異次元 【※ただしイケメンに限る】 「曹丕殿といい、あなたの父親の司馬懿殿といい、兄の司馬師殿といい、配下の賈充殿といい……。文鴦殿、郭嘉殿、張コウ殿、李典殿、夏侯覇殿、他にも多すぎるし名前を挙げ出すとキリがないので以下略ですが、サド侯爵だったり腹黒だったり若干ズレていたり浮世離れし過ぎていたりムッツリスケベを上手く隠していたり、蓋を開けてみれば一発アウトな男達ばかりだというのに、何でこんな奴らに限って顔面ガチャSSRばかりなのでしょうか?そもそも、SSRの出現確率は3%くらいなのでは?なのに何でこの城内に極地集中しているのですか?美形の大渋滞を起こしているのですか?世の中間違っていると思いますよ、あなたも含め」 「お前も十分問題のある美形だろーが、鍾会」 「私は見ての通り清廉潔白。悪い美形ではありません」 「ないわー。いやだわー。お前にだけは言われたくないわー。澄ました顔して自信過剰なナルシスト、中身真っ黒のヤンデレ野郎が!」 牽制の意味も含め、ブチブチと文句を言いながら互いの食事の具に箸を伸ばして奪い合いながら食べるというマナーの悪いバトルを繰り広げていた司馬昭と鍾会だが、ある程度司馬昭のステーキを奪って多少は気が済んだのか、鍾会はおもむろに先程の会話の続きを述べ始めた。 「名無しは今日前半休の申請が出ていたので、邪魔するのも悪いかと思ったのですが、どうしても午後に入る前に彼女の印が欲しい書類だったので訪れたのです。そうしたら……」 鍾会曰く、名無しの部屋を訪れた時、彼女は何やら作業中だったそうだ。 休み時間にやりたい事があったのだろう、申し訳ないな…、と一抹の罪悪感を抱きながらも扉越しに要件を告げると、彼女は急いで作業を中断し、扉を解放して鍾会を室内へと招き入れた。 『おはよう、鍾会!せっかく来てくれたのに散らかっていてごめんなさい』 完全なる有給の時間帯というにも関わらず、突然の訪問者である鍾会を名無しは普段通りの温かい笑顔で出迎えた。 相手を悪く言わず、散らかっていてごめんなさい、などとむしろ自分が悪いように言う。優しい笑みを浮かべる。 こういう所が、『名無し様はお優しい』と兵士たちから慕われる所以なのだろうな、と鍾会は思った。 『……ん?この匂いは……』 『あ、分かる?さっきまで今晩の仕込みをしていたところだったの。ちょっと匂いがするかもしれないけどごめんね。今から書類を見るから、良かったら鍾会はそこに座って』 『ああ。こちらこそ失礼した。料理中だったのか』 『ふふっ。まだ下ごしらえの段階だから、何も出せる物はないんだけどね。あ…!そうだ、先に作ったおはぎがあった!ねえ鍾会、甘い物は好き?喉は乾いてない?』 『べ、別に嫌いではないが』 『そっか、良かった!今鍾会の分も持ってくるね。お茶は昨日買ってきたばかりのほうじ茶があるんだけど、それでいいかな?温かいのがいい?冷たいのがいい?』 『別に、何でも』 『じゃあ、私と一緒で冷たいのにするね。ちょっと待ってて』 『な…、名無し!』 言うが早いか、そう告げた名無しはあっという間に部屋の奥へと引っ込んでしまった。 名無しを引き留めようとして彼女に向かって伸ばした鍾会の手が、虚しく空を切る。 『はい!お待たせ、鍾会。今日のおはぎは、自分でも上手くできた方だと思うんだけど…。お茶のお替りは一杯あるから、いつでも言ってね!』 名無しはニコニコと満面の笑みを浮かべながら、鍾会の面前におはぎとほうじ茶がセットになった盆を置いた。 『……。』 『?どうしたの、鍾会』 『いや……。それなら、お言葉に甘えて遠慮なく頂くが……でも、本当にいいのか?私は急に来た身だし、他に使い道があったのではないのか。誰かに渡すとか、誰かと一緒に食べるとか』 『ああ、そんな事』 男の問いを受けた名無しは、言葉通り『そんな事?』とでも言いたげな顔付きで楽しそうにくすくすと笑う。 『だって、あと一時間もしたらお昼になっちゃうから、私も小腹が空いてきたところなの。書類を見ながら何かちょっと口に入れる物が欲しいなあって思ったし』 『ふん。ならばいいのだが』 例によって不遜な態度を滲ませた口調で、鍾会が答えた。 しかし名無しも、例によって明るい笑顔を備えたままで鍾会を見つめる。 『それに、せっかく鍾会が私の部屋に来てくれたんだもの。鍾会とこうして二人でゆっくり話をするのって久しぶりだよね?あ、でも鍾会は私と違って勤務中だもんね。早く帰らないとダメかな』 『それについては問題ない。執務室を出る際に、もしかしたら話もあるから帰りが少し遅くなるかもしれんとは周囲に言ってある。元々今日は私が普段の勤務時間より早入りしているから、少し早めの休憩に入っても構わんだろう』 『……!本当!?』 男の返答に、名無しの表情はパァァ…ッと明るくなり、目に見えて嬉しそうな反応を示す。 『良かった、じゃあ少しゆっくりできるね。ここしばらく鍾会の顔を見ていなかったし、鍾会の声も聴いていなかったから、鍾会に会えて本当に嬉しい』 『なっ…、ば、バカが…。よくもまあ貴女は、そんな風に恥ずかしくなる台詞をいけしゃあしゃあと…。ふんっ、女性としての恥じらいというものがないのか、全く!!』 キラキラと、喜びをたたえて輝く瞳で真正面から見つめられ、さすがに照れ臭さを感じた鍾会がフイッと目を背けると、伸びてきた名無しの小さな手がそっと鍾会の両手に触れた。 ぎょっとして思わず反射的に己の手を引こうとする鍾会の思惑をよそに、名無しは用意していた菓子楊枝を男の手に握らせる。 そうして、困惑気味の瞳でじっと鍾会を見つめた。 『?どうして?本当に嬉しいからそう思っているだけなのに……。ずっと鍾会に会いたかった、って本人に直接言うのがそんなにいけないの?』 「ハァァァァ─────────ッ」 鍾会の報告を聞いた司馬昭は、テーブルに突っ伏した状態で長すぎる溜息を吐く。 「息切れしますよ、司馬昭殿」 「ああもう…本当にもう…。そういうところなんだぞ……そういうところだぞ、名無しっ!!」 「本当にそういうところですよね、彼女は。まあその場にいたのが私のような超絶紳士だったから良かったようなものの、あなたを含め、知性の欠片もない他の性欲魔人な男武将どもだったとすれば彼女は今頃」 「……握られたのはどっちの手だ?」 「そんな事を聞いてどうするのですか」 「切り落とすわ」 「面倒臭がりバカのくせに、そういう事での労力は惜しまないとか最悪だな」 「何か言ったか鍾会」 「いえ別に?幻聴でしょう」 傍にあったナイフを掴み、司馬昭が鍾会の手の甲目がけて突き刺そうとした瞬間、男の動きを読んだ鍾会は素早く己の手を引っ込めた。 まあ、避けられる事など最初から想定済みだが。 ガスッ、という音を立てて虚しくテーブルの表面に突き刺さったナイフの切っ先を、二人の男の目が静かに睨む。 [TOP] ×
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