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異次元 
【バレンタイン・ショック(晋)】
 




本日は2月14日。いわゆる『バレンタインデー』当日である。

そして現在の時刻は午前5時。まさに早朝という時間帯であったが、この日の名無しはすでに目覚めて朝の支度に取りかかっていた。

何故こんな時間から起きているのかというと、バレンタインに合わせて手作りチョコを作りたいと思ったからだ。

本当は前日やその前の日などに時間を取って事前にチョコ作りをしたいという気持ちもあったのだが、こういう時に限って今日中に終わらせないといけない業務が発生したり、予期せぬ残業が入ったりするものだ。

その例に漏れず、結局今週一杯仕事に追われる日々を過ごしていた名無しは最後の策として『当日の朝、普段よりも早く起きて作ろう』という結論に辿り着いた。

「ふぁ〜…。眠い…」

仕事中にこんな顔をしてはいけない、と無意識の内に零れ出るあくびを懸命に堪えながら、名無しは用意しておいたレシピに目を通す。

そんなこんなで早起きして材料と調理器具のセットに取りかかっている名無しであるが、昨夜も仕事で遅くまで働いている疲れが残っている上での普段より早起きというのは結構キツイ。

名無しにとってバレンタインにチョコレートを配る事自体は、別に今回が初めてという訳ではない。

ただ、普段仕事上で付き合いがある相手や親しくしている相手など、その立場から普通の一般女性以上に配る相手が多すぎて、なかなか個別の贈り物まで用意する所まではいかなかった。

さらに彼女の場合、配るのは男性だけではない。

普段から異性のみならず、名無しは同性にも同じように接するタイプの人間なのだ。

それ故、毎年バレンタインは自分の配下の女官達や親しくしている女性武将など、女性陣にも贈り物をしてはお昼休みの時間に彼女達と一緒にチョコを食べてここのお店の限定チョコレートはやっぱり美味しい!≠ニ皆で盛り上がっていた。

そんな名無しに特定の男性だけ手作りチョコを別で作るというような余裕はなく、また、彼女と普段から親しくしている人間であればそんな事情は重々承知の上なので、どの男性も

あーハイハイ、今年も義理チョコね

という感じでサラッと軽く受け取っていた節があった。

別に、誰かからみんなと同じ物である事に文句を言われたという訳ではない。

しかし、名無しだって役人である前に一人の女性である。

一応、形としては『何もあげない』より『渡せている』事にはなっているが、それでも大切な人にまで単なる義理チョコと思われてあっさり流されてしまっている……ように感じるのはちょっぴり寂しい。

(今までこの時期は手作りチョコまでは手が回らなかったけど、今年こそは挑戦したい)

そう。チョコを配る事自体は初めてではないが、手作りチョコを渡す事に関しては、名無しにとってこれが初めての挑戦になる年なのだ。

(この日の為に自分なりに色々な本を読んで、あの人が好きそうなチョコを考えてみたんだもの)

だからこそ、頑張って早起きして作ろうと思った。

上手に作りたい、出来れば喜んで貰えるようなチョコレートにしてみたいと思った。大切なあの人の為に。

(でも、毎年凄く沢山のチョコレートを貰っている人だもんね。今までは義理と思われていたから気軽に受け取ってくれたのかもしれないけど、今年になってからいきなり手作りなんてやりだしたら、重たく思われて受け取りすら拒否されてしまうかも…)

名無しの脳裏に不安が過ぎる。

その美しい容姿と鍛えられた肉体、頭脳、戦闘力、地位、家柄、etc。

天は一物どころか二物三物、四物五物と神様の贔屓ですか!?≠ニ思わず聞いてみたくなるくらいに恵まれた資質を持ち合わせている彼は、姫君・貴族・武将・女官問わず城中の女性陣の羨望の的だった。

世の一般男性には今年は誰かから貰えるだろうか∞せめて一つは貰えるだろうか≠ニソワソワしたり不安や緊張を抱きながら当日を過ごしている人もいる中、そのチョコを詰め込むための『収納用紙袋』や『収納用空き箱』を一人で何袋も何箱も部屋に置いているような男性である。

端から見れば実にけしからんどころか、殺意すら抱かれかねないレベルのモテ男。

そんな彼に手作りチョコなど、逆に鬱陶しがられたりしないだろうか?

(……でも、それならそれで別にいい)

もしそれで最悪彼に引かれてしまったとしても、それでもいいと名無しは思える。

別にチョコを渡したからといって彼とどうかなりたい訳でもない。見返りが欲しいと言う訳でもない。何よりも大切なのは、気持ちだ。

(受け取って貰えるかどうかは別として、とりあえず頑張ってみよう!)

そう考えて自らを奮い立たせ、名無しは寝ぼけ眼をこすりながら調理を開始した。

一応、チョコを冷やす為の時間ともしかして失敗してしまった時の為にとやり直しの時間も含めて早起きしているのだが、今日も今日で仕事があるのであまりモタモタしている訳にもいかない。

名無しは作業中に何度もレシピに視線を走らせながらその内容に忠実に、何度か味見をしながら出来るだけ手際よく、それでいて丁寧に、心を込めてプレゼントを作っていく。

そうしてチョコレートと格闘する事二時間、ようやく名無しの思いは形となった。

「やったー!完成っ!!」

思い通りの姿に形成されたチョコレートを見て、名無しの口から思わず笑みが零れる。

(自分で言うのもあれだけど、我ながら最高の出来。ふふっ!)

気になるのは完成度だが、初めての挑戦でこれだけ出来れば御の字といった所だろう。

後は出勤時間まで涼しい所でチョコレートを放置しておけばもっと綺麗に、程良い硬さで固まるはずだ。

(よーしっ。ちゃんと固まっているのを確認した後で、綺麗にラッピングして持って行こう!)

出勤時に慌てることのないように、ラッピングするための用紙とリボンを予めチョコの横に置いておきつつ、名無しはウキウキ気分で今度は自分の身支度を始める。

名無しが一生懸命頑張った手作りチョコを渡す相手は……


鍾会→3P〜
司馬昭→5P〜
司馬師→7P〜
後書き→10P〜


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