異次元 【一妻多夫】 「そんなの…当たり前でしょう。自分がした事を忘れたの!?」 昨夜の執拗な凌辱の記憶が、否が応でも蘇る。 この麗しい悪魔の兄弟二人にされた事を記憶の底から消し去ることが出来ず、名無しはいつもの彼女には似合わない強い眼差しで司馬昭を睨んだ。 込み上げる怒りの感情を必死に抑え、声を荒げないように懸命に努力する名無しの姿を目にしても、司馬昭の攻勢は緩まない。 むしろ、いつまでもめそめそと泣き続ける子どもをあやすみたいに、伸びてきた男らしい掌が名無しの手の甲に重ねられる。 (なっ……!?) この状況でいきなり何を!?と。 あまりにも予想外の動きに絶句して声もなく瞳を瞬かせると、司馬昭がフッと口元を綻ばせた。 混乱した名無しが司馬昭とは反対側の隣に目線を向ければ、嫌味な程に整った司馬師の顔が名無しの視界に映る。 司馬師は自分の弟が大勢の人間が居る空間で女の手を握っている事に気付き、呆れたような溜息を零したものの、横目で見ているだけだった。 他人の注目を浴びる危険を冒してまで無理に二人の間に割って入り、弟の手を引きはがすつもりはないらしい。 「昭」 「言われなくても分かっていますよ兄上。他人にバレそうになったら即離しますんでご心配なく」 「それもあるが恥ずかしくはないのか。そんな事をして楽しいか?」 「楽しい楽しくないとかの問題ではない事くらい、兄上ならお気付きでしょう」 「仮にも司馬家の男子とあろう者が、他の人間の目がある場所で、女子供のような真似をして」 「そりゃ俺だって人前で手を繋ぐとか聞いただけでうわぁ…ってドン引きして背筋がザワつきますし、基本的には苦手な方なんですけど、名無しはこうしとかないとダメなんですよ。自分が誰のモノなのか、ちゃんと意識させておかないと」 定期的に匂い付けしておかないとすぐに他の虫が寄ってきちまうじゃないですか、名無しの場合。 ひそやかな声で交わされる兄弟の会話に、名無しは開いた口が塞がらない。 何なのそれは、と実際に口に出して反論しようとすると、司馬昭が名無しの顔を覗き込む。 「で、体調はどうなんだよ名無し。大丈夫か?隣にいた奴らに無理やり酒飲まされてない?」 心底心配そうな顔をされ、一瞬警戒心が鈍りそうになる。 わざわざこうして傍に来てくれたのは、言葉通り純粋に自分の身を案じてくれていたからなのか。 そんな考えがよぎり冷たい返事が出来ずにいる名無しの躊躇いも虚しく、司馬昭はやはりどこまでいっても司馬昭のままだった。 「昨日の名無しがめちゃくちゃ可愛くて最高にエロすぎて、俺もう思い出しただけで勃起しそうというかフル勃起しちまうんだけど、昨日の余韻を垂れ流しまくりな体で飲み会に参加するとか、危険すぎるから本っっっ当に辞めてくれよな」 名無しの手を握る指先にギュッと力を込め、司馬昭が名無しを睨む。 「父上にも言われてねーの?夜中に一人で出歩くなって。城の中だし外とは違うって言いたいのかもしれないけどさ、ここだって危ない男は山ほどいるんだし」 迷いなくきっぱりと断言され、名無しは胸を掻き毟りたくなった。 『親切なただの友人』にしか思えない話し方で、よくもそんな台詞が吐けるものだ。 自分も立派に危ない男ランキング上位入りする逸材のくせに何を言うか!! (こんな露骨な会話が他人に聞かれてしまっていたらどうしよう) 青ざめた顔で名無しは周囲を見渡したが、幸いにして宴会の喧騒は司馬昭の声を上手く掻き消してくれているらしく、怪訝な顔をしている者は見当たらなかった。 名無しを強姦しておいてどの口が一体そんな事をと思えるが、皮肉なことに、そういう意味では『危ない男は山ほどいる』という司馬昭の主張は正しい事が彼によってすでに証明されている。 「今まで殿や父上、郭嘉殿あたりの隣に座っていたおかげでずっと守られてきたのかもしれないけど、残念ながらこの城内は魑魅魍魎の巣窟だから。名無しが理想とするような真面目で誠実、身持ちが固くて妻や恋人以外の女には一切興味もないし手も出さない、なんて男は滅多にいないぜ」 「え…」 普段通りの冗談めかした口調だが、決して冗談ではない事を感じさせる司馬昭の眼光に、名無しは笑う事も出来ない。 「───特に、身分の高い男になればなる程な」 今までずっと黙っていた司馬師が唐突に口を開き、司馬昭の発言を補足するような形で会話を引き継ぐ。 「発情期の雄犬同様、隙あらば女とヤろうとしている男ならいくらでもいる。……現に、今日の飲み会に参加している男の中にも」 酒の席とはいえ、司馬師のような男性に限って、ただ適当に弟に話を合わせただけとは思えない。 司馬師や司馬昭の言い方から察するに、彼らの知っている人物の中にそういったタチの悪い男性がいて、今日この場に出席しているという意味にも取れる。 「子元、子上。ひょっとして、この中の誰がそういう人なのか…あなたたちは知っているの?」 恐怖心から生まれる怯えが、名無しの肩を震わせた。 動揺を隠せず、ついいつものように字で男達を呼んでしまう。 「そういうこと」 名無しの手を握ったままで司馬昭が答える。 恐ろしい現実を告げられてサァッ…と顔色から血の気が引いていく名無しの隣で、司馬昭はにこにこと笑うだけだ。 そうか、この城ではよくある話なんだ。 当たり前の事でって……、えっ? いやいや、違うでしょう。 そんな男達が同じ空間に大勢存在しているっていう方がおかしいでしょう。 世間一般的には、そんなものはもはや異常な状態ではないだろうか。 私の感覚、別におかしくないよね。 ……そう、だよね……? 普通だろ?とでも言いたげな男達の態度に飲み込まれ、名無しの思考は混乱の極みに陥った。 そのせいで、テーブルの下で他から見えないようにして司馬昭に手を繋がれている事すら失念していた名無しだが、ハッと気付いたような顔付きに戻る。 「そ、それより司馬昭殿!このような場で、お戯れはおやめくださいっ。お願いですから、お離れになって…」 咎めるようにキッと目線を向ければ、司馬昭は精悍な顔でクスッと笑い、先刻の彼の言葉通りにまるで自分の匂いを付けるようにして名無しの手を包み込む。 「戯れなんかじゃありません。本気ですよ。というよりも、手だけでなく首輪でもつけて頑丈な鎖で繋ぐくらいの事をしておかないと」 「な…」 「名無し殿はお散歩好きですから。俺や兄上がちょっとでも目を離すと、野郎ども圧倒的多数の飲み会なんて危険な場所にお一人でフラフラと出かけて行きますからねえ?」 「司馬昭殿!」 名無しが救いを求めるように慌てて司馬師の横顔を見上げると、司馬師は大儀そうに頬杖をついたままでチラリと名無しを見返す。 [TOP] ×
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