異次元 | ナノ


異次元 
【魂喰いvol.2】
 




「その後俺、ほぼ毎週くらいのペースで夜遊びに出掛けてた。いや…、違うかな。三日に一度くらいのペースかな?他の女と遊んでた」

ポツリポツリと、司馬昭が語る。

名無しは彼の口から紡ぎ出される『体験談』を、悲痛な面持ちで聞いていた。

自分を一度抱いた後、さっさと他の女に手を出し、大勢の女との情事に耽る。

そんな真似が平気で出来るという事は、所詮自分との性交渉は、ただの興味本位のお試しプレイに過ぎなかったという風にしか思えない。

そして、そのような話題を平気で本人の前で口にするなんて、何のつもりで─────。

(そんな事は、言われなくても分かっている)

彼にとって、自分はその程度のどうでもいい存在でしかなかったという事だ。

「城の女と、花街の女と…。素人女から娼婦の姉ちゃん達まで、色んな女を集めて代わる代わるセックスしてた。繰り返し」
「……。」

こんな事を相手に直接語って聞かせるというのは、一体どういう心境なのだろう。

お前なんて所詮遊びなんだよ。勘違いすんなよ。しつこく付きまとってくるんじゃねえよ。

そういった思いを名無しに悟らせて、『分かったら俺に近付くな』と牽制しようとしているのだろうか?

「色んなプレイも試した。使った事のない道具もあれこれ使ってみたし、やった事のなかったやり方にも挑戦してみた。女多数の乱交とかも、しょっちゅうだった…」

司馬昭の形良い唇から発せられる事実が耳に届く度、名無しは両手で己の耳を塞ぎ、その場から逃げ出したいような衝動に駆られる。

……遊びだと分かっていたはずなのに。

こうして実際に男の口から直接真実をぶつけられてしまうと、現実の残酷さをヒシヒシと思い知り、込み上げる悔しさと虚しさで名無しは泣き出しそうになる。

二度と触れられたくない話題。聞きたくもないその後の現実。

腹立たしさと怒り、悔しさと哀しみなどが複雑に入り混じった感情が喉元近くまでせり上がり、名無しは叫び出したい思いで一杯だった。


全く隠す気もないむき出しの言葉で、残酷な現実を突きつけられる事がこんなに辛いとは。


パキッ、パキッと。


体の奥底で、心が壊れる音がする─────。


「他の女と遊んでいれば、お前の事もそのうちどうでもよくなるんじゃないかと思ったから」


「………えっ?」


予想もしなかった続きの言葉に、名無しはひくっ、と喉を震わせる。

「でも、違った。他の女とすればするほど、お前の事を思い出すだけだった」
「……!?」
「色んな事をあれこれ試してみても、つまんねーし、面白くない。それに何より、気持ち良くない」
「……。」
「こんなのは初めてだし、俺だって何がどうなってるのか全然訳が分かんねーよ。何が駄目なんだ?適当に腰振ってりゃいいってもんでもなさそうだし、思うようにイケないし……名無しと全然違うんだ……」
「……子、上……?」

戸惑う名無しを、司馬昭が真正面から見る。

そして司馬昭は名無しに向かって手を伸ばし、さらに彼女にとっては予想外としか思えない行動に出た。

グイッ。

「!!」

司馬昭は突然名無しの腕を掴むと、そのまま勢い良く自分の方へと引っ張って彼女を抱き寄せ、その体を逞しい腕の中に絡め取る。

「は…ぁ…っ。名無し、名無し……っ」
「な、何!?子上、離し……っ」

耳元に男の熱い吐息を感じ、熱っぽく溶けた声で名を呼ばれ、名無しは混乱に染まった悲鳴を上げた。

「名無し…、ずっとお前に触りたかった」
「……!!」
「マジで嬉しい…、やっと捕まえた。本物だよな?本当に…名無しの匂いだ…」

ぎゅううううっ。

息が詰まる程の抱擁≠ニいうのは、きっとこういう事を言うのだろう。

文字通り普通に呼吸をするのが困難に思える程に、名無しは司馬昭に強い力で捕らえられる。


「……名無し。辛いよ、俺」
「……子上……」
「欲求不満で死にそうだ。お前じゃないと俺もう……」


名無しの肩に顔を埋めながら、司馬昭がギュウッと名無しを抱き締める。

突然の告白に、名無しは返事に詰まった。


体温が一気に上昇する。


彼の放つ熱に、当てられる。


司馬昭にこんな風に抱き締められ、こんな風に熱のこもった声音で情熱的に口説かれて。


間髪入れずに拒否できるような女性が、果たしてこの世にいるのだろうか。


「……ああー…、もう。やめだよやめ……。賈充にはああ言ったけど、もう我慢するのはやめだ」
「賈充に…?」
「いつまでも頭の中でごちゃごちゃ無駄に考える方がよっぽど面倒臭いし、精神衛生上にも肉体的にも……やっぱ溜めっぱなしはよくないぜ」

司馬昭は名無しの肩から顔を離すと、再度名無しの顔を見つめ直し、妙に改まった口調で言う。

「なあ名無し。俺じゃ駄目か?」
「…え…?」
「なんで俺じゃ駄目なんだ。ほんのちょっとでも、俺には全く可能性がないのか?」
「可能性って?」
「お前が俺の物になる可能性」
「……!?」

予想外の台詞が連続しすぎて、どうしていいのか分からない。

パニックの為上手く頭が回らず、思考が全くついていけずに呆然と男を仰ぐ名無しの瞳を、司馬昭の強い眼光が射抜く。

「お前の男がどこの誰だか知らないが、このまま黙って諦めるなんて俺の性に合わない。少しでも可能性があるなら、下心付きでガンガン迫るぜ」
「ちょっ…、ちょっと待って!困りますっ。そんな事……!!」

混乱状態に陥りながら、それでも名無しは懸命に首を振る。

「困るって、何で。俺が嫌い?」
「そ、そんな」
「こうして話すのもイヤ?顔を見るのもイヤ?」
「……っ」

先程まで甘く、うっとりと囁かれていた司馬昭の声は、詰問口調になった途端に妙にドスが効いていた。

確かに、彼と話す事すら嫌だった。

顔を見るのも極力避けていた。

それは事実だ。

だがそれは司馬兄弟にとって自分がただの暇潰しであり、あの行為≠ノ二人の気持など、毛の一筋ほども入っていないと感じていたからだったのに。

「どうして?俺の顔がイヤ?体がイヤ?家柄、給料、性格?どれがイヤ?」
「子……」
「それとも、俺のテクに不満があるとか。抱き方が好みじゃない?一度にかける時間が足りない?回数が気に入らない?」

司馬昭は名無しに余計な事を考える暇を与えさせないとでもいうように、矢継ぎ早に質問を浴びせかけてくる。


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