異次元 | ナノ


異次元 
【※ただしイケメンに限る】
 




一見仲良さそうに見えたけど、司馬師殿に苛められてんのかな?名無し。

それはそれで可哀想だよなあ。俺に出来る事なら助けてやりたい気もするけど、どうすっかなー。

人知れず夏侯覇が悩んでいた矢先、事件は起こった。

何かいい方法がないかと視線を彷徨わせた僅かな間に、司馬師と名無しの位置関係が大きく変化していたのだ。

つい先ほどまでは微妙な距離を保っていた両者のはずなのに、壁を背にした名無しのすぐ前に司馬師が立ちはだかっている。

司馬師は名無しの背後の壁に片手をついた体勢で、長い腕で覆うようにして顔を近付け、彼女を壁際に追い詰めていた。


えっ…、ちょっ、待っ……。


えっ、えっ!?何だよアレ。


もしかして、なんつーの。


あれが世間で噂の、いわゆる『壁ドン』!?


「ちょっと…、子元っ!?」

悲鳴混じりの声を零し、名無しが司馬師の傍から逃れようとした。

すると司馬師はそんな彼女の行動など全て想定済みだと言わんばかりに、名無しの顔を挟むようにしてもう片方の手も壁に付き、完全に名無しの自由を拘束してしまった。

壁ドンの完成形である。

「そ、と…でしょう?子元っ。こんなところで…誰かが来たら…!」

消え入りそうなくらいに小さな声で、名無しが必死に抗議の言葉を言い募る。

「無論、承知の上だ。むしろその方が効果的だろう。人目を気にするお前なら、ここで無様な大声を出してあの人≠ニやらに見つかる事を好まないはずだ。……違うか?」
「──────!!」

司馬師の体の下で、名無しは哀れな程に両目を大きく見開く。

図星なのか、戸惑いを含んで揺れる瞳が司馬師を見上げる。

「そんなに嫌か、私の事が」
「……。」
「何故黙る。急に口が利けなくなった訳でもないだろう」
「……っ。待って、子元。お願い…こんなところで…」
「待たない」
「……!そんな、いやっ…、子元……っ!」

先刻よりも一層頬を上気させ、名無しは懸命に身を捩った。

頬どころか、反らす首筋や鎖骨まで赤い。

それと同じくらいに真っ赤になった彼女の耳に口元を寄せ、司馬師が再度名無しに問う。


「──────答えろ」


あ、やばいわこれ。見ちゃだめなやつだ。

やばい場面だ、これ。

ここにきて、喧嘩は喧嘩でも痴話喧嘩に近い種類の物だと夏侯覇は悟った。

うっわー、なんだこれ。司馬師殿の色気が滅茶苦茶やばすぎるんですけど。

男の俺から見ても、直視できないレベルの壮絶な色っぽさなんですけど。

大丈夫か名無し!?息してる!?

壁ドンとかマジで色男にしか許されない究極奥義なんだけど、さすが司馬師殿はさらっとスマートにこなしやがるぜ!そこに痺れる、憧れる!!

……じゃなくって!!!!

ちょっと待て。よく見ると下半身も密着してないか。

しれっと足ドン?股ドン?までしてないか、あれ!!??

夏侯覇の疑問通り、名無しの両足の間に滑らせるようにして司馬師の片足が入り込んでいる。

上半身の動きを両腕で封じると同時に下半身の動きも封じる事で逃走を阻止する高度なテクだが、さっすが司馬師殿、昼間の動きもテクニシャンっすねえ〜とかアホな感想しか夏侯覇は思い浮かばない。

いやいやいや。だって、実際に知り合い同士の壁ドン攻防戦を目の前で目にしてみ?ビビるし。

見てるこっちの方が恥ずかしくなってくるし。照れるし。

そんでもって、足を挟んだり腰を押し付けたりっつーのは司馬師殿みたいな超絶イケメンにしか許されない所業な訳で。

まったくもってドエロい……、じゃなくて、実にけしからん構図ですね。

まったく!!!!

