異次元 | ナノ


異次元 
【一妻多夫】
 




「……6人くらい、です」
「名無しならまだしも、別に私にまで隠す必要はないだろう」
「いや、なんというかその…。いくら親しい兄上でも自分の性生活をあまり赤裸々に語りたくないと言いますか……弟なりの恥じらいです」
「恥じらいのある人間は、そもそも最初からセフレなど作らないだろう」
「はは、参ったな……。まあ兄上も陰で似たような事をしていますし、おあいこですよね?」
「────名無しには後で教えておく」
「ちょっと!俺の話は別にこの件に関係ないですよね!?兄上!」

っていうか、そもそもこの情報要ります?今別に必要ないですよねっ!?

思わず兄の腕を掴んだ司馬昭の手を、司馬師が涼しい顔であっさりと振り払う。

「クソガキと言ったな。昭よりも全員年下なのか」
「確か、俺より1個下か2個下だったと思います」
「それなら大してお前と変わらんだろう」
「人の女を奪う可能性がある野郎どもは、クソガキ呼ばわりで十分です」

間髪入れずに返された突っ込みに、司馬昭が即座に反論する。

名前を挙げた男達への敵意を隠さない弟の発言に、司馬師が鋭い双眼をすっと細めた。

「どういう奴らか、一言で説明しろ」

そう。良い人だとか、善人の名前など別に興味がないしどうでもいい。

『あの人は凄くいい人なんだよ』
『本当によく出来た方で、ああいう人と一緒に働きたいよねえ』
『あんな子がうちの嫁だったらどれだけいいか』

と言われるような人間は、善良な人々≠フカテゴリーに入るため、周囲に害を与えない。

だから、覚える必要すらない。

名前を覚えておくべきであり、注意を払うべきであるのは俗にいう問題児≠竍悪意のある人間≠ナあり、自分やその周囲に直接的な害をなす可能性のある存在であると司馬師は思う。

「そうですねえ。簡単に説明するなら、ヤリチン下種野郎どもです」

吐き捨てた司馬昭に、司馬師の両目が僅かに開く。

司馬昭の説明によると、彼らは飲み会の際にいいなと思った女性の隣に座り、そのグラスにばれない様に薬を混ぜて悪酔いさせ、お持ち帰りするのが常だそうだ。

女性に話しかけ、彼女の注意を引き付けておく役と、薬を飲み物に混ぜる実行犯。

前後不覚になった女性を優しい男性のフリをして介抱し、言葉巧みに周囲を騙し、善意の第三者を装って外に連れ出す運び屋。

意識が朦朧としている女性を彼らの部屋やどこかの個室、トイレに連れ込み、レイプしている最中に余計な邪魔が入ることがないよう、交代制で見張りを立てる。

そんな事を三人で協力してずっと前から繰り返している常習犯の為、手口はかなり手馴れている。

それでも彼らが今日まで特にこれといったお咎めを受けずに済んできているのは、王族の姫君や武将の妻など手を出したらまずそうな相手はきちんと避けている事と、彼ら自身の親が全員かなりの権力者達であり、かつ、子供のする事に甘い親バカばかりだからだろう。

この城内でも被害に遭った女性達は数知れずだが、その多くが彼らの親によって揉み消されてきたはずだ。

「実際、先程言った俺のセフレも被害に遭っているんで。他にも同様の被害を風の噂で何度か耳にしましたし、信憑性は高いと思いますよ」

世の多くの女性が聞けばたちまち身震いして背筋が凍りそうな被害報告をしていても、口を開く司馬昭の口調には淀みがない。

言葉は悪いが、非常によくある話なのだ。

この城。そして、この時代においては。

例え交際している相手がいたり、結婚して子供まで生まれていても、より身分の高い男性に目を付けられたら

『お前の恋人(妻)を差し出せ』

と言われても断わる術がないのは当たり前。

そうして奪った女も、さらなる権力者から

『お前には勿体ない程のいい女だな。よこせ』

と奪われるのもよく聞く話。

それが嫌なら愛する女と一緒に死ぬか、もしくは敗北を承知で捨て身の戦いを挑むしかない。

ひとたび戦が起これば、殺した武将の恋人や妻を戦利品として強奪し、己の物にするのは常套手段。

地位の高い男性の庇護無しに、女性の自由や安全を確保するのが難しい。そういう世界なのだ。

それが男達も十分分かっているので自分の女はなるべく外に出さずに囲っておきたいし、女性達も出なくていい宴席には参加したくないと思う者が大半だった。

「そんな男どもの出席する飲み会に名無しも出る、という事か」

弟の話を聞いて、名無しの置かれている状況を司馬師はすぐに理解した。

それは分かったが、どうしたものか。

長い指先を顎に添えて、司馬師は考え込む。

「しかも、これを見る限りあいつの知り合いの男武将は誰もいないんですよ。鍾会は別の課だし、郭嘉殿は確か今晩別の会議に出席しているし、夏侯覇は連れと城下町に飲みに行くとか言っていたっけな。この話を最初から知っていたら絶対に名無しを一人でなんて参加させなかったし、万が一俺が出られなかったとしても、何なら賈充辺りに頼んで二課の奴らに話を付けて、賈充を強引に名無しの隣にねじ込んだんですが…」

嫌そうな目で書類を睨みつける司馬昭は、今にも書類を破り捨て、二課に乗り込みそうな勢いだ。

「今夜は父上も不在なのが大きい。名無しもそこそこ飲み会には出席している方だと思うが、おそらく過去の飲み会はほとんど父上と一緒に参加していたのだろう。父上の隣に座っている女に狼藉を働く度胸のある人間などまずいないからな」
「俺でも無理です。怖すぎて」
「私も無理だ。だからこそ、名無しは今まで何度も父上に守られて────」

そこまで言って、何の気なしに紙をめくって二枚目の紙面の最後に書かれている一文を目に留めた直後、司馬師はぴたりと動きを止めた。

黒曜石にも似た美しい双眼を、司馬師が大きく見開く。


『賑やかな会にしたいので、当日参加も大歓迎です(他の部署の方含む)』
『但し、座席の準備や食材の確保等の関係がありますので、当日参加をご希望の方は懇親会当日の午前中までに幹事までご連絡ください』


司馬師に少し遅れてその文章に気付いた司馬昭も、同様に固まる。

司馬師達は書類から顔を上げ、互いに顔を見合わせた。

「……兄上、これって」
「……。」

多分、思っている事は二人とも同じだろう。


えっ?


そんなことある?本当に??


いきなり当日参加して大丈夫なの??しかも他の部署でも??


……。


……。


……。



ふーん。



(ふぅ…。予期せぬ残業で一時は間に合わないかと思ったけど、何とか時間までに仕事が終わって良かった!)

19時の開始時刻に何とか間に合い、名無しが会場入りした直後。

大勢の男女の<乾杯!>という合唱が聞こえ、懇親会がついにスタートした。

場所は城内にある宴会場の一つであり、司馬師や司馬昭の部屋があるのと同じエリアだ。

軽く室内を見渡すと、本日の参加者はざっと総勢50〜60人くらいというところ。

主催者側の二課・三課の人員はこんなに多くはないはずだが、二課や三課の知り合いに誘われたのか、他の部署の人間が結構来ているのかもしれない。

男女の比率はおおよそ7:1か8:1くらいだろうか。

案の定、男性の方が圧倒的に多い。


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