異次元 【バレンタイン・ショック(晋)】 「…鍾会…?」 「……。」 名無しの言葉を無視してガサガサッ、と音を立てながら鍾会が紙袋に手を突っ込むと、そこには赤いリボンで可愛くラッピングされた白い小箱が入っていた。 鍾会が丁寧にリボンを解いていくと、中にはブラウン、ホワイト、グリーン、ピンクと四色のカラフルなトリュフが可愛らしく並べられていて、箱全体から美味しそうな甘い匂いが漂ってくる。 見ているだけでハッピーな気分になりそうな可愛らしいトリュフは、色に合わせて味も普通のチョコ、ホワイトチョコ、抹茶チョコ、苺チョコと変えてみた名無しの自信作だ。 「……まさか。手作りなのか……!?」 鍾会の目から見て、とても上手に出来ている。売り物としても立派に通用すると思えるくらいだ。 だが、売られている物とは何かが違う。 上手く言葉で説明しがたいが、何となく伝わってくるような手作りの色≠感じ取り、鍾会の喉がゴクリと鳴る。 「鍾会、こういうの好きかなって思って、鍾会の事を考えながら私なりに一生懸命頑張ってみたつもりなんだけど。どうかな?」 懸命に平常心を装おうと努める鍾会の苦労などどこ吹く風といった素振りで、名無しは小首を傾げてふふっと笑う。 鍾会、気に入ってくれるかな。どうかな。少しは喜んでくれるといいな! そんな思いが全身から滲み出ている、名無しの嬉しそうな笑顔といったら! 「そ、そんなの……どうって言われても」 「……?」 「名無し……なんだこれは……。こんなもの、すごく……」 「す、すごく?」 「………。」 そのまま、鍾会は黙り込んでしまった。 今の名無しと正面から視線を合わせる事なんて出来ないと、困ったように目を反らし。 名無しに手渡されたチョコレートの箱を大事そうにギュウッと両手で抱きかかえながら、落ち着かない様子であちこちに視線を彷徨わせている。 「あの、鍾会」 「えっ」 「それって、どういう事なのかな?」 「……なにが」 つっけんどんに言う鍾会に、名無しの肩がビクリと跳ねる。 「だって…今の返事だけじゃよく分からなくて」 怒っている、ような気がする。 どこか腹立たしそうな、苛立たしそうな、悔しそうな、憎らしそうな、苦しそうな、ありとあらゆる様々な感情が複雑に入り交じったような何とも言えないその目線。その声音。 手作りチョコを見た途端、目も合わせてくれなくなってしまった鍾会の反応に、名無しの胸中は不安で揺れる。 「その、気に入ってくれたのかなとか、あんまり好みじゃなかったのかな、とか……。今年は初めて手作りに挑戦してみたけど、良かったのかな。迷惑じゃなかったかな?って────」 鍾会、気に入ってくれなかったのだろうか。 やっぱり、今までずっと市販のチョコだったのにいきなり手作りなんて挑戦したのは良くなかったのかな。重い≠ニ思われちゃったのかな。 そう思い、悲しげに俯く名無しの頭上から、間髪入れずに鍾会の声が降り注ぐ。 「────いいよ!いいに決まってる…!」 「……えっ?」 鍾会が放ったしょっぱなの『いいよ!』があまりにも感極まった声で、熱っぽく掠れていて、まるでチョコのように溶けそうな甘さまで備えていたものだから、名無しはビックリして顔を上げた。 「何故それを私に聞く!?そんなもの、わざわざ言うまでもないくらいに分かりきっている事じゃないか。ああもうっ…、わ、私に赤面させるような台詞を言わせるな!!」 鍾会はこの状態で名無しと目を合わせるのが恥ずかしいのか、未だに名無しから顔を背けて微妙に目線をずらしたままで、ハァッ…と切ない吐息を漏らしている。 我慢しても顔が赤らんでいくのを止められない。 