異次元 | ナノ


異次元 
【魂喰いvol.2】
 




「じゃあ名無しの好みって、まんま俺や兄上みたいな男じゃないですか。なのに何で名無しを即堕とせないんですか?おかしいですよ」

それを自分で言うか?と思えるような司馬昭の返事だが、自信たっぷりの言い草が憎らしいほどに似合うのが司馬一族の男子の特徴。

「それはやり方がまずかったというのもあるし、押しが今一つ弱かったというのもあるだろう。まあ前回はとりあえず一回犯れたらいいという程度の低い目標だったからな。事前に綿密な計画を立てた訳でも無し、名無しに意外と強情な部分がある事も前回初めて知ったというのもある」

自信満々の声で、司馬師が言う。

「それとも、私や昭の力よりも、現時点では『ご主人様』とやらへの名無しの忠誠心が上回っているという事なのか…」


……もしくは。


こんな事は有り得ないと思っているが、無いはずだ、と思っているのだが。


名無しが身の危険を感じるほどに、あの人達≠フ権力が自分達兄弟をも上回っているという事なのか。


(……まあいい)


どちらにせよ、今の段階ではまだ情報が少ない。名無しの相手を確定させるには、今一つ決め手がない。

カツン、と、司馬師の足音が名無しの面前で止まる。

「それと、これも前から気になっていたのだが」
「な…、何が…」
「お前がそのあの人≠ニやらの正体をやけに隠そうとする事だ」
「え…っ?」
「当初は単に他人に邪魔をされたくないのか、無駄な騒ぎになって相手に迷惑をかけるのが忍びないとでも思っているのかと思った。……が、それにしては相手の名を聞かれた時の警戒心が強すぎる」

司馬師の呟きに、名無しはハッとして息を飲む。

「何故だ?名無し。お前がそうまでして相手を伏せようとする真意は。身分や職業的な立場の問題等でその相手との関係を表沙汰にされると困るような間柄にあるのか、それとも既婚者か?」
「─────!?」
「どちらにせよ、相手も独身だろうがそうでなかろうが、あまり人には言えない関係ではないかと思ったのだがな。陳腐な単語すぎてあまり使いたくはないが、いわゆる禁断の恋=Aみたいなものとか」

ゴクンッと、名無しの喉が不安で鳴った。

「もしそれが事実だというのなら、尚更私や昭の元に身を寄せる方が賢明だと思うがな」
「……?」

ぽつり、と男の口から零れた言葉の意味を即座に理解する事が出来ず、名無しは怪訝な表情を浮かべた。

「私も昭も独身で、互いに決まった相手もいない。正式に交際している相手もいない。婚儀の予定も今のところは無い。まあこれはあくまでも『今』の話であって、先の事までは何とも言えんが」

司馬一族の血を引く名家の男子とあれば、適齢期になれば『早く嫁を取れ』と周囲からやいのやいのと言われるのは当たり前。

それも、必ずしも『好きな女』を妻に出来るという訳ではない。

彼らクラスの男性なら、己の気持ちよりもまずは一族の利を考えよと諭されるのは当然の事。

例え相手の女に一片の情も抱かずとも、その女と結婚する事によって司馬一族がより一層栄えるのであれば、それこそが彼らにとって『真に相応しい相手』であるのだと。

むしろそういう女を選ぶべきなのだと。

現に、司馬師や司馬昭の元には各地から選び出された有力な王族の娘や貴族の娘、大商人の娘など、数多くの政略結婚相手との見合い話が出ているが、

『断る』
『あー、そういうの俺、いいですわー。まだまだ遊び足りないんで』

……と言って、司馬師と司馬昭が全返しの勢いで撥ね退けており、

『何だかんだで師も昭もそこまで馬鹿ではあるまい。散々遊び倒して気が済めば、いずれは自分達にとって最も利用価値の高い女≠選ぶだろう』

と、父親の司馬懿がしばらくは息子達の好きにさせると考えているおかげで、気ままな独身貴族を満喫していられる現状であった。


「つまり、私や昭を選べば─────『他人に言える関係』になれる、という事だ」
「!!」


司馬師の発言の意味を悟り、名無しは瞳を大きく見開く。


「決まった結婚相手も交際相手もいないのだから、何も気にする事はない。まあ、強いて言うならお前との関係を公表するとすれば、外野がうるさくなりそうな予感…、いや、悪寒がするというくらいか。噂話が好きそうな女官共が鬱陶しいし、鐘会や夏侯覇辺りの突っ込みも面倒だ。下世話な奴らの好奇心をみすみす満たしてやるというのは、私の本意ではないのだが」
「な…、な、何を…言って…」


そんな事は、あるはずがない。

名無しは息を飲んだ。まじまじと、司馬師の顔を見上げた。

名無しが知る限り、司馬師や司馬昭は典型的なフリーセックス・フリー恋愛の支持者であり、今更その思考を覆すなどおよそ想像できない事だった。

『自由がなくなるのが嫌だから、決まった相手は作らない』

そう普段から堂々と公言している彼らなのに、自分と正式な交際をしても良い?世間に公表しても良い?


どう考えてみても、有り得ないではないか!!


「そういう事なら、俺もです。名無しが望むって言うのなら、何なら明日からでも『俺と名無しは昨日から付き合っていますんで』って公言してもいいですよ」
「…えっ。えええっ…!?」


スパークする名無しの思考を知ってか知らずか、あろう事か弟の司馬昭までもが兄に続き、名無しにとって意味不明としか思えない事を口走る。

「多分こっちから頑張って広めようとしなくても、噂好きな奴に話してやれば、一週間もしないうちに城中に伝わるんじゃないですか?俺達の関係について同僚にあれこれ突っ込まれるのも面倒と言えば面倒なんですけど、これ以上名無しを放し飼いにして余計な虫が寄ってくる方が、ぶっちゃけ面倒くさいんで…」

何でもない事のように兄に向って語る弟に、名無しはゆっくりと視線を転じた。

一体、彼らの身に何があったと言うのだろう。

分らない。

分らない。

司馬師と司馬昭程の男達がここに来て自らの信条を曲げる理由などどれだけ考えてみても思い当たらず、名無しはただ混乱するばかり。

そんなもの、信じられる訳がない。


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