異次元 | ナノ


異次元 
【一妻多夫】
 




「言いたい事があるなら言えばいい。遠慮はいらんぞ」
「……っ」
「最近、何かあったのか?考えてみても心当たりなど全く無いし、皆目見当が付かんのだが」

この状況で、笑っている。

一度ならずも二度までも、あれだけの事をしておいて、よくもそんな事を言えるものだ。

意地の悪い笑みを浮かべる男の形良い唇を、名無しは憎らしい思いで睨む。

「子元…、この際だからはっきり言わせて貰いますっ!」

混乱に、呼吸が乱れる。

文句を言いたい。

少なくとも、今の自分には昨夜の彼らの振る舞いに関して、いや、前回の分も全て含めて彼らの行為を糾弾する権利くらいはあるはずだ。

「ほう。まさかとは思うが、私や昭が原因で苦しんでいるとでも」
「他にどんな理由があるの。子元と子上にされた仕打ちのせいで、私は……!」
「私は、なんだ。拒絶反応でも出たのか」
「……えっ」
「お上品な名無し様には、我々のような粗野な男の精液など体に合わない、とでも言いたいのか?」
「─────!?」

前言撤回。

黙っていれば天使と見紛うばかりの見目麗しい顔立ちをしていながら、なんという下品で露骨な発言をぶちかましてくれるのだ、この男は。

名無しはくらりとよろめきながら、何とかその場に踏み止まる。

「出た出た、兄上の直球発言。朝からそんなに苛めないでやって下さいよ。泣いちゃうじゃないですか、俺の名無しが」
「は?誰がだ」
「俺の名無しが、です。大事な事だから二回言いました。名無しが恥ずかしがり屋な事くらい、兄上だって十分ご存じのはずでしょう。まあ好きな子ほど意地悪して泣かせたい、っていうのは飛び蹴りや一夫多妻と同レベルの男のロマンだと思いますので、俺も兄上の気持ちが分からない訳ではないですが」
「死にたいようだな。昭」
「お言葉ですが、俺と名無しの体は相性抜群なはずなんで。兄上もご覧になったでしょう?俺と名無しがまるでパズルの凹凸並みに隙間なくガッチリ結合していた所を。あんなに嬉しそうに俺のモノに絡み付いて締め上げてきて、今さら体に合わないとか絶対無いですって。ホントに」

何でもない風に交わされる両者の会話の内容が衝撃的過ぎて、名無しは今度こそ本気で倒れそうになるくらいに激しい眩暈を覚えた。

どうしてこんなに卑猥な言葉を、朝っぱらから、人前で簡単に口にできるのか。

美形兄だけでなく美形弟からも挨拶くらいの軽さで放たれる会話の内容に、名無しがかろうじて保っていたプライドと理性が粉々に打ち砕かれていく。

無理やり体を奪われたというだけでも到底許せない事なのに、翌日になってまでさらに残酷な言葉で貶められ、嬲られ続けなければならないなんて。


こんなのって、ひどい。


─────ひどすぎる。


「……ひ、ひどい……。ひどいよ……っ」


体の奥底から沸き立つ怒りと悲しみ、羞恥に耐えられず、名無しはプルプルと震える唇を上下に開く。

泣くものか。

せめて昼間の間だけでも、司馬師や司馬昭の前でなんて泣くものか。

そう我慢していたはずなのに、名無しの両目には見る見るうちに透明な液体が溜まっていく。

「……ふん。きっかけは私だったかもしれんが、最後のとどめはお前の発言だぞ。昭」
「う……、マジですか?俺の中ではこれ以上ない褒め言葉と言いますか、むしろラブラブ発言のつもりだったんですけど……」

腕組みを解き、司馬昭は端正な顔で『げっ』と呻く。

完全にアウトな超セクハラ発言を口にしてさえ、この兄弟の双眸は全くと言っていいほどに屈託がない。

悪気がないと言えば聞こえはいいが、それにしても悪気が無さすぎる。

自分とは完全に別世界の生物のように感じられ、名無しの瞳には一層涙が溢れた。

「本当に、ひどい……。子元も子上も、どうしてそんな……っ」

ポロポロと涙が流れ落ちる一歩手前、といった状態で懸命に名無しが涙を堪えていると、司馬師の長い指先が名無しの頭に伸びてきて、ゆっくりとした動作で彼女の髪の毛を掬い取る。

「ああ、泣くな。泣くな。興奮する」

全く予想もしていなかった、というよりも、半ば予想通りであったというべきか。

司馬師の口から零れた言葉に戦慄した名無しは、『ひっ』と小さな悲鳴を絞る。

そうだった。

名無しが泣いたところで反省するどころか余計に喜ぶだけなのだ、司馬家の男達というものは。

残酷な現実を認め、名無しはますます絶望した。

「ひどすぎるよ…二人とも…っ。二人して、あんな事をするなんて…。しかも、昨日の今日で、こんなに早くから私の部屋に来るなんて…。そんな事を言う為だけに、わざわざ私のところに来るなんて…!!」

昨晩あんなにも私の事を延々といたぶって遊んでいたはずなのに、それでもまだ辱め足りないとでも言うつもりなの!?

屈辱と苦悩で顔を真っ赤に染めて言い募る名無しの様子を目にした両者は怪訝そうに眉間を寄せ、ほぼ同時のタイミングで口を開く。


「何故そうなる?逆だろう」
「昨日の今日だからこそ、こうして普段はしない早起きまでして名無しの様子を見にきたに決まっているじゃんか。お前の体調が心配で」


……えっ??


全く考えてもみなかった言葉が耳に届き、名無しの思考が停止する。


全然反応がなかったから、心配で奥まで見に来たって訳
御機嫌よう。体の具合は───


……そう言えば、二人は自分の事を気にするような台詞を言っていたっけ。

いや、でも、だからといって、そんなものはただの社交辞令というか、単なる言い訳というだけの物かもしれないし。

そもそも彼らのような貞操観念ゼロでフリーセックスを好み、独身主義の男性達が、一度や二度抱いただけの性奴隷の存在など露程にも気に掛けるはずがない訳で─────。

「名無し。昨日私が言った事を、覚えているか?」
「昨日、って……」

司馬師に聞かれた名無しは昨晩の事に思いを馳せたが、全く持ってピンと来ない。

司馬師の言わんとする内容が分からず、名無しは当惑した顔で男を見上げたが、司馬師はそう言ったきり黙りこんでしまった。

どうやら回答は名無しに任せ、自分が教える気は無いらしい。

短いようで長く感じられる沈黙が続いた後、最終的にその空気を破ったのは弟の司馬昭だった。

「あー…、その、なんだ。俺もさ、昨日言っただろう?お前が望むって言うんなら、別に俺達の関係を城の奴らの前で公言してもいいけどなって」
「!!」
「で、その上で、俺がお前の立場でも信用できないかもなって。日頃の行いってやつのせいで。ま、そうだよな」

不機嫌そうに前髪を掻き上げた司馬昭の胸元で、首飾りの石が朝日を受けてキラリと光る。

編んだ紐と天然石を組み合わせたシンプルな装飾具は、彫が深く整った司馬昭の容貌をより男っぽく見せていた。


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