異次元 | ナノ


異次元 
【ご奉仕致します】
 




「よっしゃ。じゃー名無し殿、申し訳ないがよろしく頼む!」

どことなく緊張している自分を認め、夏侯覇の声が微妙に掠れる。

魏の国王である曹操と配下武将達の橋渡し役として、いつも自分達の取り纏めをしている女性が己の背後で正座をして頭を垂れている。

王様ゲームでの命令をこなしているだけという、たかが一時だけの事とは理解しているが、それでも男としてはちょっとした優越感だ。

こんな時に女性に背中を流して貰えたら最高だ、と思っていたひそかな願望が、このタイミングで、こんな形で叶うとは。

「痛い?夏侯覇」
「ん…、平気。ていうか、もっと強くやってくれてもいいぜ」
「本当に?じゃあ、もうちょっと強く擦ってみるね」

夏侯覇の了解を得た名無しが、男の背中を擦る手に少しずつ力を込める。

「大丈夫?」
「全然余裕」
「良かった。痛かったらすぐに言ってね、弱くするから」
「おう」

相手を気遣い、確認しながらタオルを握ってゴシゴシと背中を洗う名無しの態度に夏侯覇の緊張が解けていく。

(こいつが男だったら、きっとすげーフェミニストなんだろうなあ)

相手の性別や身分に関係なく、誰に対しても優しい態度で接する名無しの事だ。

彼女がもし男性に生まれていたら、きっと女性に対して凄く優しい男性だった事だろう。

普段の態度は言わずもがな、多分、セックスの時でもこんな風にして

『痛かったらすぐに言うんだよ。加減するから…』

とかなんとか優しい顔と声で囁いて、多くの女性達の心をメロメロにしているに違いない。

(郭嘉殿もそうだけど、男に生まれても女に生まれてもタラシなんだろうなー、この手のタイプは)

と、ぼんやり考えている夏侯覇に、後方から名無しが話しかける。

「ごめんね、夏侯覇。ちょっとそこの桶借して貰ってもいい?」
「ん?これの事か」

名無しの視線の先に気付いた夏侯覇は、少し離れた場所にあった空の桶を彼女の方へと引き寄せた。

「うん、それ。ありがとう」


ぴとっ。


「──────っ!?」

背中に感じた『何か』の感触に、夏侯覇は思わず両目を見開く。

夏侯覇が取ってくれた桶が借りたいと、名無しがそちらの方に手を伸ばしたというだけの事なのだが。

ただ伸ばしただけではギリギリ届かない距離だったのか、やや前傾しながら名無しが桶を取ろうとした結果、柔らかいものが夏侯覇の背中に触れた。


えっ……。


い、今の……、


ひょっとして……、


………胸!?


ほんの一瞬の事なので、正直よく分からない。

しかも、僅かに触れただけなので、ただの気のせいかと言われればそんな気もするし、ほんの錯覚だったような気もしている。

(……いや。気のせいだよな。多分……)

考えすぎじゃねーの俺、と思いつつ訂正しようと試みる夏侯覇の耳に、再び名無しの声が届く。

「石けんも借りるね」

ツンッ。

「!!」

まただよおい!!

名無しが手を伸ばした直後、もう一度触れたそれ≠フ感触に、夏侯覇の肩が微かに跳ねる。

一度だけならまだしも二度目なのだから間違いない。

僅かに背中を掠めていったのは、名無しの乳首……、だと思う。

いや、勿論直接じゃなくて、布越しの感触なんだけど。

だってツンッ≠セったもん。

これ、どう考えても出っ張っている部分だろ。尖った部分だろ。何かの先端だろ!?

これがまだ、胸全体を押し付けられたようなムニュッ≠ニいう感触なら、一回目で即判断出来たと思う。

勿論、ムニュッ≠熨蜊Dきだ。

柔らかく豊満な白い肉の塊全体がギュウッと広範囲に押し付けられる感覚は、男として至福の体験である。

けれど、このぴとっ≠竍ツンッ≠セと余計な想像をしてしまう。

当たる時間、当たる面積など、情報量が少なすぎる分、逆にイマジネーションを掻き立てられてしまうのだ。

『えっ?今のひょっとして胸!?』

とか、

『意外と大きいのかな?』

とか、

『だからついつい当たっちゃったのかな?』

とか、色々な事を考えてしまうのである。

それに、ムニュッ≠ネら『明らかにわざとだな』と思えるのだがぴとっ≠竍ツンッ≠セと判断するのが難しい。

その気はないけど偶然当たってしまった、という可能性も十分有り得る。

「……。」
「……。」

ゴシゴシ。

「……。」
「……。」

タオルで背中を擦る小さな音だけがその場に響き、それ以外の音が消え失せる。

「……。」
「……。」

ゴシゴシ。

ゴシゴシ。

「……。」
「……。」

急に男が無言になった事に気付き、名無しの顔に不安の色が宿る。

「どうしたの?夏侯覇。やっぱり…、ちょっと痛かった?」

一旦手を止め、後ろから覗き込む名無しに、夏侯覇は前を向いたままで返事を述べる。

「いや…。痛くない。むしろ、もっと強くやってくれ」
「もっと強くって…これくらい?」

ゴシゴシゴシ。

「そんなんじゃ全然足りないぜ。もっと強く!」
「ええっ…、もっと?背中が真っ赤になっちゃうよ。そんな事していいの?」
「答えは『はい』です。何故なら、この邪念を飛ばしたいから……!」
「じゃ、邪念?」

???

男の回答に訳が分からないといった表情を浮かべつつも、名無しは素直に彼の言葉に従う。

ゴシゴシゴシ。

ゴシゴシゴシッ。

そう。この通り、名無しはただ己に課せられた役割を忠実にこなし、一生懸命自分の背中を流してくれているだけなのだ。

それなのに、そんな彼女に対して邪な感情を抱くなんて、名無しに申し訳なさ過ぎる!

(2×4が8、2×5が10,2×6が12……)

夏侯覇はかなり強めに背中を擦って貰いながら、脳内で計算式を唱えて心を静めようと試みる。

「夏侯覇、もう一回石けん借りるね」

ツンッ。

「……!!ううっ……」
「あ、ごめんなさい。桶も」

ぴとっ。

「……っ。ぐ……!!」
「ど、どうしたの!?夏侯覇……」

またかよおい!!!!

計4回目もの攻撃に、さすがの夏侯覇も我慢が限界に達してくる。

百歩譲って、一度や二度ならまだ偶然という主張も許そう。

けど4回も当たるのはどうなんだ?確率論として!

ちょっと思い込みの強い男なら、コイツは誘っている≠ニ思われても仕方ない。

それなのに、微かに触れているだけのせいなのか、全く気付いていなさそうな反応を見せる名無しの態度。

これだけ男の背中に当てておいて、まさか本人は本気で気付いていないのか。

ただの無自覚だとか?嘘だろう!!


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