異次元 | ナノ


異次元 
【崩壊都市】
 




郭嘉と同じく魏の軍師である司馬懿もそうだが、彼らのような人間が得意とするのは自我を無視した判断≠セ。

普通、人間というのはどうしても何かを判断したり決めたりする時に自分の個人的な感情を入れてしまいがちなものである。

その点、郭嘉や司馬懿のような男性は非常にクールだ。

『あいつの事は人間的に大嫌いで、あいつと同じ部屋で同じ空気を吸うのも苦痛ですが、あいつの才能と実力は認めます。悔しいですが、今回の大役はこの私より彼の方が良い成果を出されましょう』
『彼女の事は大好きですが、それとこれとは話が別ですからね。……今回の任務からは彼女を外すべきだと思います。今の彼女では、些か実力不足かと』

などというように、個人的感情に囚われず、あらゆる観点から物事を見つめて合理的な判断が下せる者。それが軍師の強みだ。

そんな彼らは職業病と言うべきか、何かのアドバイスを求めた場合は私情を挟まず冷静な意見をくれるので、プライベートでの相談相手としても心強い。

「うん、いいよ。私で良ければ」
「…!本当!?郭嘉、ありがとう…!」

郭嘉に快い返事を貰えた事に安堵したのか、名無しがホッとした顔をする。


こうして、郭嘉の見ている前で名無しの一人ファッションショーが始まった。


この日、名無しが郭嘉に披露して見せたドレスはベージュ・ピンク・ブラック・ブルー・パープルの5点。

それぞれ色も違うが、清楚系だったり可愛かったりシックだったり大人っぽい感じだったりとデザインや雰囲気も異なる。

「それで、具体的な舞台とシチュエーションはどんな感じなのかな。結婚式の場所と名無しとその相手との関係は?」
「えっと…。時期は今月末。場所は国内にある結婚式場の中でもトップクラスの『銀嶺祭場』の鳳凰の間。私は新婦側の知人として出席するの。新婦のお父様が私の上司に当たる方で、かなりご年配。私がこの城に来た時に色々と仕事を教えて頂いて、お世話になって……」

その後も随時郭嘉からの質問が出たが、その度に名無しは彼の求めに答えようと出来る限り正確に答えた。

ドレスとそれに合わせて用意した靴、アクセサリーも付け替えながら、休憩時間中に終了出来るようにと名無しは出来る限り手早く着替えていく。

「……じゃあ、次のに着替えるね。郭嘉、いい?」
「はい。どうぞ」

名無しが声をかける度、郭嘉は名無しに背を向けた。

女性と見れば即声をかける。即触る。

その信条に従って普段は隙あらば名無しにちょっかいをかけようとしてくる郭嘉だが、名無しの要望を仕事の一環として捉えたのか、この時の郭嘉は実に誠実に己の役目をこなしてくれた。

郭嘉が視線を外してくれている間に名無しが衣装チェンジをするという流れを繰り返し、ようやく5着のドレスを郭嘉に見て貰うというミッションが無事終了した。



「どうかな?郭嘉」

すでに普段通りの服装に着替え終えた名無しが、心配そうな声で男に問う。

「うん」

郭嘉は長い指先を口元に添え、何やら思案するような素振りで未だ色々な考えを巡らせているようだった。

……が、やがて一つの結論に達したのか、郭嘉がゆっくりと顔を上げた。

「でも名無し。軍師としてのアドバイスを述べる前に、私個人としての感想を述べさせて貰ってもいいかな」
「え…?はい、どうぞ!」

郭嘉の言葉に、名無しは『?』という顔付きをしながらコクリと頷く。

「一通り見せて貰ったけど、正直どれも素敵すぎて甲乙付けがたいものがあったよ。特に最後の紫色の衣装は上品な色気があってクラクラした。男目線で言わせて貰うなら、着せるよりもむしろゆっくり脱がせる楽しみを味わいたいな。この続きはまた後日、日を改めてゆっくりと……どうかな?」

郭嘉が、名無しを正面から見つめながら低音の声で囁くように言う。

前言撤回。

やはり郭嘉は名無しの認識通り、どんな時でも隙あらば女性を口説こうとしてくる男性であった。

ついさっきまで完全に仕事モードに入っている時みたいに真剣な表情だったのに、どうしてこうこちらが油断した時を見計らってちょくちょくラブなムードに引き込もうとしてくるのか。

この女タラシ!!

「お断りしますっ」
「ははっ。相変わらずガード固いね、名無しは〜」

冷たい口調できっぱりと断じる名無しの態度に何らめげる様子もなく、楽しそうに郭嘉は笑う。

「まあ、告白タイムはこれくらいにして。最初の質問に答えようか」
「本当?ありがとう!」

甘ったるい口説き文句から一転、瞬時に思考を切り替えたようにまたしても真面目な顔に戻った郭嘉を、名無しは頼るような眼差しで見上げていた。

「まず最初のベージュのドレスは全体的に清楚でいい感じだね。次のピンクは肩口や裾のデザインがとても女性らしくて可憐だ。私は好きだよ。でもどちらかというとややカジュアル寄りで若々しすぎて、友人の結婚式に出るならいいけど仕事絡みで出席するにはちょっと子供っぽい印象かな」
「ややカジュアル寄り…、そっか…」
「黒のドレスは実にシックだ。大人っぽいし、露出も控えめでとてもいい。だが、今度の結婚式はその年配の上司絡みという事であれば結構年齢層が上の人達も参加するかもしれない。そうなると、相手のご両親や親類など黒を着てくるご婦人の割合も増えるかもしれないから、出来れば黒より色物の方を選んだ方がいい気もする。数人黒がいるくらいなら何ともないが、お祝いの席ならなるべく明るい空気を作り出すのも参加者の役目だと思うからね」
「言われてみれば、確かにそうかも」
「そして青だ。全体的に品が良い。所々に透ける素材が使われていてうっすら肌が見えるが、素肌を完全に露出させている訳ではないので下品にならない。裾の長さも膝が隠れるくらいで丁度いい。可愛らしさと色気、幼さと大人っぽさが同居する絶妙な感じかな。セットにしていた靴と真珠のネックレスとの相性もいいと思う」
「本当?良かった…!」
「最後が私の一押しの紫だね。金糸で施された刺繍も繊細で美しいしスリットから覗く白い足も男の目を釘付けにする効果が抜群だ。上品な露出なので特別悪くはないと思うけど、ただ気になるのが名無しの直接の関係者に当たるその上司がかなりのご年配、という点かな……。年上のおじ様やおば様相手、しかもそれが仕事関係の相手とくるならもう少し肌を覆った方がいい気がする。年齢が上がれば上がるほど、男も女も女性の肌の露出には難色を示す傾向がある」

どんな時でも優しげな笑みと心地良い声音が何とも魅惑的な郭嘉だが、そこはやはり現役の軍師。

決して乱暴な口調ではないが、良くないと思った部分についてはきっちりとダメ出ししてくる。


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