異次元 【ご奉仕致します】 「そう。それでその時、こいつ一人で焼酎3本空けてたんですよね。もうベロンベロン。んで、相手はなかなかのカワイ子ちゃんだったし、酒に酔った勢いもあって、そのまま夏侯覇の天幕で……」 「わ────!!わ────!!あっれぇー!?そんな事もありましたっけ!わははははははっ!!」 司馬昭の発言を遮り、夏侯覇が慌てたような大声で笑う。 『いやいやいや』と言いながらブンブンと全力で両手を振っておどけて見せる夏侯覇の反応を、名無しが信じられないと言わんばかりの目付きで凝視する。 司馬師と司馬昭の話がもし本当なのだとしたら。 夏侯覇は、初対面の相手と、その日のうちに即、野営地で……? 「だーかーら!違いますって!」 必死に言い募る夏侯覇を、冴えた司馬師の眼光が射抜く。 「ではあの夜の事は何だと言うつもりだ」 「いやそれは…」 司馬師に痛い所を突っ込まれ、夏侯覇はバツの悪い顔をする。 「確かに何もなかったと言えば嘘になりますけど、だからといってそれが即遊びに繋がるって訳でもないと思う訳ですよ、俺は」 「ほほう。酒が入っていたのと初対面で即セックスというのはお前の中では全く問題ないと」 「あちゃー、司馬師殿…何でよりによってわざわざそんないやらしい言い方をするんですか…。それじゃまるで俺が遊び人みたいに聞こえちゃうじゃないですか」 「状況証拠から読み取る分には事実だろう」 「いーや、全然違います」 「何がだ」 「普通に考えてみて下さいよ。可愛い女の子に泣きながらお願いされたら、そこは騎士として応えないと。この問題に理性とか本能とかは関係ありません。騎士として!」 「全然分からん」 司馬師VS夏侯覇のどうでもよさげな弁論バトルの内容は、名無しの鼓膜を虚しく通り過ぎていく。 前置きはいいとして、酒に酔った勢いで≠ニいうのは、普通に遊びの範疇ではないのだろうか。 もし本当に、そんな事が平気で出来る人なのだとしたら。 さっき自分がされた事も、きっと夏侯覇にとっては単なる遊びに過ぎない事で……。 ポロッ。 「…名無し!」 名無しの表情の変化に気付き、夏侯覇がハッと息を飲む。 脳内で色々な考えを巡らせた結果、不覚にも名無しの両目には涙が溢れた。 「あーあ、泣かせてやんの。俺には夏侯覇に弄ばれて悔しいお前の気持ちが痛いほど分かるぜ、名無し」 「なっ…!だから!誤解ですって!!」 腕組をしてウンウンと深く頷く司馬昭に全力で反論した後、夏侯覇が大きな手で名無しの両肩をガシッと掴む。 「よく聞いてくれよ名無し。えーと…つまりはアレだ。俺はその時その時を全力で生きるタイプの人間なんだ」 「……。」 「その子を気に入ったっていう気持ち自体に嘘はない。そんでもって、お前にキスしたいと思った気持ちも嘘じゃない」 「……。」 「っていうか、俺にとっては口説く時は常に全力投球な訳で、そもそも遊びや本気とかって区別自体が俺の中には最初から存在しない訳で……」 名無しの肩を揺さぶりながら懸命に説得を続ける夏侯覇へ、司馬師と司馬昭の冷めた視線が注がれる。 「……随分都合のいい方向で開き直りに入ったな」 「あの手の『A子もB子もC子もお前も遊びじゃない!俺はいつも本気だ!全員同じくらい好きだ!!』系の主張って、許して貰える場合よりむしろキレる女の方が多い気がするんですけど……。俺的には、かなり難易度の高い言い訳じゃないかと思うんですけどねー」 呆れたように語る司馬兄弟の目の前で、名無しに対する夏侯覇の説得はまだまだ続く。 「だから…さっきのも本気だったんだ、本当だぜ。名無し…信じてくれよ!」 だが哀しみに染まった彼女の瞳からは、ハラハラと涙が零れ落ちるのみ。 最初から誰に対しても同じような事をする人だと知っていたら、もっと早くに断れた。 でも、もし少しでも本気で言ってくれているのだとしたらと思って。 職場の同僚としても友達としても一人の人間としても、自分は夏侯覇の事が大好きだったからこそ、どうすればいいのか真剣に悩んでいたのに─────。 「あー、そんな言い方じゃ無理無理無理。むしろ墓穴だぜ」 不穏な光景を端から見ていた司馬昭が、フーッと大きな溜息を吐く。 「しっかしお前、フォローの仕方が下手クソだなあ。女の扱いってもんの手本を見せてやるから、ちょっと俺に貸してみ?」 「だーっ!!もう監視の役割は終わったんでしょう!?用が済んだならさっさと出てって下さい、司馬昭殿!!」 眉間に皺を寄せ、チョイチョイ、と人差し指を身体の方に曲げて名無しを寄こせ≠ニいう合図を送る司馬昭に、夏侯覇が憤慨する。 「─────名無し」 司馬昭と夏侯覇が不毛な論争を続ける中、名無しに声をかけたのは司馬師だった。 司馬師は涙に濡れる名無しをいつもの怜悧な眼差しで見下ろすと、赤い唇を静かに開く。 「お前が妙な誤魔化しや嘘を吐かず、ゲームの命令を完遂したのを確認した」 「……。」 ショックで呆然として言葉が紡げずにいる名無しの頭に、司馬師が手を伸ばす。 そのまま司馬師は彼女の髪に長い指先を絡め、クシャクシャと掻き混ぜる。 「これ以上無駄にここにいる必要はあるまい。さっさと帰るぞ」 「…はいっ…」 司馬師の言う通りだと思い、名無しはコクンと頷き、両手で涙を拭って素直に司馬師の命に従う。 あえて相手を煽るような台詞を吐き、司馬昭が夏侯覇の注意を引きつけている内に司馬師が華麗に名無しを連れ帰るという、実に見事なコンビネーションである。 「それよりずっとタオル一枚でいると湯冷めしないか?野郎の裸なんて見たくないんで、とりあえず服着ろよ」 「俺だって男に見られても全然嬉しくないですよ。それに『家政婦は見た!』みたいな真似して他人の風呂場を覗いてたのはそっちじゃないですかっ。ああもうっ…勝手に人の服を触らない!俺のパンツ返して下さいよ!」 司馬昭と言い合いしている間に、いつのまにか名無しの姿が忽然と消えている事実に夏侯覇が気付いて絶望したのは、それから10分以上も経ってからの事だった。 ─END─ [TOP] ×
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