異次元 【茨の檻】 「俺は肉体関係を結んだ女性は山ほどいますが、いずれもあいつらが一方的に俺に惚れているだけです。女側から是非にと求められ、請われるから抱いてやるだけ」 「…は…?」 「無論、セックスの最中に相手の快楽など考えたこともありません。私を満足させたらお前の望みをなんでも叶えてやると言われればまた別の話。任務の一つと考えて夜明けまで頑張りますが、それも最終的には自分の為。相手の為ではありません」 「……っ」 「そんな俺が、今この瞬間は何の見返りも求めず、名無し殿ただ一人に己の身を捧げ、あなたが泣くほど悦ばせる為に誠心誠意お務めしようとしているのです。これが俺にとっては立派な奉仕、報恩と言わずして何でしょう」 残酷で身勝手な内容をこともなげに語る男に、名無しは瞳を凍りつかせる。 「そして名無し殿には不可能だと言った理由は、あなたは決して自分の体と性技が価値あるものだとは思っていないからです」 自分の美貌と肉体は、世の男であれば誰もが涎を垂らして欲しがるモノ。言わば至高の宝玉である。 よって、この私が男に足を開いてやることは立派なご褒美に該当し、他者への施しに値する。 法正殿だって、私とセックスできるなんて内心嬉しくてたまらないでしょう。私を抱けたら、それはそれは自慢でしょう。周囲に吹聴しまくるのでしょう? ……などと自ら下着を脱いで男に跨り、悦に浸るような自惚れの強い女だとは思えない。 反対に、俺は女に対してまさにそのような事を思っています。 だからこそ感謝の表明≠ノなると考えるが、あなたはそうではないでしょう、と法正は口端を吊り上げる。 「さらに言えば、嫌がる相手を無理やり襲うなどあなたの脳内辞書には欠片も存在しない概念だ。よってあなたは親しい人間にそんな真似をしようとは思わない」 「うそ…です…。法正、殿…。あなたは、そんなひどい人では…」 「そうは言っても、今まで俺のような男にも散々良くして下さったあなたのことです。何の気の迷いか、または変な薬でもキメた名無し殿に万が一押し倒されるような出来事があれば、俺は謹んでお受けしますよ」 「私への奉仕、って…?法正殿の体を、使って、だなんて、そんなこと…私…望んでな…」 他者への奉仕や恩返しというのは、相手が望む物であったり、相手の為になる、喜んで貰えることが確実だと思われる事柄だけがそう言えるのではないのか。 そんなものなど自分は一切望んでいない、求めていないと震える声で主張する名無しの反論を、法正は鼻で笑う。 「まあ、そうでしょう。……今≠ヘね」 法正は声を低め、突然くくっと笑い始めた。 「今、って…?法正殿、それはどういう…」 「2、30分後にはあなたの方から俺を求めるようになって下されば、この行為は『合意』になります」 「……!!」 いくら名無しが人を疑うことが苦手な性格の女性でも、何も知らない子どもという訳ではない。 相手が受け入れさえすれば立派な返礼であり、和姦に成り得るとこの男は言いたいのだ。 ───法正殿は、私を犯す気だ。この場所で……! 「や、やめて…、やめてください!」 名無しは力一杯男の体を突き飛ばし、身を翻してベッドから跳ね起きた。 そんなイメージを思い描いた矢先、無情にも跳ね除けようとした手を掴まれ、そのままベッドに押し付けられる。 「法正殿、やめ…」 「抵抗してもいいですよ。言ったでしょう、あなたも好きなようにすればいいと」 「え…!?…ぅ、ん…っ」 やめてください、と再度叫ぼうとしたが、言葉は形を成さなかった。 男の厚い唇が、名無しの唇に触れる。 口づけをされていると名無しが自覚するには、あまりにも短く、そして優しい感触だった。 何が起きたのかと自問するよりも早く、一旦離れた男の唇がもう一度同じ場所に重ねられ、温かい体温が伝わる。 次の瞬間、少し強い力加減で唇を吸われ、ちゅっ…と濡れた水音がした。 ちゅっ、ちゅっと何度も繰り返し唇を吸われ、男の唇でぴったりと覆われて、息の出口すら塞がれたように感じた名無しは思わず呼吸の為に口を開く。 その瞬間、狙い澄ましたかのような動きで、濡れた肉が名無しの口内に侵入する。 「や…!ふ…、は……ぁ…」 声を上げる事も出来ず、抗議の悲鳴は口の中でぬるぬると動く法正の舌で掻き消されていく。 神経が集中した粘膜はまるで第二の性器のような感度を持ち、男の舌が自在に這い回る度に甘い痺れが名無しを襲う。 「ほら…名無し殿。もっと深く入れてあげますから、あなたの好きにしていいですよ」 「…ぁ…、んぅっ…ほうせい、どの…」 「本気で嫌なら俺の舌を根元まで飲み込んで、思い切り歯を立てて…そのまま噛み切ればいいんです」 さあどうぞ、と。 舌を絡めながら呟く男の提案に、名無しの顔がさっと強張る。 「完全に噛み千切れば、舌の筋肉が強く収縮して奥に引っ込み窒息死します。根元から千切れなくても、大量出血させる程度の範囲を噛み切れば、喉に血が詰まって殺せます」 「…ふ…、ん、んんっ…!」 舌を噛んで死ぬというのは、武器や力を持たない弱者にも選択出来る自害。 それを自分自身で行うのではなく、他人を殺す為に使えと促され、ぞっとする悪寒が名無しの体内に込み上げる。 「まさかこの仕事に就いておきながら、今更人を殺すのに抵抗があるなどと戯言を言わないで下さいよ」 「ふ…、ぁ……。法……」 「これからする事が害悪だというのなら、俺はあなたにとって仲間ではなくただの敵に格下げされる。憎むなり殺すなり、お好きにどうぞ」 「い、や…っ。法正、殿…!」 懸命に頭を動かして逃れようとする名無しに構わず、法正は角度を変えて彼女の口腔に舌をねじ込む。 執拗に内部を舐め回され、時折舌先で歯の裏側や歯肉をなぞられる毎に、甘い疼きが名無しの全身を侵食する。 「んうぅ…。法正…殿…、待っ…」 男の肉で口の中も舌も両方嬲られ、犯される。 熱い体温と弾力を持った肉の塊が粘膜を何度も出入りするさまは、まるで男女の性器を模した疑似レイプだ。 「……は…ぁ…、だめぇぇ……」 くちゅくちゅと唾液が混ざる音が響き、名無しは甘い嘆きを漏らす。 抵抗しなくてはならないと頭では分かっているはずなのに、『俺を殺せ』と告げた法正の低い声が脳内で何度も再生され、名無しの目尻に涙が溜まる。 法正に何と言われようがこんなこと到底許せないし、はいそうですか、と簡単に受け入れられることではない。 けれども、枕元にある刃物を手にして法正の心臓に突き立てたり、彼の舌を思い切り噛み千切って窒息死させるなど、名無しにはどうしても実行できない。 [TOP] ×
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