異次元 | ナノ


異次元 
【熱視線】
 




陳腐な言い方になるかもしれないが、これが『運命の赤い糸』『自分が探し求めていた人』だと名無し自身でも分からない心の奥底の部分でビビッ≠ニ来ていたのかもしれない。

普段から三成や幸村、長政といった美形武将に囲まれて生活している名無しは特別面食いだという訳でもないし、美形に対する耐性も普通の女性に比べてみれば遙かに高いので宗茂の見た目だけで即惚れたという訳ではない。

だが、事前にねねから『凄い男前らしいよ〜!!』と聞いていた宗茂は、実際に会ってみると三成達と十分張り合える程に本当に格好良かった。

人聞きにこんな感じの容姿で…≠ニ教えられた情報よりもずっと男前だし、洗練された大人の男性という感じで初対面の時点から名無しという一人の女性の心を動かすのに十分な『何か』があった。

一見クールで、吹き抜ける風のような軽やかさを持ちながら、他人に『剛勇鎮西一』との賛辞を貰った時には剛勇鎮西一?世界一だ≠ニ即座に切り返すほどの男らしさと自信に満ち溢れている。

女性のあしらいも慣れたもの。

女心を喜ばせるようなキザな台詞もさらりと口にし、先程名無しに見せたような一人じゃ危ない≠ニいう気遣いは紳士的な態度にも思え、それにコロリと参ってしまう女官や姫君達も多い。

名無しが戦場で敵に囲まれてピンチに陥っていた時、白馬に跨って疾風の如く彼女の元に駆けつけ、彼女を傷付ける者は誰一人として許さん≠ニ宣言して己の体一つで名無しを守る為に剣を振るってくれた男らしい宗茂。

名無しが落ち込んでいる時には、その大きな手で彼女の髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き混ぜいつも太陽みたいに眩しい君の笑顔が曇っていたら、俺以外の男も皆気になって仕方ないだろう。笑ってくれ≠ニ慰めてくれたフェミニストな宗茂。

かと思えば、福島正則にお前、モテんだろー!モテの秘訣教えろよー≠ニ問われ、それに対して別に。何もする必要はないよ≠ニ悪びれずにいけしゃあしゃあと答えていた自信家な宗茂。

その割に、戦場で甲斐姫と対峙した際君を傷付けたくない。だからもう終わりにしないか≠ネんて言う思い切り女タラシな宗茂。

そのくせ、そんな事を言っていた割に甲斐姫をメタメタ切りにするという鬼畜っぷりを発揮するドSな宗茂。

さすがにその話を後から聞いた時には名無しも同じ女として…もとい、一人の人間として宗茂の意地悪っぷりを『ひどい!』と思ったし、甲斐姫の『傷つけないって言ったのに、ひどーい!』発言は彼の見た目と雰囲気に騙された全女性の悲鳴を代弁してくれたと思って大いに共感したのだが。

彼に関する話題を挙げてみればきりがなく、どれがきっかけで自分が宗茂に惹かれていくようになったのか正確な事は分からない。

名無しの目に映る、色々な宗茂。色々な面から感じられる七変化的な彼の魅力。一言では言い表せない独特の存在感。

そういった出来事を積み重ねていく毎に、名無しの中にある宗茂への気持ちも着実に積み上がっていった。


(どうしよう。私…宗茂の事が好きだ。きっと好きだ)


名無しが自分の正直な気持ちを認める事になったのは、ほんのつい最近のこと。

そして名無しが己の中に芽生えた宗茂への恋心に気付いた数日後、名無しの元にある情報がねねの口から寄せられる。

宗茂が養子入りした先の立花家の正式な跡取りに任命されるのが立花一族の会議で決定され、それに伴って立花道雪の一人娘である女武将・立花ギン千代と半年後に結婚する事もまた決定したとのことだ。




「……。」

その話を思い出し、自分でも気付かないうちに自然と名無しは黙り込む。

何も言わず切なそうな顔で俯く名無しに何やら不穏な気配を察してか、宗茂はそんな彼女の姿をしばらくの間じっと見下ろしてから、やがてゆっくりと口を開く。

「じゃあ俺が君の保護者になろう。暗い中、敵の間者がどこかに潜んでいないとも限らないし、このまま君を一人にして帰る訳にはいかない」
「……!そんな……」
「どうしてだ。俺の事を剣がなきゃ頼りにならん男だとでも思っているのか?心外だな」

驚く名無しに、宗茂が余裕の笑みでニヤリと返す。

宴に出ていたという事で、今の宗茂は戦闘モードを解除しているので彼の言う通り帯剣しておらず、何一つ武器を持っていない。

だが、宗茂ほどの男性であれば武器がない場合の格闘術くらいちゃんと習得している事だろう。

例え素手で戦う事になったとしても、敵兵士の数人くらい宗茂なら殴り倒して名無しをしっかり守ってくれるに違いない。

「そんな…こと…」

拗ねるような口調で問う宗茂に、名無しはどもりながら答える。

「なんだ。じゃあいいだろう?黙って俺の言う事を聞けよ」
「な…、なにそれっ。宗茂ったらいつもそうじゃない!私の気持ちなんてお構いなしに…」
「そうか?これでも十分構ってるさ。本当は一人で寂しかったんだろう?俺が来て嬉しかったくせに」
「全然嬉しくないです!」
「ハハハ。そう怒るなよ。冗談だ」

宗茂の言葉を聞くなり耳まで赤くしてキッと男を睨む名無しの反論を、宗茂が軽い口調でさらりと流す。

(きっとこういう所が好きなんだろうな……)

込み上げる宗茂への愛しさと切なさに、名無しはギュッと唇を噛む。

普段強気な割に、たまに女に甘えるような姿を見せる。かと思えば、すぐにまた手の平を返したように意地悪な態度でからかってくる。

あんな人なんてもう嫌い!と思って彼の事を諦めようと思えば、ここぞというタイミングで見計らったように名無しが落ち込んでいる時に傍に来てくれる。優しい声で慰めてくれる。


ずるいずるい。宗茂という男性は本当にずるい。


ただの天然色男なのか、それとも全て計算ずくでやっているのかどうかは知らないが、悔しいくらいに女心を揺り動かしてくる女の敵だ。


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