の真ん中で一人ぽつんと立っていたのだが、夏侯覇の存在に気づくなり、パアッと明るい笑顔を見せた。

「夏侯覇!」

名無しがこちらを見た途端、夏侯覇の心臓は大きく跳ね上がる。

な、な、な……!

「ちょっ……、おまっ……」
「え?」
「な、な、なんで名無しがこんなところにいるんだよっ。じゃ、なくて!なんだよそれえぇぇ!!」

夏侯覇は名無しを指差しながら大声で叫んでしまった。

だって仕方ないだろう!?

この名無しの姿はないわー!マジでない! ここは俺の夢の中だっていうことは、そんなもん、俺の頭の中にある欲望がそのまま具現化されたってことになるわけだろ。

つまり俺が超欲求不満な状態ってことじゃん! ああ、ヤダヤダ。俺ってばなんて破廉恥な奴なんだろう。自分で自分が恥ずかしいぜ!!


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