異次元 【籠の鳥】 「蘭……っ」 自らに襲い掛かる男を押し退けようとして振り回した名無しの指先が、私の顔にぶつかった。 これ以上自分達の距離を詰めないようにと、名無しが懸命に手を伸ばして私を押し戻そうとする。 私はそんな名無しの行為を逆手に取ると、そのまま彼女の指をパクリとくわえ、口の中へと包み込む。 「……や……」 口腔内に含んだ彼女の指先が、震える。 ドクドクと、耳障りな程に高鳴っていく心臓の鼓動。 布ごしに触れる肌からは互いの体温が伝わって、否が応にも妖しい感情が体内から沸き上がってくる。 「あ……、ゃ……なに?蘭丸……何を……」 信じられない物を見るような顔をして、名無しが途切れ途切れに言葉を放つ。 突拍子もない私の行動に驚く名無しに構う事なく彼女の指に舌を絡めつつ、私は僅かに唇を離して名無しに告げた。 「名無し。さっきからずっと考えていたんですが、やっぱりしつこい男を追い払うにはこうするのが一番いいと思うのですよ」 「や……。こ、こうするって……?」 「だから…貴女には別の相手がいるって事を、その男に伝えてやった方がいいんじゃないかって。名無しにはちゃんとした恋人がいて、夜も同じ布団で眠っていて……イクところまでイッてる男が、自分以外ですでにいるって事を」 「……っ!」 突然発せられた私の言葉が、彼女の想像を遥かに越える内容だったのだろう。 私の腕の中に強い力で抱き締められている名無しの肌はザワリと粟立っていて、その様子から彼女の驚きの大きさがどれほどだったのか見て取れる。 「なっ…何を言っているの蘭丸?そんな理由だったらなおさらだめっ。貴方にそこまで余計な気を回させるなんて事は……っ」 名無しは空いている方の手で私の胸板を叩いて必死で『嫌だ』と暴れていたのだが、どれだけ一生懸命抵抗しても私が彼女を解放するつもりが無いのに気が付いた。 そんな事を軽く言う私の口元は冗談っぽく笑っているが、名無しを見つめる私の瞳は真剣だ。 本気で名無しを組み敷いて、本気でセックスしようと考えている男の目である。 相手の男が冗談で『ヤろう』と言ってきているのか、はたまた本気で言ってきているのか、女なら誰しも相手の目を見ればある程度は分かると思う。 名無しだって、そこまで馬鹿な女ではない。 本能的に、女として自分の目の前にいる男の本気度を悟った名無しの体がブルッと震える。 「だ、だめっ。そんな事は絶対にだめっ。もし…もし誰かが入って来たらどうするの……」 「誰も来ませんよ。女性の寝所に、こんな夜更けに誰が訪れてくると言うのですか?もし本当にそんな人間がいるのだとしたら、それこそ無粋な話ですね。ああ…ひょっとして激昂した犯人が乗り込んでくるとでもおっしゃるのですか?」 「……!なっ……」 「まあ…どこにでも無粋な輩は確かにいますからね……」 楽しげに呟いて、私はふふっと笑みを零す。 しかし、名無しにはその私の笑みが一体何を意味しているのか分かっていたらしい。 その事を察した名無しの鼓動がさらにトクトクと高鳴って、私を見上げる彼女の頬が一層朱に染まっていく。 犯人が入って来たらどうしよう、ではなく、まさにその犯人に対して自分達の行為を見せ付けようとしているような私の口振りだったからだ。 「そ、そんなっ…んっ…」 拒絶の言葉を発しようとした名無しだが、彼女の唇はその時すでに私によって奪われていた。 「んっ…んんっ…」 きっとこれは、名無しが想像にもしていなかった場面だろう。 ザーザーと降りしきる激しい雨の音は名無しの声が外に漏れるのを防ぐ役割を果たし、名無しの寝所は一面真っ暗な闇に包まれていた。 時折チカチカッと輝く雷鳴が私の欲望をさらに燃え上がらせて、名無しの唇を奪う行動をより情熱的なものにさせていく。 「ら…蘭丸…蘭丸…。んんっ……」 驚く名無しがどれだけ身を捩って私の腕の中から逃れようとしても、所詮女の力程度では男の私にとって無力な抵抗である。 何とかして脱出しようと試みる名無しを強い力で抱き締めると、私はどんどん行為をエスカレートさせていった。 「は…ぁっ…。蘭丸…」 息をもつかせぬ激しいディープキスが、名無しに残された意識を絡め取る。 始めこそ優しく、それでいて名無しを安心させるような、溶ろけるような甘い口付けを交わしているつもりだった。 だがいつの間にか甘いキスは暴力的なものへと移り変わり、貪るように互いの舌を激しく絡める濃厚なキスになっていた。 「あぁん…蘭丸……」 息苦しさに喉を鳴らし、名無しが溢れ出る唾液を必死に飲み込もうとする。 しかしどれだけ飲み干しても舌をこすりあわせる度に唇の端から新しい唾液が零れ、名無しの顎を伝って流れ落ちていく。 「はぁ…ぁ…。ら、ん………」 とろん。 吐息の一つ一つまで飲み込むような濃密なキスを与え続けている内に、名無しの瞳は情欲にトロリと溶け切っていた。 今の自分の身に一体何が起こっているのか、そして今自分が何をされているのか。 何もかもが全く分からないといった様子で、名無しが焦点の合わない瞳でぼんやりと私の顔を見上げている。 「名無し…吸って…。ほら…私の舌を名無しの唇で挟んで、吸って…」 「あ…あっ…。だめ…蘭丸……」 「だめじゃないでしょう?名無し。こんなに気持ち良さそうな顔してるのに。ほら…もっと名無しの口を開けて。早く名無しの中に入りたいんです。私を入れて……」 唾液でヌルヌルとぬめった名無しの口腔内の感触すら心地良く、私は溜息混じりの熱い吐息と共に名無しに囁いていた。 相手がどれほど手慣れているか、どれほど経験を積んでいるのか、キスをすれば一発で分かるとよく言われるが。 同年代の男性達と比べてみても、私はかなり経験豊富な部類に入る人間だった。 [TOP] ×
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