異次元 | ナノ


異次元 
【魂喰いvol.2】
 




「まず一つは、体の相性の問題だろうな。他の相手との性交渉にそれだけの影響を及ぼす程に相性がいい組み合わせというのがあるのかどうかは俺から見ると正直疑わしいし、そんな女が実際に存在するのか?と思えるが、まあ定番の返事と言えばそうだろうな」
「はあ、相性ねえ…。確かに、ありきたりと言っちゃありきたりの回答ですねえ…」
「二つ目は、単純にその女の技術。素人女から商売女まで散々遊び倒してきたお前に、『他の女とヤルのがつまらない』とまで言わせるのだ。よほどのテクニシャンか、絶品の名器の持ち主なのだろう。相当具合がいいのだな」
「はあ、テクニシャンで名器ねえ…。まあ表立って否定はしないけど。確かにそうだし。でもさー、それがプロの商売女じゃなくて、一応表向きは素人≠チて事になってんだけどねえ…。よほど今までの男が教え上手だったって事なのか?上手い男に、あれこれ教え込まれたとか……。くそ……それはそれでなんだかムカつくんだけど」

話している内に色々な事を想像したのか、司馬昭はムスッとした顔をして、宙の一点を睨み付ける。

「ヤリチン……もとい、遊び人の子上がそう思うならそうなのだろう。その女、よほど男を喜ばせるツボを知っているとみえるが」
「おいおい。つーか、ナチュラルに人をヤリチン呼ばわりするのはやめてくれませんかね。俺なんか周りの男達に比べてみればまだ全然よ。郭嘉殿とか、凄いぜ?もうじき千人切り達成だとよ。父上だって殿の命令で何百人という女をビシバシ調教してるし。そういう諸先輩方と比較すれば、俺なんてまあ、まだまだ赤子のようなもんです」

周りに比べれば自分なんて普通だ、経験人数も少ない方だ!と堂々とのたまう司馬昭の発言に、賈充が『くくっ』と笑う。

「子上が遊び人でなければ世の中から『遊び人』という概念が消滅するな。それにしても……話を聞くだけで何とも興味をそそられる女だな。高い金を払って売春宿に行くよりよっぽどすっきりさせてくれそうだ。……どこの馬の骨だか知らんが、今度紹介しろ」
「嫌です」

司馬昭の返事は早かった。

「お前みたいなサド侯爵に紹介して、散々弄ばれてズタボロにされて、アソコが使い物にならなくなって帰ってきたら困る」
「誰がサド侯爵だ。人聞きの悪い」
「実際前にもあったろ、そういう事が。一晩100万も積んで呼び出したせっかくの高級娼婦…もとい、俺もひそかにお気に入りのイイ女だったのに、二度と商売できないくらいに傷めつけやがって」
「さあ。いつだったかな…」
「はあ…、説明するのがめんどくせ。人が狙っている女を横取りしようとせず、きちんと金払って自腹で売春宿に行って下さい。以上」
「なんだ。やっぱりお前の話だったのか」
「っ!」

賈充の指摘に、司馬昭はグッと言葉を詰まらせる。

「いや、だから、俺の連れが狙っているって意味なだけで」
「墓穴だな」
「…えっと」
「墓穴だな?」
「違うって。今のはただの言葉のあやで、だから……あー、面倒だからもうそれでいいや!」

これ以上不毛な会話を続けても仕方がないと観念したのだろう。

司馬昭は半ば相手の意見を認めたような返答を漏らすと、椅子に深々と座り直した。

「……で、兄上。今のをお聞きになって、兄上目線でのご意見は?」
「……めんどくせーからパス」
「またですか」

いつもなら、そんなものはお前が悪いんだとか、そんな女とはさっさと別れてしまえとか言いたい放題言ってくる兄なのに。

どうやら今回の話題に関しては、司馬師は一切口を挟むつもりはないらしい。

これって、相当珍しくないか?

「ち……では三つ目だ。精神面の問題。これもあまりに陳腐すぎて正直言いたくないが、その女を愛しているとか」
「─────待った」

言葉通り、言いたくなさそうに嫌々っぽい口調で語る賈充の声を、司馬昭が途中で遮る。

「あのさ…、恋とか愛とか、そういうのだけは本気で勘弁して欲しい。めんどくさいんで」
「……。」
「一人の相手だけに執着するとか、特別な感情を寄せるとか。そういうの俺の家的にまずいんだよ。家同士の結び付きとか、利害関係からの政略結婚とか、その手の割り切った関係ならいいんだけど、一人の女にマジで惚れるとか、あの父上が聞いたらどんだけキレるか」
「……。」
「今はまだ、惚れた腫れただの、そこまで重苦しくてベタベタしたウザイ関係は勘弁願いたいんだよ。だから……他の理由で頼む」
「……。」

己の感情を殺すようにして、抑揚のない声で司馬昭が語る。

賈充は何か言おうとしたが、これ以上は同じ内容の話題を続けない方がいいと察して口をつぐむ。

他人に言っているのではない。

自分自身に言い聞かせるかの如く、自分で自分を納得させようとしている……、というような気配を司馬昭の言い方に感じた気がしたから。

それに、これは仕事の事でも何でもないのだ。

どうしても意見を戦わせなければならないような話なら別だが、ただの趣味や遊び程度の内容で、わざわざ主である司馬昭の気分を害する必要はない。

もっと言えば、さっきからずっと黙って話を聞いている兄の司馬師の態度も気にかかる。

今日の二人は何かが変だ。

「なら…別の例だな。四つ目は今までの総合だ。どれかが特別抜きん出ているという訳ではなく、それなりに混ざった混合型」
「…混合…?」
「そこそこ相性が良く、あっちの具合もなかなか良くて、それなりにその女の事も気に入っていて、というのが適度に組み合わさった結果、他の女が色褪せて見える場合」
「……。」
「例えばの話だが、お前の中での女の合格ラインを最低50点とする」
「悪い。もうちょい上で」
「例えばの話だ」

黙ったまま先を促すような司馬昭の目線を受け止めて、賈充は話を続ける。

「体の相性70。顔90。だが性格は0。または相性50。顔20。性格100の女がいたとしても、仮に全て60・60・60の女がいたらそっちの方がこれといって特出した部分はなくても、総合点で上回る」

それと同じで、複数の要素で自分の中にある合格ラインを全てクリアしている女がいたとしたら、そっちの方がなんとなく良さそうに見えるし、他の女といても物足りなく思える。

何せ、そいつといれば一通り不満な点もなく、満遍なく満足させて貰えるのだから。

見ためさえ良ければ後は全部0でも構わないとか、性格なんてどうだっていいから体の相性が100じゃないと話にならないとか、一点集中こだわり型の男なら別だが。

そう説明した後、賈充は結論を述べる。


[TOP]
×