「子元、お願い…離して…」

睫毛を震わせて、伏し目がちに答える名無しの反応も、司馬師に負けないくらいに色っぽい。

壁に押し付けて、あんな顔されちまったら俺だって腰にくるわ…、と思い、完全に姿を見せるタイミングを失った夏侯覇は若干前かがみの体勢になる。

あーもう心臓に悪いぜ。

何があったのか知らねえが、司馬師殿の言う通り早く答えを出してくれ、名無し!!

「既成事実とはこういう事だ。他人に見られようが一向に構わないがな、私は」

微かに唇を吊り上げる司馬師の双眸に、名無しの背筋がぶるりと震えた。

笑みの形に歪んだ男の唇とは異なり、その眼は少しも笑ってなどいない。

「子元…っ。分かった、分かったからっ。一緒に行きます!だから…」
「だから?」
「少し…、離れて歩いて欲しいの…。私の傍から…お願い…」
「……。」
「子、元…」
「……それほど私の事が嫌だから……、か?」

耳元で響く男の声に、ぎくりと背中が反った。

普段冷静な司馬師にしては珍しく、名無しにもはっきりと感じ取れるほどの激しい怒りの色が滲んでいる。

「ち、違うの、そのっ」

男の強い感情を間近で受け止め、名無しが焦ったような声を上げる。

「子元があんまり近くにいると、私、緊張して…、ドキドキして…」
「……。」
「ま、前はそんな風じゃなかったんだけど。あれから、その…まともに子元の顔が見られなくなっちゃって……恥ずかしくて」
「……。」
「こ、こんな風に耳元で子元に話されるのも、正直辛いの。間近で子元の顔を見たり、子元の声を聴くと心臓がおかしくなりそうで、その」
「私の顔が、声が、何故?」
「ええっ!?な、何故って…。だって、子元の顔はその、凄くキラキラしていて、声も凄く男の人っぽくて、しっとりしていて、低くて、素敵な声だから、ええっと……」

可哀想に感じるくらいに全身の肌を真っ赤に染めながら、名無しはしどろもどろな口調で司馬師の問いに何とか答えようと試みた。

名無しの回答に司馬師は数回瞬きしたが、ほう、と短く呟くと、悪戯っぽい笑みを浮かべて一層彼女に顔を近付けた。



「それは光栄だな。この声で感じてくれるのか?」


ピピ─────────────ッッッッ!!


アウト────────────ッッッッ!!


司馬師殿、そこまでッ!!バッター、アウトッ。アウトですッッッッ!!!!


離れていても空気を通してビンビンに伝わってくる司馬師の強烈なフェロモンを感じ取り、夏侯覇は思わずホイッスルを全力で鳴らしながらメガホンを握って飛び出したい衝動に駆られた。


圧倒的に、顔がいい。

体躯もいい。声もいい。

その、ちょっと意地悪な目付きもいい。

俺がもし女だったとしたら、こんな色男に迫られちまったら、うっかり籠絡しかねない。

合意の上なら仕方がないが、そうじゃないなら危険すぎる。

逃げの一手だ。名無し、頑張って逃げろ!!

「ちょ、ちょっと、何言って…っ。顔が近いよ、子元!」
「だから何だ。問題でもあるのか?」
「だから、子元は顔が良すぎるの!少なくとも、常時3mから5mは離れた位置にいて貰わないと困りますっ」
「知るか」
「もう…、子元ったら言った傍からこんな事…、お願い子元、少し離れて!本当に、ドキドキして…恥ずかしいから…!」

名無しは頬を赤らめながら、潤んだ瞳で、ググググッ…と、懸命に力を込めて両手で司馬師の胸板を押し返す。

羞恥に染まった名無しの健気な姿を目に留めて、幾分満足したのだろうか。

司馬師はようやくゆっくりと体を離し、彼女の肉体を解放した。


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