異次元 | ナノ


異次元 
【※ただしイケメンに限る】
 




(今日のランチメニューはAが鶏と野菜の黒酢餡定食で、Bがサバの炭火焼き定食、Cがやみつき塩キャベツ定食か……、迷うな)

昼休みに食堂を訪れた鍾会は、注文口付近に大きく掲げられているメニュー表を眺めつつ、しばしの間悩んでいた。

初めてこの城に来た時から感じていたのだが、城内にある食堂のメニューは城下町にある数多くの定食屋と比較しても遜色ないレベルで充実していると鍾会は思う。

数多くの兵や武将達だけでなく女官達のような女性陣も利用する場所のせいか、男性が好きそうな物から女性受けしそうな物まで品揃えが幅広く、特にランチメニューは他の時間帯に比べてお得なため、普段ならあまり食べない物でも興味を惹かれてしまう。

福利厚生の一環で、こんなに豪華な内容の食事が一食300〜500円で食べられるのは独身男性としては非常に助かる点ではあるが、毎回の如く悩みまくるのと、客が多すぎて昼休み時は大変混雑するのが欠点と言えば欠点か。

「ふん。とはいえ、悩んだところでこのメニューの場合は一択か。B定食を頼む」
「はい、Bですね!少々お待ち下さい。B一つ!」

鍾会の申し出を聞いた窓口の女性は慣れた動作で振り返ると、後方に注文を飛ばす。

すると、2分もしないうちに皿に綺麗に盛り付けられた定食がお盆の上に載せて鍾会の手元に差し出された。

「出来ればもっと魚系のメニューを増やしてくれるとありがたいのだが」
「あっ…、はいっ。りょ、料理長にお伝えしておきますっ!」

目を細める鍾会に、まだ年若い食堂の女性が頬をポッと赤らめた。

鍾会は一見女性のような印象を受ける中性的な美貌の持ち主だが、意志の強そうな眉といい、自らの容姿や才能に自信たっぷりな色が滲んでいる薄い唇といい、間近で覗きこまれるとハッとする程に男性的な色気を漂わせている。

360度、あらゆる方向から己に注がれる女性陣からの熱い視線をひしひしと感じながら、どこかに空いている席は無いだろうかと周囲を見回すと、自分に対するものと同じように女性達の視線がある一点に吸い寄せられている事に気が付いた。

鍾会よりも、一足先に注文を終えたばかりなのだろうか。

料理の乗った盆を持って席に座ろうとするその男の姿には見覚えがある。

司馬昭だ。

「私もご一緒していいですか?司馬昭殿」
「おー、鍾会。お前も今から休憩か?お疲れさん」

鍾会の接近に気付いた司馬昭は、軽く顎を上げて自らの正面に当たる席を指し示す。

鍾会と同じく、どこにいても、何をしていても数多くの女性達からのハートマーク混じりの視線を向けられることに慣れているのだろう。

『ねえ見て、鍾会様と司馬昭様だわ』『今日も素敵…、司馬昭様…』という女性達のヒソヒソ声を耳にしても、平然とした態度で椅子を引いて席に座っている。

「司馬昭殿はDのステーキ定食ですか」
「おう。そして当然肉大盛り」
「真昼間から、よくその量が腹に入りますね」
「鍾会は相変わらず魚系かよ。本当に魚が好きだよなあ。たまにはがっつり肉とか食べた方がいいんじゃないか?お前さ、この城の男武将の中じゃ細い方だし」
「失敬な!これでも十分鍛えていますよ。どちらかと言えば着痩せするタイプなんです、私は。その辺の馬の骨みたいな男どもよりはよっぽど筋肉がついていると思いますが。大体、この城の他の男武将どもがガッシリしすぎなんですよ。司馬昭殿だって、私から見ればただの筋肉ダルマですし」
「ダルマじゃないって。締まってんだろ!俺のは体育会系の体型なの。ガチムチと言えば典韋殿とかだろ?あの圧倒的な筋肉量。俺はさすがにあそこまでじゃないし」

大きな左手で頭を掻きながら、司馬昭は空いている方の右手で箸箱から二人分の箸を抜き取ると、『ほらよ』と言って一つを鍾会に渡す。

兄の司馬師と並んで『奇跡の美形兄弟』と称される司馬昭は、早い話がただのイケメンだ。

美青年と誉れ高い鍾会と同レベル、負けず劣らずの美形。

中性的な美貌を持つ鍾会を美青年と言うならば、司馬昭はよりワイルドで男っぽい美男子と言うべきか。

190pという男性としては恵まれすぎている程の高身長に、整った甘いマスク。その上、声までどことなく甘さを帯びている。

自由奔放な次男としてあまりにも自由に育ちすぎたせいか、自分からは何もしなくても女達が寄ってくるのをいい事にあちこちに手を出しまくっているのが玉に瑕とも言えるのだが、本人は全く反省していない。

「……そう言えば」

司馬昭から箸を受け取った鍾会は、ふと思い出したような表情を浮かべて口を開く。

「食堂に来る前に名無しの部屋を訪ねた際……」
「────え。誰だって?」

男の言葉を聞いた途端、今まさにステーキを掴もうとしていた司馬昭の箸がピタリと止まる。

「名無しです」
「何で」
「用事があったので」
「何の」
「何のって…、いや別に大した事じゃないんですが」
「だから何で」
「届ける書類があったので」
「お前だけ?」
「訪ねたのは私だけです」
「名無しの部屋で二人っきり?」
「あの時間、他に人はいませんでしたね。私と彼女だけです」
「どれくらい」
「はぁ、どうでしょう。結構長く話し込んでいましたので、ざっと小一時間でしょうか」
「……このクソが……」
「は?」

司馬昭が小声で囁いた言葉は、鍾会の耳には届かなかったようだ。

いつも通り軽い口調で会話を交わす司馬昭の表情は変わっていない。

だが、どことなく、うっすらとした殺気を感じる。

気のせいだろうか?

「っていうか、そこまで司馬昭殿に一々細かく説明する必要あります?」
「別に」
「事前に彼女の部屋に寄って来たっていうだけで、何でいきなり私が司馬昭殿に威嚇されなければならないんですか」
「その理由を、俺が一々鍾会に説明する必要があるか?」
「むしろ、先に質問攻めにしてきたのはそちらでは。で、私が名無しと会うと何がそんなにひっかかるんですか?」
「説明するのがめんどくせ」
「その言い方、腹が立つ…。この面倒臭がりバカ男が…」

前半部分は普通の声でしゃべっていたが、後半部分は声を絞ったので、鍾会の言葉も司馬昭の耳に届かなくて済んだらしい。

女どもはこんなにちゃらんぽらんな態度の男の、どこがいいのか。

確かに司馬昭の顔立ちは、冗談かと思える程に整っている男前だ。

だが、女癖の悪さといい、中身はすこぶる最悪だ。


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