異次元 | ナノ


異次元 
【一妻多夫】
 




「な…、何で司馬兄弟がこんなところに…」
「あー、確か弟の司馬昭殿の方が、無類の酒好きだったっけ?元々宴会がお好きな方だから、懇親会の話をどこかで聞いて急遽参加されたとか…!?」
「聞いてねーぞ…。司馬兄だけでなく弟までセットで来るなんて。クソッ…幹事もそれならそうと教えてくれよ!」
「あの兄弟が来ちゃったら、女達は全員根こそぎ持っていかれちゃうじゃないか」
「…ハハハ…、終わった…」

予期せぬ『女の敵』のダブル登場に、女性達だけでなく男性陣の間でもボソボソ、ヒソヒソ…という内緒話が駆け巡る。

これは、悪夢か。

何かの間違いでは?

突如現れた二人の姿に度肝を抜かれ、白昼夢でも見ているのかと思った名無しは両目を閉じ、少し時間を置いてから怖々と瞳を開けてみたが、相変わらず見慣れた二人の男性の姿が視界に映し出されるだけだった。

遠目から見ても眩しいくらいの、あの神々しい美貌。

羨ましくなる程の高身長、すらりとした手足の長さ。

父親譲りで、どんな場所にいても堂々として自信に溢れているあの態度。

全身に『対女バリアー』でも張り巡らせているのか、四方八方の女達から発せられる羨望の熱い眼差しビームが体に直接届く前に全部弾き返しているかの如く、顔色一つ変えやしない、あの腹立たしい程の色男っぷり。

これが偽物のはずがない。

どう考えてみても、ご本人達の登場ではないか!!

「…司馬兄弟…!?」
「何故……」

名無しの傍にいる弦義、伏威、応矯の三名も、司馬師と司馬昭の登場にさすがに面喰っているようだった。

とは言え、そんな周囲の人々よりも、この宴会場にいる人間の中で一番驚いているのはやはり名無しだろう。


なっ…、なんで?どうしてっ!?


どうして子元と子上が今日、この部屋に!?


「これは司馬師殿、司馬昭殿!ようこそいらっしゃいました」
「文金殿、本日は突然押しかけてしまって申し訳ない。実は私も弟も、酒には目がない方でして」

司馬師達の来訪を知って慌てて出迎えた幹事の文金に、司馬師は謝罪の言葉を述べた。

「いやいや、何を仰います司馬師殿っ。書いてありました通り、元より他の課の方や当日参加も大歓迎の会でしたので、遠慮は不要です」

緊張からか、額に流れる汗を盛んにおしぼりで拭きながら、文金が強い口調で否定する。

すると、兄の後ろに立っていた司馬昭が前に進み出て軽く会釈した。

「いやー、そう言って頂けて恐縮です。ご迷惑でなければ良いんですけどねえー」
「そんな、迷惑だなんてとんでもない!司馬師殿や司馬昭殿という有名人を我が課の懇親会にお招き出来て、こちらとしても鼻が高い限りですよ!」

司馬師達はそうして2,3分程幹事と話をした後、席は自分達で探すからお構いなく、と言って彼に別れを告げた。

大人数が集まっており、酒も入って皆気分も声も大きくなっているせいか、宴会場に充満する会話の声はかなりの音量になっている。

この騒ぎの中でなら、幸い、隣同士での内緒話であれば他人に聞こえる事はない。

「さて…、名無しはどこだ」

声量を絞り、司馬師が呟く。

「むしろこの場合、名無しよりも先にお前の言っていたクソガキ三人とやらを探す方が先決かもしれんな。昭、ここからそいつらの顔が分かるか?」
「ええ、城内で何度か見かけた事がありますので分かりますよ。俺や兄上と比べてみれば足元にも及びませんが、生意気な事に三人ともそこそこ男前で────」

司馬昭は司馬師に合わせて声を絞りつつ、室内をさりげなく見渡していたが、部屋の奥の方に視線を走らせた途端にギョッとした顔をする。

「はぁぁ……!?ちょっと待て。ウッソだろぉ〜!?」
「どうした」

確信に言葉を飲み込む司馬昭に、司馬師の硬質な声が続く。

「もう捕まっています。名無しのやつ」
「何?」
「ほら、あちらです。一番右奥のテーブル。奥の方に名無しが座っているの、ご覧になれます?」
「あそこか…。両隣を男に挟まれているな。ひょっとして、あの二人がそうなのか」

表情を全く変えないまま、司馬師がチラリと部屋の奥を盗み見た。

「はい。俺の記憶が正しければ、確か黒髪が伏威、髪を纏めているロン毛が応矯です。で、そのさらに隣に座っているのがリーダー格の弦義だったと思います」
「ほう…。お前の言う通り、あの有様では名無しなどすでに袋の鼠だな。────笑える」

事前に予想していた以上に早すぎる展開に、ここまで来ると笑うしかない。

顔の良い男とあれば簡単にフラフラと擦り寄っていく軽薄女であればまだ納得するが、名無しに限っては必ずしもそうという訳ではない。

もし名無しが筋金入りの面食いなら、とっくの昔に自分達の虜になっている。

自分達の誘いに対してはあんなに顔を真っ赤にして抵抗するのに、何故他の男にはこんなにあっさり着いて行くのか。

最早名無しを叱りつけるとか呆れるといった感情すら通り越し、司馬師はクッと唇の端を吊り上げた。

「俺は兄上と違って全然笑えません」

まなじりを吊り上げたまま、司馬昭が不機嫌な声を出す。

っていうか、いくらなんでも早すぎません?

俺達、まだそんなに遅れて来ていませんよね。せいぜい20〜30分遅れくらいですよね?

なのに、飲み会開始30分程度でもうヤリチングループに捕獲されているとか、どんだけチョロイんですか。

この城に来て結構な年月が経っていると思うのに、変な男に目を付けられるペースが新入り時代と今と全然変わっていませんよね。未だに記録更新中ですよね?

名無し。それは吸引力の変わらない、ただ一つのダメ男ホイホイ。

「今日強引に来て良かったですよ。ホントに」

険を帯びた声音で唸り、司馬昭は嘆息する。

「俺、女は家庭に入るべきだとか、共働きなんて認めないとか言うつもりは全然ないですし、本人の好きなようにしたらいいと思う方なんですけど…。名無しに対しては俺が頑張って稼ぐから、頼むから家に居てくれって思っちまいますよ。名無しを放し飼いにする事に大きな不安を感じます」
「過保護だな」

司馬家の男とは思えない軟弱な発言だ。

失望したとでも言いたげな面持ちで、フン、と司馬師が鼻を鳴らす。

「別に他の女に対してはそうは思わないんですけどねえ。兄上は心配じゃないんですか?ご覧下さい、名無しのあの表情。俺達の顔を見てあんなにあんぐりと口を開けちゃって、反応が分かりやすすぎと言ったらないですよ。どう見ても単なるカモですよね?」

名無しのお人良しさと善良さは、司馬昭にはこれ以上ないチョロさ≠ニして映るのだろう。

他者を己の人生の踏み台とし、搾取する事で養分とする加害者≠ニ、被害を被る被害者≠ノ区別すれば、名無しは間違いなく後者に属する。

欲しい物があれば何の躊躇もなく奪い取り、常に加害者側である自分達だからこそ、余計に『カモ』の匂いを正確に嗅ぎ分けられるのだ。


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