異次元 | ナノ


異次元 
【※ただしイケメンに限る】
 




「────まあ話を最後まで聞いて下さい。私が名無しの事を思い出したのは、司馬昭殿にお会いしたからなのですよ」
「ん?何で俺?」

唐突な鍾会の発言に、司馬昭が顔を上げる。

「名無しは料理の下ごしらえをしていたと言ったでしょう。どうやらそれ、司馬昭殿の為にしていたんだそうです」
「……は?」

鍾会の告げた言葉の意味を咄嗟に理解する事が出来ず、司馬昭はポカンとした顔をした。

鍾会の説明によると、『それは今晩の食事なのか?』と軽い気持ちで鍾会が名無しに尋ねたら、名無しは<自分のではなく、頼まれものだ>と答えたそうだ。

『実は、子上と約束していたんだよね。子上の為にご飯を作るって。子上のリクエストでカツ丼なんだけど、久しぶりに作るメニューだから失敗しちゃいけないと思って、昨日も自分用に試しに作ってみたものの、もう少しパン粉の分量を変えてみようと思って朝から色々とレシピを見ながら挑戦していたところだったの。上手くいくといいんだけど』
『なっ……。子上殿と約束、だと……!?』
『うん、そう。朝は私が食べたい気分だったからおはぎを作ったんだけど、さすがにカツ丼とおはぎだと合わないよね。脂っこい物の食後だから、つるんとさっぱりした寒天やゼリー系がいいかなあ。さっぱりと言えば、グレープフルーツをくり抜いた器で寒天ゼリーとかも良さそう。お茶は冷たい緑茶かほうじ茶がいいかな。あ、麦茶もいいよね。よし、そうしよう!』

考えがまとまったのか、名無しはすっきりとした顔で書類に目を通し始めた。

『もし鍾会も食べてくれるなら、今度鍾会にも作るね!』という、とびっきりのチャーミングな笑顔と台詞付きで。

男の要望に応えて休み時間にメインの食事に取り掛かるだけでなく、それに合うデザートまで作成し、飲み物との全体的な相性まで考えて準備にかかろうとする名無し。

それに加えて、ご近所さん(?)へもきちんとおすそ分けを配るという細やかな気遣いも忘れない。


────圧倒的……、圧倒的な嫁力ッッッ────!!


「司馬昭殿の分だけではなく、私の分まで作ってくれるというのがミソですよね。前々から思っていましたが、どう見てもアレは城の男ども全員の嫁です。間違いなく」

言葉の終わりと共に、端正な顔をほんのりと赤らめて、鍾会がハーッと溜息を漏らす。

本当は嬉しいという内心とは裏腹に、

『ふ…、ふんっ!この私があなたの手料理如きをそう簡単に食べてやるとでも思っているのか!?星三つの評価のついた店にしか通った事がない、エリート美食家であるこの私が!?』
『ふふっ、そうだよね。確かに鍾会ってばお金持ちだし、素敵なお店ばかり食べ歩きしているって評判だったもんね』
『そうだっ!!』
『それに比べれば私の作ったものなんて美味しくないかもしれないけど、私、一生懸命勉強するから、もし鍾会の気が向いたら食べてくれると嬉しいな』
『ぐっ…、この女…!そのような真似、断じて断るっ!!』

と、ついいつものように素っ気ない態度と冷たい言葉で跳ね除けてしまったのだが、鍾会はそんな己の行為をめちゃくちゃ後悔していた。


ああああっ……!分かっているのに、あんな風に天邪鬼な反応しか出来ない己自身の性格が恨めしいっ。


私だって!!本当は食べたいんだもんっっ!!!!


名無しの手料理を!!食べたいいいいいいいい────!!!!


「それなのに、どうして今まさにポカンとした間抜け面で私を見ているクソ男の為なんかに……。作る必要なんてないのに……司馬昭殿にはせいぜい泥団子でも恵んでおいてやればいいのに……よりによって!」

本音と建前を使い分けようともせず、完全に心の声が表の世界に出てしまっている鍾会。

普段なら、このような台詞を司馬昭が聞いた時点で即バトルに発展していたと思われる。

しかし、この時の司馬昭は、何故か静かで、恐ろしい程に無反応だった。

自分に向けられる鍾会の暴言などまるでどこ吹く風といった様子で、まるで乙女のように両手で自らの顔を覆ってブルブルと震えている。

「どうしたんですか、司馬昭殿」
「……名無しが、俺の為に……休み時間を使ってまで……?」
「そうですよ。どうせあなたの事ですから他の女に言っているように思いつきで言っただけの軽い言葉なんでしょうけど、可哀想に真面目な彼女はあなたみたいな女たらしのヤリチンゲス男の為に真剣にメニューを考えているんですよ。少しは反省とかしないんですか。この機会に腹でも切ったらどうですか?」
「……。」
「聞こえていますか?それとも、ついに耳まで遠くなったんですか」
「……ょ、……っ……、ゎ……」
「え?何ですか?よく聞こえません。それより、その両手で顔を覆う乙女なポーズやめてくれません?鬱陶しいんですけど」

再びテーブルに突っ伏しながら、司馬昭は相変わらず小刻みに震えたままでボソボソと何かをしゃべっているようだった。

鍾会の冷たい視線を全身に浴び続けた司馬昭は、やがて緩慢な動作でゆらりと上体を起こす。

そして、ようやく両手を顔から離したのとほぼ同時に、堰を切ったように一気に口を開いた。

「クッッッッッッッッッッッッソ可愛いかよマジで可愛いすぎて意味が分かんねえし萌え度が限界突破どころの話じゃねえ俺の推しは一生名無しだけに決めたわ乗るしかないこのビッグウェーブに」
「司…」
「何なの?本当に何なの?天使なの?小悪魔なの?聖女なの?淫魔なの?昼と夜で振れ幅デカすぎるだろ完全にプロの犯行レベルだし萌えすぎて死にそうもういいかげんにしろよホントあーもう無理だわ嫌な気がしないどころかめちゃくちゃ嬉しいしこれ想像するだけでフル勃起待った無しだわさすが未来の俺の嫁絶対今夜抱く」
「ここまで一切息継ぎナシとかめちゃくちゃ気持ち悪くて本気でドン引きだな……。と、言うか、他の部分はいいとして最後の台詞は何なんですか?さすがに聞き捨てならないんですが」
「絶対今夜抱く」
「大事な事だから二回言いましたとでも言うつもりですか。本気で言っているんですか?分かっていないのかもしれませんが、合意の無い性行為は犯罪ですので。今の発言、人事に通報しておきますね」
「勝手にすれば?心配しなくても、名無しと俺は両想いだもん」
「その口調キモイんで今すぐやめて下さい。あと、勝手な脳内妄想いらないです」
「合意だもん」
「うっっっっざ……。ところで約束のことといい、あなたと名無しはどういう関係なのですか?」
「は?それ、お前に言う必要ある?」
「人の台詞をいつまでも真似しないで下さい。腹が立つんで」
「別に俺は言ってもいいんだけどさぁー、ぶっちゃけ俺は周りに言いまくりたいんだけどさぁー、名無しが恥ずかしがるしぃー、まあ鍾会クンのご想像にお任せします、みたいな?」
「うっわ……。クッッッッッソ腹立つ……。そういうところですよ司馬昭殿っ。言い方!!その言い方っ!!!!」

司馬昭と鍾会が食堂で近所迷惑かつ低俗な言い争いを繰り広げていたのと同じ頃。

彼らよりも20分程遅れる形で昼休憩に入った夏侯覇もまた、食堂へと足を向けている所だった。


[TOP]
×