異次元 | ナノ


異次元 
【一妻多夫】
 




「ああ、申し遅れました。こうしてお話させて頂くのは初めてですよね。俺の名は司馬昭、字は子上。この城の軍師として勤めております司馬懿の息子です。そちらにいらっしゃるのは確か応矯殿と伏威殿ではないですか」
「そう…ですが…」
「あーやっぱり、お会いできて光栄です。丁度いい酒が手に入りましたのでお持ちしたところなのですが、よろしければご一緒しませんか?」

にやつく長身の男が、弦義の前にスッと一升瓶を差し出す。

一緒に飲もう、というのだ。

自分達もそれなりの地位にいる男だという自負はあるが、それよりも遥かに高い身分に属する司馬昭程の男が、しかも、今まで特にこれといった接点もなかったはずなのに、一体何故?

「こちらこそ、あの司馬昭殿とこうしてお話させて頂けるなんて大変光栄です。ですが、何故僕たちのようなところへ…」

意味が分からず、戸惑いと警戒の色を滲ませながら弦義は尋ねた。

「お噂はかねがねってやつですよ。いずれも高給取りの独身男性、その上顔もいいときている。城内の女達の憧れの的らしいじゃないですか」
「…そのような事は…」
「なるほど、近くで拝見しても全員いい男揃いで羨ましい限りですねえ。城内でも噂のモテモテ三人衆ってことで、俺も出来たらその恩恵にあやかりたいって訳です。女性を落とす技とか、是非ご教授頂きたいのですが」

薄い笑みを浮かべながら、美しい男が弦義の鼻先へ顔を突き出す。

よく言うよ。

端正な顔をこれでもかと晒しながら、一見下手に出るような台詞で酒に誘う司馬昭を、弦義は油断のない目付きで見据える。

その反応に、司馬昭は内心『へえ』と感心した。

司馬兄弟に話しかけられるとオドオドした態度で視線を彷徨わせる男も多いが、綺麗な面に似合わず、案外物怖じしない性格らしい。

(どうする)
(んな事言ったってよお…)

応矯と伏威は黙ったまま、チラチラと目線を交わしてお互いの意志を確認した。

せっかくターゲットが前後不覚の状態になっているというのに、そこへ行くのを阻む司馬昭の存在は正直言って邪魔者以外の何物でもない。

しかしながら、司馬昭はこの城において自分達よりも上のクラスに属する人物である。

その彼から一緒に酒を飲もうと言われているのだから、今後の城内での人間関係を考慮すると、下手な理由では断れない。

「……どうしました。先程から何やらあちらが気になるようですが、どなたかお知り合いでも?」

司馬昭は名無しのいる方角に向けて意味ありげな眼差しを送ると、腰を屈めて応矯や伏威の顔と目線を合わせる。

「いや、そんな…。わざわざ司馬昭殿がお越し下さっているというのに、司馬昭殿を差し置いてよそへ行くなど、そんなご無礼な事を私達がするはずがないじゃないですか」

束ねられた髪の毛先を指先で撫でながら、曖昧な愛想笑いを浮かべて応矯が答えた。

応矯なりに言葉を選び、司馬昭の機嫌を損ねないようにとの世辞を存分に含んだ返事だが、そんな事は十分承知とばかりに司馬昭が口元を歪める。


「ですよねえ?」


────当ったり前だろうが、このクソガキどもが。


そう言外に滲ませて、司馬昭が形ばかりの笑みににっこりと笑う。

ただそれだけで、弦義達は眼前に鋭利な刃物を突き付けられたような殺気を覚えた。

ここにきてようやく自分達があの司馬昭に喧嘩を売られているという事に勘付いて、弦義達は息を飲む。

どういう事だ?

どうして司馬昭にこのような態度を取られなければならないのか全く理由が分からず、混乱する若者たちの正面で、司馬昭が手にした酒の瓶をゆっくりと持ち上げる。

「おやおや…皆さんどうなさったのです、全員そのように固まってしまって。ひょっとして、お持ちした酒の銘柄がお気に召さなかったとか」

男達に向ける眼光こそ尖っているが、軽く首を傾けながら質問する司馬昭の口調はあくまでも丁寧だ。

傍から見ている分には単なる酒の誘いとしか感じられず、すぐに返答をしない弦義達の態度を訝しく思うだけだろう。

どう答えればいいものか。

戸惑いながら自分を仰ぐ伏威達の気配を感じ取り、弦義は人知れずギリッと奥歯を噛み締めた。

(……誘いを、受ける)

女を思うように凌辱する時間は減ってしまうが、薬の効果が切れるまでにはまだたっぷり時間があったはずだ。

こうなったら、司馬昭にとことん酒を飲ませて一刻も早く泥酔させるしかない。

「……聞けば司馬昭殿は、兄上様である司馬師殿と同じで非常に酒がお強いとか。そんな方のお相手が自分のような者に務まるのかどうか心配ですが、僕達で良ろしければ」

表面上は快く承知しながら、弦義は心の中で計画を立てる。

「そんなの、いいに決まっているじゃないですか。受けて頂けますか?」
「はい!僕達にとっても、司馬昭殿は憧れの存在ですから。僕達とそれほどお年も変わらないのに、酒だけでなく戦も相当お強いそうですし、女性にも人気があって…まるで頼り甲斐のある先輩や兄のような存在だって、ここにいる応矯や伏威ともいつも言っているんですよ」

さすがに、様々な人物がひしめきあうこの城内で今まで生き抜いてきた若者の一人だ。

今日初参加しただけの初対面の女性をまんまと騙し、薬物を飲ませ、仲間たちとよってたかって輪姦しようと企んでいるなどと、全く顔に出さない鋼の精神に見事な二枚舌。

しかし、それは目の前に立つ男もまた同じこと。

「ははっ、本当ですか?嬉しいなあ。俺も完全に弟キャラが定着しちゃっているんで、皆さんみたいに年齢の近い可愛い弟分が出来るなんて長年の夢だったんですよ〜」

口から出まかせにしろ、上手い言葉を並べたてるのは司馬昭も得意とするところだ。

偽物の微笑を張り付けながら鋭い双眸で司馬昭を射抜く弦義の目先で、司馬昭の茶色い髪がふわりと揺れた。

「ではお言葉に甘えて、今夜はこの司馬昭にとことん付き合って頂くとしましょうか」

言葉の終わりと共に、ドンッと音を立てて一升瓶がテーブルの上に置かれた。

綺麗に分けられた前髪の下で、頭髪と同じ色をした瞳が瞬く。

強い眼だ。

司馬昭が纏う空気や口調こそ緩い雰囲気に感じられるのに、自分達に向けられる彼の眼光は獰猛な生き物のソレを思わせる。


「よろしいでしょう?俺の可愛い弟達」


嘲るような笑みに口端を吊り上げた司馬昭が、光る双眼で男達を見返す。


蛇に睨まれた蛙と同様に体を竦ませた応矯と伏威は、ゴクリと生唾を飲む。


「勿論ですとも────司馬昭お兄様」


司馬昭の挑戦を真っ向から受け止めて、弦義もまた負けじと笑顔で答える。

司馬家の次男坊だかなんだか知らないが、ここで気圧されてなるものか。


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