異次元 【魂喰いvol.2】 雑踏する夜の繁華街。 そこは、俗に言う花街通りという場所だった。 身体の繋がりを求める人々にその空間を提供するラブホテルや、キャバクラ、ピンクサロン、コスプレ喫茶、SMクラブ、ソープランドといった大人の遊び場があちこちに軒を並べている。 「……おい。何だか周りが騒がしくないか?」 周囲を見渡しながら、怪訝な顔付きで男が呟く。 「何今更過ぎる事を言ってんだよ。もうとっくにいい時間だぜ?夜になるとこの界隈が騒がしくなるのは当たり前の事だろ」 彼の隣に並んで歩く連れらしき男性は、至極当然と言った口調で答える。 「そりゃそうだけどさ。なんかちょっと普段に比べて違うんだよな…」 普段から行き交う多くの人々で賑わう繁華街なのだ。 人が多いのは重々承知の上であるのだが、それでもやっぱり変である。 「なんて言うか…女が多すぎるのか?普通、こういう場所って圧倒的に俺らみたいな男の方が多いだろ。でも今日はやけに若い女達が多いなーって思って」 そう言って辺りをグルリと見回す男の言葉通り、今夜は妙に女性達の姿が目立つ。 道に立って男に声をかける商売女だけでなく、普段はこの辺に全く縁がなさそうな、一見素人っぽく見える普通の女性達も多いような気がした。 自分達のような客の男を1とすると、繁華街に巣くう女達は4〜5倍くらいの人数がいるように感じる。 どう見ても、普通じゃない。 「まあ、言われてみりゃ確かに。つうか、ひょっとして…」 「何かあるのか」 「おい。今日って何曜日だったっけ」 「今日?土曜日だよ。今月の第4土曜。でもおかしいよな。イベントとかあったっけ?」 「第4土曜……。あーっ!分かった!それだよそれ。第4だからだ!!」 曜日を聞いた連れの男は、ポンと己の手を叩いて一人合点がいったという顔をする。 「何だよ、その反応。何があるのか知っているのか?」 「馬鹿。お前、あれだよあれ。第4土曜と言えば─────」 何かを言いかけた男の言葉を遮るようにして、突然、遠くの方でキャーッ!!という女達の叫び声が響く。 「きゃーっ!司馬師様、司馬昭様〜っ!!」 女子の大歓声に出迎えられ、大通りを悠然と歩くのは司馬家の御曹司・司馬師と司馬昭の兄弟だった。 大勢の女達に囲まれている為に姿を確認するのは難しいが、二人とも背が高い為、周囲の女性陣より頭一つ分抜けているので顔周辺なら何とか見える。 自分達の周りにまとわりつく女達を鬱陶しげに冷ややかな目付きで見下ろす司馬師は、魏国が誇る名軍師・司馬懿の長子。 父親譲りの冷静さと冷徹さを備えるクールな長男だと言われているが、父の司馬懿から受け継いだのは優れた頭脳や性格面だけではないようで、その容姿もまた父親に似て類い希な美男子だった。 美しい切れ長の瞳から放たれる冷たい眼光は見る者の背筋をゾクリとさせるような男の色香に満ちていて、興味のない者に対する素っ気ない態度すら彼に恋する女性にとっては有り難いご褒美に過ぎず、M女達の羨望の的である。 その隣に立つ司馬師よりも背の高い男性は、彼の弟に当たる司馬昭だった。 兄の司馬師ですら180cmという長身の持ち主だが、司馬昭はその兄よりさらに10cmも上回っていた。 190cmという時点ですでに男として恵まれた体格なのに、広い肩幅と均整の取れた肉体を持つ司馬昭。 毛先をサイドに流した髪型と目鼻立ちのくっきりした顔立ちは一見爽やかそうな好青年のイメージを抱かせるが、それでいてワイルドさを感じさせる雰囲気は、女達をクラッとさせる程の魅力があった。 それぞれタイプは異なるが、どこからどう見ても文句の付け所が無く、それは格好いい美青年。それが司馬兄弟なのだ。 「司馬昭様〜、お久しぶりです!もう、私ずっとずっと待っていたんですから!」 出勤前のキャバクラ嬢といった雰囲気の美少女が、司馬昭に抱きつきながらすねた顔で男を見上げる。 「ははは、悪い悪い。こう見えて俺も色々と仕事が忙しかったんだよ。本当はもっとしょっちゅう遊びに来たいんだけど、なかなか時間が取れなくてさ〜」 司馬昭は慣れた手付きで女性の腰に腕を回して抱き寄せながら、いかにもゴメン!というような苦笑を浮かべた。 その男らしい顔立ちに、美少女の頭の中がクラーッとする。 「も、もうっ…そんな事言って誤魔化して…。司馬昭様ったらいつもそうなんです。急にふらりと現れたかと思ったらまたすぐに姿を消しちゃうし、私に会いに来てくれたのかな?って感激したら、全然違う女と遊んでいたりするし…。いけずな司馬昭様なんて嫌い!」 司馬昭のペースに巻き込まれそうになる己に気付き、頬を膨らませた女性がプイッと顔を背けるも、 「またまたー、そんな事言っちゃって。忙しかったって謝ってんのに、何いつまでもむくれてんだよ。何だかんだ言いつつ俺の事が好きなくせに」 と言ってもう一度強く抱き寄せられ、至近距離から司馬昭に覗き込まれると、女性はもう何も言えなくなってしまう。 「嘘…、嘘ですっ。やっぱり好き!今までずっと寂しかったの、司馬昭様ぁ…」 「ははっ。そうだろ?最初からそうやって素直になれって!」 うりゃうりゃ、と美少女の身体をくすぐって楽しむ司馬昭に、他の女性達が詰め寄る。 「あー!ずるい!司馬昭様、私もっ!!」 「ちょっと、司馬昭様にそんなにくっつかないでよ!司馬昭様はあんただけの物じゃないんだからね!」 司馬昭にくっつこうとする女を互いに引きはがしながら熾烈な争奪戦を繰り広げる女達の傍で、司馬師に群がる女達もまた司馬師取り合戦を続けている。 「司馬師様、今夜はどうか私をご指名下さいませ。司馬師様のご命令とあれば、私はどんな事でも致しますっ」 「そんな…、それを言うなら私だって!私にお世話をさせて下さいませ司馬師様っ。私、今の店では三ヶ月連続ナンバーワンなんですっ。必ずやご期待に応えて見せます!」 「他の方を選ぶなんて嫌ですっ。司馬師様のお相手は、わたくしが…」 誰が司馬師の今夜の相手を勤めるのか。 その名誉ある役目に自分こそが預かろうとして牽制し合う美女達を、いつも通りの冷たい眼差しで司馬師が見下ろす。 「今日はそんなに何軒もの店を回る時間などない。どうしてもというのなら、全員一度にまとめてだったら相手をしてやってもいい。それが嫌なら他の男の元へ行け」 呆れたような口調で振らされる男の返答に、女達は一瞬『うっ』と言葉に詰まる。 [TOP] ×
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