異次元 | ナノ


異次元 
【ご奉仕致します】
 




「っ!」

パッと見何ともない格好に見えたのに。

わりと襟ぐりの広いデザインのせいか、この服、この角度で見るとこの深さまで谷間が見えるのか。

「あ、ごめんなさい!ひょっとして泡が目に入っちゃった?大丈夫?」

頭を上げた直後、ビクッと肩を跳ねさせた夏侯覇の反応に、名無しが驚いて声をかける。

「……。」
「夏侯覇…、大丈夫?」

返事がない事に不安を抱き、名無しは心配そうな声で男に尋ねた。

すると、名無しのその行為を拒絶するように、夏侯覇の頭はさらにググッと下へ沈み込む。

「夏侯覇…?」
「……なんでもない」
「本当に?…でも、そこまで頭を低くされると、髪の毛が洗いにくくてちょっと困るかも」
「……。」
「どうしてそんなに前屈みなの?」
「……。」

しかし夏侯覇は答えない。

「夏侯覇?」
「……。」

何かを堪えているように見える。

やっぱりさっき顔を上げて貰った拍子に目に石鹸の泡が入ってしまったのだろうか、沁みているのではないだろうか…、と名無しの胸中で不安が増す。

「……こういう時、女はいいよな。目に見える部分に変化がなくて」
「……?今、なんて……」
「うるさい」
「えっ?な、なんでっ?」
「バカ。答えられるかよ、そんなの。色々と大変なんですよ、男ってやつは…」

そう。お前ら女が考えるよりもずっと単純なんだよ、男は。

こんな事で熱を持ってしまうなんて即物的すぎると自分でも思いはするが、反応してしまうものは仕方がない。

(分かった。もっと下を向いて目線をズラせばいいんだよ。こういう時は)

名無しの胸元に目が行く位置に顔があるのがよくない訳で、もっと頭を下げればいいはずだ。

そう思い、さらに頭を低くして完全に顔を下に向けた夏侯覇の視線に飛び込んできたものは、今度は両足を揃えて椅子に座る名無しの股間。

水に濡れるのを防ぐ為か、ショートパンツレベルまでしっかりまくり上げられたズボンの裾からは、名無しの美味しそうな白い太股が外気に晒されている。

「……っ」

思わず目を反らすも、超が付く程の至近距離で見てしまった映像は瞬時に掻き消すことが出来ない。

女性として程良い感じに肉が付き、抱き締めたらたまらなく気持ちいいだろうなと思える名無しの身体。

予め風呂に入ってきたのか、さっき男の背中を洗っている時に使った物が移っているだけなのかは分からないが、名無しの全身からふんわりと立ち上る石けんの香り。

それが一種の相乗効果となり、この時の夏侯覇にはより一層名無しの存在が美味しそうなモノ≠ニして認識される。


良い匂いのする白い肉の塊。


触れたらたまらなく柔らかそうで、気持ちが良さそう。


舐めたら砂糖菓子みたいに甘い味がして、美味そうだ……。


「……。」

男の喉から、ゴクリ、と生唾を飲む音がするのを名無しは聞いた。

一層俯いたまま黙り込む夏侯覇の様子を訝しみ、名無しは心配そうな顔付きで覗き込む。

「…夏侯覇…?」

すると、夏侯覇が弾かれたように上体を起こし、名無しに手を伸ばす。

グイッ。

「!!」

名無しが反応するより前に、夏侯覇の両腕は名無しの身体を抱き締めていた。

逃れようと思っても決して逃れられない男の腕は、こうして抱き締められてみると名無しの想像以上にずっと逞しくて力強い。

何度もお湯をかけてすすいだ夏侯覇の髪からは綺麗に石けんは洗い流されていたが、微かに漂う残り香が名無しの鼻腔を掠める。

夏侯覇愛用のシャンプーは、彼のイメージに良く似合う、柑橘系のとても爽やかな香りだった。

「名無し」
「…は、はいっ…」
「あのさ。……キスしていい?」
「!?」

驚いたのは名無しである。

あまりにも夏侯覇の行動が素早くて、全く予想が不可能で、突然の出来事だったものだから、今この瞬間男に抱き締められているという事すら名無しはピンとこなかった。

その上、さらに予想外の台詞を言われたものだから、余計に名無しは思考が混乱する。

「あ、あの…、夏侯覇?キスって…どういう…」

何で突然そんな事を。

名無しは、水に濡れた夏侯覇の顔を見つめて言った。

普段ならサラサラッと風になびく夏侯覇の茶色い髪が、水気を含んで耳元やうなじに沿って貼り付いている様は何ともセクシーだ。

彼の顔の輪郭や髪の毛先からポタッ、ポタッ…と零れ落ちる水の滴は、まさに『水も滴るいい男』という言葉通り、男の色気を倍増するのに一役買っている。

「どういうって、そりゃ…言葉通り」
「な、何で!?どうして急にそんな事を…っ。王様ゲームの内容にそんなのもあったっけ?」
「ん?その手があったか。そうかもな」
「ううん、絶対になかったですっ。もう〜。冗談言ってからかうのはよして、夏侯覇!」

あまりにあっけらかんと言い放つ男の態度が軽いものに感じられ、冗談だと思った名無しは困ったような笑みを零した。

「いくら遊びでも、夏侯覇みたいなカッコイイ人に急に言われたら心臓に悪いよ」

そう言って、名無しは苦笑しながらそっと男の胸板を押し返す。

「いやいやいや。遊びじゃない」

夏侯覇が、名無しを抱き締める両腕により一層力を込める。

そして、驚く名無しの顔を見下ろし、真面目な声で言う。

「俺、普段はちょっとふざけたノリで適当な事ばっかり言ってるように見えるのかもしれないけど。さすがに遊びで女とキス出来るほど、軽い男でもないから」
「……え……」

真剣な眼差しで見つめられ、名無しの胸がドキンッと高鳴る。

夏侯覇と名無しは、普段から親しくしている仲のいい同僚武将という間柄だった。

一緒に食事を取ったり戦場で戦ったりする事はあるものの、罰ゲームとはいえ、こんな風に一緒に浴室に入る事なんてなかったし、鎧に隠された彼の半裸を見た事もなかった。

……が、こうして近くで見た夏侯覇は、非常に素敵な男性だった。

無駄なく鍛えられた筋肉に覆われた肉体は若木のようなエネルギーを発散しており、名無しを抱き締める両腕と厚い胸板はとても逞しくて男らしい。


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