異次元 | ナノ


異次元 
【籠の鳥】
 




「ら、蘭丸。お願い……。やっぱり…中に…中に入れて欲しいの」
「……っ。名無し……」


溜め息のように漏れた私の声は、情欲としか言いようが無い。

動揺を隠しきれない名無しの声音は微かに震え、恐怖心からかその両目は僅かに潤んでいるようにも見える。

私の布団の中に入りたいと願う名無しの言葉を別の意味に感じ取り、返答をする私の声は熱がある時のようにかすれていた。


「お願い、蘭丸。入れて……」
「ん…、名無し…。私は別に構いませんよ。ほら、早く……」


名無しの切なる懇願に応え、布団の端を軽く持ち上げる。

今この時が、真夜中で本当によかった。

これがもし日中の時間帯であったなら、今の私がどんな目をして彼女を見つめているのか分かってしまうに違いない。



ああ…名無し。貴女の告げたその言葉を、本来の意味とは別の意味で言わせたい。


貴女の可愛らしいその唇から、この蘭の名前を何度も呼ばせたいと切に願うのです。



───相手を本当に誘っているのは私の方なのか、それとも名無しの方なのか。



それすらもよく分からないままに、私は自分の布団の中へと彼女を招き入れていた。



「今度こそお休みなさい、蘭丸。さっきは起こしてごめんね」
「ええ。お休みなさい、名無し。今度こそ……」


二度目の挨拶もそこそこに、名無しは私にゴロンと背を向ける。

呆気なく後ろを向かれてしまった事に少々気が抜けてしまったが、今この場で名無しに手を伸ばしてしまったら、あからさまに私が『ソレ』目的で彼女を誘い込んだ事になってしまう。



(……どうしたものか)



このまま名無しを羽交い締めにして、力ずくで攻める事は可能。

嫌がって泣き叫ぶ名無しの口の中にタオルでも何でも突っ込んで、無理矢理抱くことは、可能。

しかしそれは名無しの中で、私が『信頼出来る職場の同僚』から『単なる強姦魔』に成り下がってしまう事を意味している。

強引にいけば一度は抱くことが出来るだろう。だが、二度目はない。

それどころか、これほど苦労して手に入れた名無しの第一の従者という役目を剥奪される羽目になるかもしれない。

名無しの口から信長様に私のした事が伝わって、彼女の話の内容如何ではこの城における、織田軍における私の立場すら危ぶまれる事になるかもしれない。


ここは何としても、『合意の上』に持ち込むしか方法はない。


しかも、確実に。


そんな事を思いながら色々と考えを巡らせていた私だが、これから自分のしようと思っている事について真面目に考えてみると何だか可笑しくなってきた。


だって名無し。これって言ってる事とやろうとしている事が頭から矛盾していますよね。


後からでも先からでも、理由は何でもいいですが。


例えどんな大義名分を取って付けてみた所で、貴女の意志に反して私がその体を組み敷いたのだとすれば、どこまでいっても『和姦』には成り得ないのにね。


私が今から貴女にしようとしている事は、どんな綺麗事を言った所で『強姦』には変わりがないのにね。





さらに、時間が経過する。



私のすぐ隣ですぅすぅと穏やかな寝息をたてている名無しとは反対に、私の意識は冴えていた。

さり気ない風を装いつつも名無しとの距離を詰めてみるのだが、私の体と触れ合う度に名無しが反対側に寝返りを打つ。

近づく毎にコロコロと転がっていく名無しの動きが面白くてついつい後を追い掛けてしまうのだが、この動作を無意識にやっているのだとしたら大したものだ。

名無しをこの腕に抱き締めてやりたいと思うのに、手を伸ばそうとすると名無しが寝返りをうって私から逃れようとするのが心憎くてたまらない。

そんな事を何度か繰り返している内に、私はとうとう名無しを布団の一番端まで追い詰めた。

だからといって別にどうなるという訳でもないのだが、これ以上向こうに行くと名無しは畳の上に投げ出されてしまう事になる。

案の定、名無しが再び体をねじった時にはそこは完全に畳の上で、柔らかな布団とは違った固い畳の感触に名無しがついに目を覚ます。

「う……ん……」

寝言半分に彼女が反対側に体を動かしてみると、そこにはすでに私の体が横たわっていた。

「…!あ、あれっ…?」

他人の体にぶつかった衝撃で、名無しが小さな悲鳴をあげる。

咄嗟に軽く上半身だけを起こして左右を見てみるも、最初に寝ていた時とは全然違う自分の位置にただ戸惑うだけ。


いつの間に、こんな所に?


そう言いたげな瞳で周囲をチラチラと見回してみても彼女にはどうする事も出来やしない。

向こうにいけば布団がなくなって、畳しかない。

こちらに戻ろうとすれば、私の体に行く手を阻まれる。

眠っている私をわざわざ起こすのも忍びないと思っているのか、名無しは何も言わずに私の寝顔をじっと見下ろしている。

どうするべきか迷っている名無しの態度を感じ取ると、私は素早く手を伸ばして彼女の腕を掴み取った。


「きゃっ…!?蘭ま……」


グイッ。


突然の出来事に面食らった顔をして、名無しが驚愕の悲鳴を漏らす。

だが、そんな事は全く気にもしない素振りで私は名無しの腕を引っ張って、布団の中へ引きずり込む。

強引とも呼べる動作で己の両腕の中に名無しの体をすっぽりと収めると、彼女の存在を確かめるかの如く力一杯抱き留めた。


「それ以上いくと、危ないです。落ちますよ……名無し」
「……ぁっ……」


ゾクッ。


私の口から出た言葉に、ギクリと名無しの体が震えているのが分かる。

彼女の耳元にわざとらしくフウッ…と息を吐きかけるようにして囁くと、そんな私の行為に反応するかの如く名無しが思わず息を詰めた。

「蘭丸…。お…起きてたの?」
「それは……もちろん。大事な貴女の身に何かあってからでは遅いので。起きていますよ……」
「あ…ん…。な、に…?蘭丸……っ」

言葉のついでにペロリと耳の後ろを舐められて、名無しが今にも泣きだしそうな声を絞る。

今から私がしようとしている事を薄々感付いているのか。

それとも、それを感付いた上で私に限ってそんな事はしないと思い込もうとしているのか。

私の腕を振り払い、なんとかして逃げようと名無しは必死で藻掻いていた。


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