異次元 【魂喰いvol.2】 どうせそんな助言をしたところで、司馬昭は 『だから!好きとかそんなんじゃないんだって。ああもう〜、この話はもう終わり。めんどくせ!』 と、ムキになって全力否定し、自分に都合の悪い話は聞きたがらないに決まっているのだ。 めんどくせーのはどっちだよ……、と賈充は内心思った。 「兄上だってそう思いますよね。セックスした後、向こうはこっちの事全然意識してなさそうなのに、自分からもう一回したいなんて言いに行くなんて」 賈充のシラーッとした目付きを見て自分の発言が非難されていると感じたのか、司馬昭は兄の司馬師に助けを求めた。 突然話題を振られた司馬師は始め、黙っていた。 (どうせまたスルーされて終わりだろう) そう思った賈充の予想とは異なり、司馬師はしばらく考えるような素振りを見せた後、赤い唇をゆっくり開く。 「……そうだな」 低い声が、ポツリと告げる。 「自分から女の尻を追いかけるなど有り得ない。司馬一族の男としてあるまじき話だ。……そんな事は」 司馬昭の問いに、司馬師は顎を手で撫でるようにして頷いた。 「ですよねー。やっぱ、兄上は分かってますよ。その辺の男の事情≠チてやつを」 味方が出来て安心したのか、司馬昭もまた腕組みをしながらウムウムと頷いている。 まさか、ここに来て司馬師が司馬昭に同調するとは思わなかったが。 兄と弟でタイプは違うが、父親譲りのプライドの高さは二人とも同じという事か。 「では、その女は諦めるのか?」 どうするつもりだと賈充が聞くと、 「出来るもんならそうしたいっつーの。けど、正直、ずっとこのままの状態が続くとか考えただけで嫌んなるぜ。もう俺、欲求不満で爆発しそう」 と、胸の前で腕を組み直し、司馬昭が溜息混じりに吐き捨てる。 「大好物のはずのカツ丼なのに、いまいち食う気にもなれないし。ああ…、マジで食欲が出ねえ。このままだと俺、痩せそう。栄養失調でガリガリに痩せ細って死ぬかもしれねえ。はあ…」 実際、昼休みが始まってからかなりの時間が経過したというのに、彼が注文したカツ丼定食はまだ半分以上も器の中に残ったままだ。 話に夢中になっているというのもあるのかもしれないが、彼の言葉通り、本当に食欲まで減少しているようだ。 賈充が何気なしに司馬師の方をチラッと見ると、司馬師もまた箸があまり進まないのか、彼の手元にある食事は殆ど残ったままだった。 精々、先程まで飲んでいたスープを口にしていた程度といった所だろうか。 メニューを見ると焼き魚定食を注文したと思われるのに、メインの焼き魚には全く手を付けておらず、白米も器の3分の2以上残っている。 (二人して食欲がないのか…?) 司馬昭の食欲不振に関しては原因が判明しているが、司馬師まで元気がなさそうなのは何故だろう。 反応が分かりやすく、賈充に対して色々な話をしてくれる司馬昭とは違い、他人に対して滅多な事では相談事などせず、心を開かないように思える兄の司馬師は、賈充から見ても何を考えているのか読むのが難しかった。 司馬師に何があったのかは知らないが、どう考えてみてもこの現状はよろしくない。 (どこの女だか知らないが、そいつの気持ちなんてどうでもいい) 賈充は司馬懿の命を受け、司馬師や司馬昭を補佐する任務を与えられている。 賈充にとって、どこの馬の骨だか分からないような女の人権の優先順位など下の下である。 最も優先すべきは、自分が仕える司馬師や司馬昭の心と肉体の健康なのだ。 相手が例え恋人持ちだろうが、人妻だろうが、子供がいようが、そんな事は賈充にとっては何の障害にもならない。 主である司馬昭からこのような相談を受けてしまった以上、どんな手を使ってでもその女を彼の前に差し出さなければならない。 主人の為に犠牲になって貰わなくては。 (しかし、問題はその肝心の相手が誰だか分からない事だ) 教えて貰えば相手を騙して睡眠薬でも飲ませるなり、みぞおちに一発食らわせて気絶させるなり、手足を縄で縛って自由を奪うなり、こちらの条件を飲むまで拉致監禁するなど、いくらでも強硬手段に出て司馬昭の前にその女を連れてくるというのに。 司馬昭の話し方から推測する限り、どうやらその相手の素性を賈充に告げる気はなさそうだ。 どうするか……。 「要は、その女が子上の物になればいいのだろう」 そうすれば、主のこんな悲壮な姿を目にしなくて済む。 司馬昭の体調を案じ、臣下として彼のメンタルケアと欲望処理を最優先に捉えながら物事を考える賈充に、司馬昭が少々不満げな顔をする。 「お前なあ。あっさり言ってくれるけどさ、そう簡単に出来る方法があるなら俺だってとっくにやってるっつーの」 「あるだろう。子上でなくても、男なら出来る方法が。簡単に」 「なんだよ」 賈充に対して顎をしゃくり、司馬昭が結論を促す。 どれだけ口説いても、その女が主の物になるのを拒むというのなら。 他の男に、忠誠を尽くすというのなら。 ならば─────。 「その女を────孕ませればいい」 淀みのない声音で、賈充が述べる。 男なら簡単に出来る事。 先程告げられた賈充の言葉の真意は、そういう意味≠セった。 「……本気かよ……」 何を言い出すか分からない男だと分かってはいたものの、驚きの強さに司馬昭の双眼が見開かれる。 驚いたのは司馬昭だけではないようで、司馬師もまた思わずといった具合にまじまじと賈充の顔を眺めていた。 「なに、妊娠という手段を武器に使うのは、別に女の専売特許という訳ではない」 喉の乾きを潤すようにして茶を一口煽り、賈充はテーブルに身を乗り出す。 「女共だけに都合の良いように使わせるのは、不公平だとは思わないか?」 賈充曰く、これが貧しくて余裕がない人間や未だ責任能力のない未成年であれば、甚だ無責任な話だろう。 だが司馬師や司馬昭のような男性はそういったタイプとは異なり、司馬一族の御曹司という絶大な権力と潤沢な資金力を持つ人間だ。 『彼女の事は好きだけど、もし妊娠でもしたらどうしよう。とても子供なんて面倒見られるような余裕はない』 世間一般の若い男にはこのような悩みは付き物であるが、精神的な面は別として、こと金銭面に関しては司馬家の男なら問題ない。 女子供の一人や二人どころか、彼らほどの男性であれば複数の妻や愛人に10人や20人もの子供を産ませても十分面倒を見られるはずだ。 [TOP] ×
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