異次元 【茨の檻】 女が処女であり、そのことに価値があるのは当たり前ながら貫通前。それを商品として売ろうと考えるのであればチャンスはただ一度きりだ。 処女を売るという選択肢の善悪はこの際置いておいて、どうせ売らなければならないのだとしたら、極力高く買ってくれる相手に売りたいと思うのが売り手の心情というものだろう。 『法正様。……わたし、やります』 信頼できる筋だけに事情を話し、情報を求め、条件に合う商品を秘密裏に探し集めていた法正の元には、やがて自薦・他薦ともに何人もの少女たちが集まった。 多額の報酬を求める理由は人それぞれだ。 純粋に遊ぶ金欲しさなのか、貧しい家庭に生まれ落ち、借金を返すためなのか、家族を助けるためなのか、あるいは惚れた男に貢ぐためなのか。 それとも法正という男の役に立ちたい、彼の助けになるというなら何でもする、という男に対する崇拝にも似た気持ちからくる自己犠牲の賜物なのか。 彼女たち一人一人の事情などには興味がないし、また、そんなことを単なる興味本位で根掘り葉掘り聞きだすのは下種な行為だ、と法正は思う。 下種な行為と言うならば、何の罪もない未成年の少女たちを悪い大人たちの生贄に捧げるというこの行為もまたそれに該当するものと言える。 けれども、劉備の夢を叶える為ならどれほど汚い手段でも厭わないと決めたのは自分だ。 彼女たちに、許してくれなどとは言わない。 その代わりに、俺と殿を助けてくれた彼女たちの恩には実利で報いる。普通に働いているだけでは決して手にできない程の多額の褒美を出す。 そして、その事実は絶対に殿には告げず、俺が全ての罪を背負って地獄に落ちる。 法正はそう思っていた。 「そうだ法正殿。この後少し時間はあるか?妻がそなたに会いたがっていた。よければ顔を見せてやってくれないか」 「奥方様が?俺でよければ、勿論寄らせていただきます」 法正の脳裏に、以前何度か話をしたことがある文宋の妻の姿が浮かぶ。 いつ会っても長い髪を綺麗に結い上げて、濃すぎず、薄すぎず、きちんとした化粧をして出迎えてくれる清楚な美人だ。 「奥方様と言えば、来月あたりお誕生日だったと思いますが」 「そうだ。よく覚えてくれていたな」 「確か良い香りのするお茶が好きだと仰っていたはずなので、また来月お祝いの品を携えてお邪魔してもよろしいでしょうか」 「それは有難い。妻も喜ぶよ」 「おいくつになられたのでしたっけ」 「今年で25だ」 ベッドの傍に置かれている盃に手を伸ばし、文宋が答える。 「もう25だよ。私の元に嫁いできた9年前にはまだ16だったのになあ。やはり女は20を過ぎるとだめだね。肌の張りも、女性器の締め付けのキツさも全然違う。25才なんて、はっきり言ってもうばあさんだよ」 文宋は高級酒を口に含み、苦々しげな顔をする。 (テメエも48のジジイのくせして何言ってやがる) 俺が女なら殺してやりたいと思うぜ、このド外道が。 喉元までせりあがる罵声を、法正は何とか飲み込む。 25といえば、まだ十分年若い女性ではないか。 50才を目前にした今ですら23も年下の美女を妻として抱えているのなら、現時点でも贅沢すぎる立場だろう。 ……何かが聞こえる。 男の陰茎を深々と飲み込んでいる女性だけではなく、彼の横でぐったりと力なく転がっている女性もまた呆けた顔で法正の名を口ずさんでいた。 グチュグチュッ、ジュブジュブッと響く淫靡な水音の中に混ざり、法正様、法正様…と愛しそうに男の名を呼ぶ少女たちの声が奇妙なハーモニーを奏でていく。 「どうやらこの娘たちは二人揃ってそなたに懸想しているようだ」 そなたもつくづく罪作りな男よな。 文宋はそう言って楽しげに口端を吊り上げ、法正を見つめた。 「どうだろう、いっそのことそなたも一緒に楽しむというのは」 「せっかくのお申し出ですが、ご遠慮します」 「なぜだ?」 「もう少し育った方が、俺は好みですので」 文宋の誘いを断り、法正は頭を振る。 「なんだ。もっと年を食った女の方が良いというのか?年増が好みとは、法正殿も珍しい男だな」 だから、自分の年齢の半分の妻を持っているというだけでも世間の男達からすれば憎らしくて噴飯ものだと言っているだろうが、このロリコン野郎。 女は20才を超えるとだめだというのなら、てめえの方がよっぽど年配のジジイだろうが! そんな風に正面切って罵ることができればどれほどいいか。 劉備が三国を平定するまでの協力者という性質上、面と向かって罵詈雑言を浴びせることが今の法正には許されず、再び湧き上がる怒りを飲み込むことしかできない。 「ああ、それともう一つ」 「何でしょうか?」 法正は口元だけで微笑みながら、脳内妄想の世界で何度も文宋を刺し殺す。 義と仁徳に厚い人物の集う劉備軍の中で、法正は珍しくドSで性悪の部類に属する影の男≠セ。 もし、文宋みたいな低俗な人間が劉備のすぐ近くに存在していたとすれば排除する。 しかし、あくまでも曹操との戦いにおける兵力の一つとして考えるのであれば、こんなクズどもにも一定の利用価値はある。 そう思えば、こんな男でも単なる戦争道具の一つとして割り切ることが可能だった。 「実は私の友人も、この娘たちと同じ年頃の処女に酷く興味があってね。私だけが楽しむのはズルいと言って責めるんだ」 イッたばかりで敏感になっている女性の抵抗を遮り、文宋は片手で酒を飲みながら、空いている方の手で彼女の腰を掴んでなおも内部を男根で抉る。 「そいつはこの国でも五本の指に入る大商人でね。奴から金を貸りている武将も多い。裏では武器商人たちとも通じていて、独自の入手経路を持っている。劉備殿のお役に立てる男だと思うから、親しくしておいて損はないと思うが?」 室内に満ちる嬌声に呼応するように、法正が黒い双眼を見開く。 (これだけ散々好き勝手なことをしておいて、まだ満足していないというのか) どうしてこんな悪人どもに限って、庶民が羨むような金と権力を持っているんだ。 どうして殿のように高い志を持ち、隣人を愛し、民を思い、世の中を良くするために尽くそうとする善良な人々に限って、決まって多くの困難や苦難を乗り越えていかなければならないのか。 (……狂っている) 自分の娘や孫ほどに年の離れた少女の処女を欲しがり、薬漬けにして嬲ることを心から楽しんでいるように見えるこの豪族も。 そんな男を羨ましがり、お前ばかりズルイ、自分にも同じ思いをさせろと要求する大商人も。 文宋の他に、自分が交渉している高名な学者も。上級役人も。教師も。聖職者も。 あいつも。 そいつも。 こいつも。 どいつもこいつも、身分の高い男ほど、似たようなことを全員求めてくる。 [TOP] ×
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