異次元 | ナノ


異次元 
【魂喰いvol.2】
 




「だから、本気でその女に惚れているとかそこまでシリアスなものでなくても、広域的な意味で見れば『一番お気に入りの女』という感じか。とりあえず、こんな回答でどうだ」
「はあ……お気に入りの女か……。まあなー、確かに気に入ってると言えば気に入ってるし、それくらいなら納得出来ない事もないような」

他人から本気で惚れているだの愛しているだのと言われてしまうとついムキになって反論したくなる気持ちが募るが、単なるお気に入り、という表現の仕方であれば許容出来ない事もない。

ようやく妥協点を見出したのか、司馬昭はウンウンと頷く。

「それで?その女は今どうしているんだ」
「どうもこうもないって。普通に俺の女じゃないし、他の男もいる」

ムスッとした顔付きで唇を尖らせる司馬昭を見て、賈充が驚いたように両目を見開く。

「は…?なんだそれは。お前ほどの男が手を出しておいてそれか?」
「うるさいな。俺もこの辺は納得いかない所だけど、元々いる男に対しての忠誠心がやたらカタイんだよ。彼氏や夫っつうよりまるで『ご主人様』っていうのか。絶対に相手の事をしゃべらないし、別れて俺の所に来いって散々説得しても聞きやしない。他の男には絶対に従わないって感じでさ」
「相手の女に舐められるくらい、生ぬるい責め方をしたんじゃないのか」
「いやー、確かに普段の俺からすれば大分手加減した部分もあったかもしれないけど…。でも、男が二人がかりで手込めにしたんだぜ?それでも最後までこっちの要求に従わないってのはどうよ。さすがの俺もそれ以上は……」
「……他の男もその場にいたのか?」
「ん?ああ、まあ」

賈充の渋い声が、またしても鋭く突っ込む。

「狙っていた女を抱くというせっかくの機会なのに、他人と共有しても構わない。お前にとってその相棒は、そう思える存在だという事か?」
「別に。……ただの流れだよ」

答えるのが気まずそうに、司馬昭は目線を反らす。

「何故それ以上の責め苦を躊躇う?」
「それは…その女との関係上…ってやつだよ。なんつうか…お互いの立場上っていうか…」
「……立場上?」
「……。」

今度は、司馬昭が黙り込む番だった。

情事の詳細や体験談など一切の照れや恥じらいなどなく、笑いながら平気で話せるような司馬昭が、深い部分まで突っ込もうとすると急に言い淀む。

乱交も強姦プレイも、そんなもの、司馬昭だけでなくこの城の男武将にとっては慣れっこのはずなのに。

何故その女とやらに限ってだけ、さらなる強硬姿勢に出る事を躊躇うのか?

「そうか。では、結局何度抱いた」

場の不穏な空気を察し、仕方なく賈充は話を変えた。

「一回だけ」
「は?……一回!?」

予想外すぎる回答に、賈充がまたしても目を見張る。

「また笑うなよ!つーか、仕方ないんだよ。まあそれ以降俺に対するガードが異様に高くなってとりつく島もないっていうのもあるんだけど、向こうからのアクションが何もないってのがまたなあ……」
「何が」
「だって相手は何とも思ってないんだぜ?それなのにこっちの方からもう一回わざわざ会いにいくなんて、なんか俺が負けたような気がするじゃん」
「は…?」
「だからさ…、向こうから俺の足元に縋って『お願いします、司馬昭様とのセックスが忘れられないんです、抱いて下さい!』って泣きついてくるならいいけどさ。こっちからノコノコ出向いて、『もう一回ヤラせて下さい』って頭を下げに行くのはなんか格好悪くて嫌なんだよ、実際!」

そう告げて不愉快そうに頬を膨らませる司馬昭に、賈充はまた『プッ』と笑いそうになるのを必死で堪えた。

つまりは、そういう事なのだ。

自分は他の女との情事に熱が入らない程にその女との情事の記憶が脳裏に焼き付いて消せなくなっているというのに、相手の女はそう≠ナはなさそうなのが気に食わない、と言う訳だ。

プレイボーイで有名の郭嘉とはまた違ったタイプの軽さを持ち、ちょっと気に入った女がいれば自分からガンガンアタックしていく事を辞さない肉食系男子の司馬昭だが、それはあくまでも初回のアプローチに関する話。

最初の一回、司馬昭の方から熱烈なアタックをかけて、強引に自分の物にしてしまえば、相手はコロッと参ってしまい、女の方が夢中になって司馬昭を追いかけてくるのが常であった。

それ故に、司馬昭は初回だけ強引にいけば後はせっせとアプローチをしてくる女達を適当にさばき、その日の気分で適当に選んで遊ぶという流れで済んでいたのだが、ここにきてその流れにストップがかけられた。

最も肝心な女に限って、その方法が通じない。

今まで自分の方から二回、三回…と相手を求めた経験のない司馬昭にしてみれば、自分に対して多くの女達がしてきた事を、今度は自分がやらされる羽目になる。

この俺が自分から欲しがる羽目になるなんて!

それが司馬昭に言わせればなんだか『負けた』みたいで、こっちからいきたくない、と言う訳だ。

(そんな事を言いつつ、何だかんだで普段は結構自分の方から押しかけてる気もするんだが)

賈充がそう思ったように、司馬昭は基本的にノリがいいので、自分がいきたいと思えば相手が渋ろうが『断られても行っちゃうよ!』というタイプだった。

また、弟キャラという元々甘え上手なポジションも幸いしてか、

『なんだよ。俺の為に時間を空けてくれないの?』
『俺がこんなに頼んでいるのに…』

などど拗ねたような口調で女に迫り、相手の母性本能をくすぐるような技も得意としていたのだが、それはあくまでもライトな関係に限られるようだ。

ちょっと好き、とかそこそこ気に入っている、というくらいの相手であれば積極的にガンガン押せるが、いざ相手の事を本気で意識し始めると、途端に二の足を踏んでしまうという事か。

兄の司馬師に比べ、一見あまり司馬一族の男性っぽくない印象を受ける司馬昭だが、その根底にはやはり司馬一族の証であるプライドの高さを秘めているようだ。

(本気で好きな子が出来ると急にモジモジソワソワし始めたり、つい素っ気なく接してしまうというような部分も、考えようによっては好む女もいそうな気がするが)

普段はオラオラ路線で陽気な司馬昭様も、好きな子には強引にいけなくなっちゃうなんて。

恋をするとそんな少年っぽい一面があるなんてステキ!!

……などど、それはそれで武器の一つとして上手く利用すればいいのに……、と賈充は思ったが、あえて本人に伝えるのはやめた。


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