異次元 | ナノ


異次元 
【魂喰いvol.2】
 




「……あのさ」
「なんだ」
「…これは俺の事じゃなくて、連れの話なんだけど…」
「連れ?」
「はあ……、何をどう話せばいいのかな。考えるのもめんどくせ……」

渋々と話し始める司馬昭に、賈充が怪訝な顔をする。

どこか煮え切らないこの態度。

てっきり司馬昭本人に関係する話題かと思ったのに。

ここまで引っ張っておいて、単なる連れの話?

「俺の連れで、すげー自由主義の奴がいる訳だよ。気に入った女がいればあっちこっちに声かけて、でも束縛されたり女遊びを注意されたりとかそんなメンドクセエ関係は嫌いだから、恋人とか特に決まった相手は作らずに、その場限りの関係を楽しんで……」
「なるほど。つまり、お前みたいな男という訳だな」
「そうそう。俺みたいに、全身全霊でフリーセックス・フリー恋愛主義で……って、そうじゃねえ!連れの話だって言ってんだろ。人の話は黙って最後まで聞くように!」
「話を続けろ」
「……それで」

お約束のようなコントを済ませた後、司馬昭は溜息混じりに本題に入る。

「ある女とヤッた後、他の女とのセックスが途端につまらなくなっちまった」

ボソリ、と、司馬昭が呟く。

司馬昭の言葉を聞いた賈充はふと手を止めて司馬昭を見たが、動きが止まったのは彼だけではなかった。

弟の正面に座っている司馬師もまた、唇近くまで持って行ったスープのカップに口を付けずに、司馬昭を見つめている。

「単にノリ気じゃないとかめんどくせとかそういう精神的な問題だけじゃなくて、肉体的な感度まですっげー鈍る。今までだったら普通にイケるようなやり方でも全然イケなくて、でも完全な不能とかそういうのでもない訳で、ちゃんと男としての機能は果たせる訳なんだけど、イクのに相当時間がかかる。よっほどの強い刺激がないと達せないというか」

司馬昭はそう言うと、箸でヒレカツを一つ摘んだが、あまり食べる気がしないようで、少し持ち上げただけでぼんやりと食器の上に並べられた食料を見下ろしている。

「疲れてるとか、酒が入ってるとか、仕事のストレスとか、そういう問題でもないんだぜ。相手の女だって低レベルのばっか集めてる訳でもないし、厳選に厳選を重ねた抜群にイイ女ばっかりで、テクニック面ならプロの商売女だって入ってる。でも、どれだけ試しても思うような手応えが得られねえ。セックスする度にかえって苛々が募るばかりで、自分ばっかり勝手にイク女を見て、『何なのこいつら?マジ忌々しい』とか思っちまうくらい……」

言葉遣いこそいつも通りの軽い司馬昭だったが、声のトーンはいたって真面目なものだった。

その瞳からは普段のチャラチャラした明るいノリの色が消え失せ、代わりに酷く冷酷な、感情をなくした人形のように人工的な光が宿る。

「考えれば考えるほど、もう訳が分からねえ。そんな風になった経験なんて一度もないし、何で?どうして?とか自問自答でごちゃごちゃ考えるのもめんど……っていうか、いくら考えたって全然答えが出ない訳で……ああもう……やっぱりめんどくせ」

ハーッ、と深い溜息を一つ零して、司馬昭は結局箸を置いてしまった。

端整な顔に刻まれた眉間の皺が、まさに彼の口癖通り『めんどくせ』といった感じで、己の感情を上手く言葉で説明出来ないもどかしさと苛立ちをよく表している。

「なあ賈充。現実に、こんな事って有り得るのか?」

真剣な顔で、司馬昭は尋ねた。

すると、それまでただ黙って司馬昭の横で話を聞いていた賈充が、おもむろに己の手で口元を隠す。

「……プッ……」
「!」
「くく……、ハハハッ……」

賈充は、噴き出していた。

我慢しても込み上げてくる笑いを堪えきれないとでもいうように、大きな手で押さえた口元から楽しげな笑みが零れ落ちる。

「……子上。それは、本当にお前の友人の話か」
「……!?」
「連れの話と見せかけて、実はお前自身の身に起こった出来事ではないのか?」

低い声で、賈充が問う。

司馬昭の隣に座る賈充という男は、透き通るような美形だ。

顔の作りからすれば間違いなくハンサムの部類に入る男性だが、その雰囲気は、司馬師や司馬昭が持つものとはまた異なるタイプの美しさだった。

男性にしては色素の薄い方に感じられる白い肌に、オールバック調にまとめられた艶やかな黒髪、黒を基調とした衣装に包まれた長身の体躯は、なんとも言えないダークなオーラを醸し出す。

司馬昭を見据える青い瞳はどこか陰りがあり、赤い唇から吐き出される低音の声は聞く者の背筋をゾクリとさせるような官能を帯びていて、まるで不死者の王・ヴァンパイアロードのような蠱惑的な色香に満ちていた。

「なっ…最初に言ったろ!俺じゃないって」
「本当に?」
「……っ」

息を飲んだ司馬昭に、賈充が詰め寄る。

「他人の話にしてはいささか感情的な話し方に思えたのでな」
「ど、どこが」
「百歩譲って、お前にとってそれだけ大切な男友達の悩みだと仮定しても。普段あまり他人の問題に首を突っ込む事を良しとせず、誰かに何かを言われても話半分に聞き流しているような子上にしては、笑えるほどに相談内容が詳細で具体的だ。くく……」
「賈充……お前なあ……笑うなって!」

怒る司馬昭に、賈充は笑うばかりだった。

しかし、そんな二人とは対照的に、司馬師は全く笑っていない。

いつも弟の話に容赦なく突っ込み、下らないと切り捨ててさっさと話を切り上げようとする司馬師が、司馬昭の言葉に黙って耳を傾け、彼の話を一度も遮る事なく、じっと司馬昭の顔を見つめている。

「くくく……まあいい。とりあえず、そういう事にしておいてやろう」
「とりあえずって、何がだよ」

含みのある賈充の言い方に、司馬昭が唇を尖らせる。

「もういい、賈充なんて知らね。じゃあ、兄上のご意見は?」
「……答えるのがめんどくせ」
「なんだそりゃ。普段はめんどくせっていうと叱るくせに、こういう時だけ俺の真似しないで下さいよ!……で、ご意見は?」
「めんどくせーからパス」
「うぐぐ……!」

自分の口真似で質問をスルーされ、司馬昭は悔しげに唇を噛み締める。

めんどくせ、が口癖の司馬昭だが、こんな風にして他人に使われ、いざ自分が言われる立場になってみると若干イラつくものだ。

「せっかく話した結果ありきたりの回答であれだが、俺なりの返事をすると」

ひとしきり笑ってようやく落ち着いたのか、茶を一口含んでから賈充が言う。


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