そんな己自身に苛ついているとでもいうような、悩ましげな鍾会の表情。 よほど彼と親密度も好感度も高い相手じゃないと滅多に見られない、貴重な姿だ。 「本当!?嬉しいっ。頑張って良かったー!」 「うっ…!そんな目で私をじろじろ見るなっ。見るなってば…!!」 喜びに満ちた瞳で自分を見上げる名無しの視界を強制的に遮るように、鍾会が片手を伸ばして名無しの目を覆い隠そうとする。 「あーっ、もう!見るなって。あなたの上目遣い、おかしな気分になるんだよ!」 怒っているのか照れているのか、微かに眉根を寄せて文句を言いまくりながら頬を染める鍾会。 その態度からどうやら拒絶されている訳ではないと感じ取り、名無しの顔に安堵の色が広がっていく。 「はい、分かりました。じゃあね鍾会。今日も一日頑張ろうね」 「あ…、待て!名無しっ」 無事に受け取って貰えた事にホッとして自室に戻ろうとする名無しを、慌てたようにして鍾会が呼び止める。 名無しが振り向くと、鍾会は片手を口元に当ててコホンと咳払いをした。 「あー…、その、なんだ…。まだあなたの希望を聞いていなかった。3月14日は何が欲しい?この見返りに、あなたは何を私に要求するつもりなのだ」 「えっ…。そんな…別に私はお返しの事とか考えた事もなかったよ。見返りが欲しくて作った訳じゃないし、ただ単純に鍾会の為に手作りしてみたいなあって思っただけで」 改まった口調で尋ねられた名無しは、露骨に面食らった顔をする。 彼女のこの反応から考えるに、きっと『見返りが欲しくてやった訳じゃない』というのは名無しの本心なのだろう。 「私、鍾会がずっとこの城に居てくれたらそれだけで十分満足だよ」 「!!」 「鍾会の事が大好きだもの」 「くっ……!!」 キラキラと、眩しい程の笑顔で鍾会が居てくれるだけでいい∞大好き≠ニ告げる名無しの発言は、鍾会の心と体を最大レベルで揺さぶっていく。 よくもまあ、こんな台詞を恥ずかしげもなくサラリと言えるものだ。 自分には絶対に出来ない技を軽々と名無しに披露され、鍾会はクラリとするような目眩を覚える。 「そ、その言葉……。私を勘違いさせたいのでなければ、次回からはもっと考えて返答するんだなっ」 先程よりも大きな溜息を零しつつ、鍾会が掠れた声で言う。 「どうせ名無しの事だから、誰にでも言っているお決まりの台詞≠ネんだろう。騙されない…騙されないぞ!」 「…?え、えーっと…」 普段クールな彼には似合わずゼェハァと乱れた呼吸で顔を真っ赤にしながら叫ぶ鍾会に、名無しが疑問の声を返す。 「だがこの私を惑わせたお返しに、来月はあなたがあっと驚くようなとびきり凄いお返しを用意してやる。いいなっ。覚えておけ!!」 (なんでそんな捨て台詞みたいな言い方を…) 『ちくしょうっ。テメエ、今度会ったら覚えてろよ!』と、三下のチンピラが逃走間際に残していく負け惜しみのような捨て台詞を吐きながら退散していく鍾会の後ろ姿を、名無しは手を振りながら苦笑混じりに見送る。 (鍾会、喜んでくれたのかな?) 普通の男性と比べて予想の斜め上ばかりいく鍾会の反応はOKだったのかNGだったのか、判断に困る所がある。 ……が、彼と親しくしている司馬師や司馬昭曰く『鍾会は究極のツンデレ』という存在らしく あからさまに『消えろ』や『失せろ』と言われていないのであれば大体OKだと思っておけ との彼らのアドバイスに従って、今回は良しとしておこうと名無しは思う。 (鍾会、多分気に入ってくれたみたい……。頑張って手作りして良かった!) ─END─ [TOP] ×
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