異次元 【一妻多夫】 もっとも名無しの場合、イケメンを見た時に相手を異性として意識し、胸がときめくというよりは、 (サラサラで綺麗な髪の毛だなあ。普段どんな洗髪材を使っているのかな。どんな整髪料を使ったらあんなに綺麗に髪の毛がまとまるのか教えて欲しい) (私もあんな風な顔に生まれてくる事が出来たら、どんなに良いだろう) (何であんなに肌が綺麗なんだろう…。化粧水とか保湿剤とか、やっぱり高級品で揃えているのかなあ。それとも男の人だから、まさか一切お手入れしていないとか!?もし何もしないでこんな風にニキビ跡一つもないスベスベなお肌を保っているのだとしたら、いいなあ。羨ましい!!) と、そちらの方向に気持ちがいってしまうのが、イケメンに対する数多くの女性達の反応と微妙に異なる部分ではあるのだが。 相手の気持ちなど一切考えず、強引な手段で貞操を奪われてしまったとしても。 司馬昭にこんな言葉を告げられて、こんな表情で、こんな声で言われてしまったら、何だかんだで最終的には許してしまう、むしろ司馬昭様になら何をされてもバッチ来い!と思う女性は沢山いると思われる。 つくづく、美形って得だ。 「ええと、じゃあ、子元は?子元はどうしてこの部屋に」 「……。」 「まさかとは思うけど…本当に、私の体調を気にしてくれていたの?」 まさかね…、という色を存分に滲ませながら、名無しは恐る恐る司馬師の方に顔を向けた。 自惚れるなよ、このドブス。 調子に乗るなよこの雌犬が!! 司馬師の場合、こういった言葉をどの拍子に放たれてもおかしくない。 容姿や言動から弟の司馬昭に比べてより一層父親である司馬懿の血筋を色濃く受け継いでいるように思えるせいか、彼に対してこの手の発言をする時には非常に勇気がいる。 司馬師は不安と緊張で揺れる名無しの眼差しを真正面から受け止めると、意味ありげな目線で彼女に応じた。 「否定はしない」 「…え…」 「私は見ての通り通常営業だが、男に比べて大多数の女は体力が無い。お前もだ」 「うっ」 「昨夜も死んだように眠っていたからな。自分の鍛錬不足を棚に上げ、私のせいで起きられなかった、業務に支障が出たと言われても困る」 困ると言われようが、その通りなのですが……。 口をへの字に曲げて反論しようとする名無しの表情など全く気に留めず、司馬師は言葉を続ける。 「それに…、休むなら休むで連絡がいるだろう。どうするつもりだ。出られるのか?」 「…えっと…」 思わず漏れた呟きに、名無しは慌てて口を閉じた。 前半部分はいつもの皮肉めいた物言いだが、後半部分だけを聞くなら名無しを気遣う内容とも言えなくはない。 仕事でもなく、用事でもなく、遊びに付きあわせる訳でもなく、それ以外の事の為だけに、司馬師と司馬昭が自分の為に時間を割いて自分の部屋を訪れてくれたと言う。 司馬昭の言葉を借りるなら、セックス以外の事もちゃんとする。他の相手との違いを証明する為である、と。 それを証明する為に、ただの性奴隷相手であれば彼らが絶対に行わないであろう行動────世間で一般で言うアフターフォロー≠ニいうものを実践して見せたのだと? いやいや……、 全く持って意味が分からない。それはない。 そんな事、この二人に限って決して無い事だよね!? 信じられない!! 「────返事は」 「い、今から出ます。今日はその、どうしても休めない日で」 「そうか。なら支度を急げ。あと30分もすれば始業時間だ」 「は…、はいっ!」 名無しにしてみれば、すでに急いでいたところを司馬師と司馬昭の出現で邪魔されたのも同義なのに、司馬師に命令口調で言われるとつい条件反射的に返事をしてしまう己の反応が恨めしかった。 (ちょっ…、ちょっと待って。何で私、子元に向かって怒鳴るどころか素直に返事しちゃっているんだろう!?) 司馬懿に似て、この人に逆らう事など決して許されない、と相手に思わせるような迫力が司馬師にはある。 武者人形のように整った司馬師の顔は非の付け所がない美貌であるが、名無しを見下ろす切れ長の双眸はいかにも情が薄そうでゾクリとする。 一見爽やかにも見える弟とは男の質が異なり、クールで素っ気ない雰囲気を備えた司馬師の妖艶な眼差しは見る者のマゾ心を刺激する力を秘めていて、特に女相手の場合はその効果が抜群だった。 怒りたい、のに。 美男子で有名な父親の遺伝子をこれでもかと言うほどに完璧に受け継ぎ、僅かな狂いもなくパーツが配置された見事な司馬師の美貌が半径1メートル以内に存在すると、冷水をかけられたみたいに名無しの中の反抗心が薄れていく。 だめだだめだ。またしてもこの兄弟に毒気を抜かれている場合じゃない。 何だろう。何かを忘れている気がする。 先程、髪の毛を乾かしながら本日の予定を確認していた際、何か重大な事に気付いたような……? (────あ。そうだ) 思い出した!! 「子上!」 「ん?どうした?」 名無しの呼びかけに、司馬昭は軽く首を傾けながら応えた。 こういう何でもない些細な動作すら、彼のような美男子が人懐っこそうな笑みを浮かべながらしてくれると、それだけで漫画や小説のワンシーンになりそうなくらいの特別感を他者に与える。 繰り返すが、やっぱり美形は得だ。 「子上、ごめんなさい。昨日約束していた事で、今日で良ければご飯を作りますって言ったけど、今晩用事が入っていた事をすっかり忘れていたの。かなり以前からの予定だったから、今さら変更する事が出来なくて」 昨夜司馬昭に強く求められ、名無しは仕方なくといった素振りで明日ならいいよ≠ニ回答していた。 その後あのような目に遭わされたのだから、そんな約束などとっくに無効である。 それに対して罪悪感を抱く必要も無い。当然だろう。 普通に考えれば強姦魔の為に手料理を作る道理など皆無に等しいにも関わらず、『約束は約束である』と考えてしまうのが名無しの悲しい程に真面目で律儀な点だ。 彼女の台詞から約束事を思い出した司馬昭は、一瞬真顔になった後、先程と同じような笑顔を見せる。 「あ、そう。先約があったなら仕方ないな。で、誰と?」 見事なほどのイケメンスマイルだが、ドタキャンされた事に、内心怒っているのだろうか。 顔は笑っているのに、何だか声が冷たく感じるし、低い。 「本当にごめんなさい。実は……」 名無しが説明しかけた時、すぐ近くでカサリ、と紙を触る音がした。 「ほう。今夜は第二宴会場で二課と三課の合同懇親会があるのか。だがお前は関係ないはずだ。何故出席者の欄にお前の名が載っている?」 「…!それは…」 司馬師がめざとく見つけて手にしたのは、名無しの机の上に置かれていた『合同懇親会のお知らせ』であった。 表向きは二つの課が参加する懇親会という事になっているが、実際はそこまで限定されたものではなく、 『都合が合うなら&希望者はふるってご参加下さい!』 『他の課の方も大歓迎。お酒の好きな方、話すのが好きな方、人脈を増やしたいという方。課の垣根を越えて是非一緒に飲みましょう!』 というメッセージが用紙の説明欄には書かれている。 [TOP] ×
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