異次元 | ナノ


異次元 
【略奪遊戯】
 




「うん。いーよ。じゃあ俺、再来月の最初の金曜日に仕事が終わったら名無しさんの部屋に遊びに行くって事で。……いい?」

名無しを真っ直ぐに見つめながら、念を押すようにして半兵衛が尋ねる。

すると名無しはコクリと頷き、嬉しそうに目を細めてニッコリと微笑んだ。


「はい。半兵衛殿と二人でお話出来るのが今からとっても楽しみです。金曜日の夜にお待ちしています」




(わっかんない!!あの子ったら、本気でナニを考えているのかわっかんない!!)

名無しと約束をしてから、その日が来るまでの間。

名無しの真意を測りかね、半兵衛は一人であれこれ考えていた。

自分に突然相談がある≠ニ持ちかけ、自室に招待したその時点で謎な点が多いのに、この二ヶ月間の彼女の行動はその謎っぷりに輪をかけていた。

約束の日が訪れるまでの期間、半兵衛はそれまでの繋ぎ≠ニして名無しを何度か食事や遊びに誘おうと試みていた。

先日の名無しの誘いの意味が今一つ分からなくて当日までに彼女の意思をある程度把握しておきたかったという理由が一つと、名無しという人物をより深く知る為にデータ収集の意味も込めて回数をこなしておきたかったという理由が一つ。

『ねえ、名無しさんっ。今から一緒にご飯を食べに行かない?』
『今度の休みさー、城下町に新しく出来た服屋に行ってみようよ!』

するとどうだろう。

今まで割と半兵衛の誘いに好意的な反応を見せて付き合う回数も多かった名無しなのに、ここにきて急に半兵衛の誘いを断り始めたのである。

それも一度や二度という訳ではなく、全スルーの勢いで。

『ごめんなさい、半兵衛殿。午後からの打ち合わせで使う資料がまだ作成出来ていなくて…。お昼ご飯を食べる時間も取れないみたいなので、また今度ご一緒していいですか?』
『すみません。その日は丁度前から約束していた予定があるんです。半兵衛殿さえよろしければ、他の日でもいいですか?』

名無しが忙しそうだな、というのは半兵衛にも分からないでもない。

今まで多少時間があった人間でもある時期だけ予定が重なってバタバタしているというのは名無しに限らずよくある事だと思うし、たまたまタイミングが悪かったという可能性もあるだろう。

しかし、それまでは誘った時の成功率が比較的高かった事もあり、自室デートが決まった途端に急につれなくなったように感じる名無しの対応に、半兵衛は自分でも上手く説明出来ないモヤモヤを抱えていた。

(……でもなあ。いくら何でも二ヶ月だよ?)

たまたまタイミングが悪かったにせよ、二ヶ月間ずっと連続で断られ続けるって失敗率が高すぎやしないか。

せっかく彼女に対する予備知識をもう少し集めておこうと思った所なのに、その矢先にこうも冷たくされてしまっては、半兵衛は余計に名無しの事が気にかかる。


これって、本気で焦らしプレイ?


(参ったなあ。俺、その手のプレイはあんまり好きじゃないんだけど)

ていうか、自分が相手を焦らすのは大好きだけど、自分が相手に焦らされるのは名軍師のプライドにかけて大嫌い。俺。

(しかもこの『二ヶ月』って期間がまたアレなんだよねー)

次のデートの約束まであと一ヶ月。普通に仕事しながら過ごすならこれは待てる。余裕。

次のデートの予定まで三ヶ月。これはちょっと、長い。下手すれば季節が変わる。

相手が好きならおとなしく待っていようとは思うけど、我慢出来なくなったら浮気しそう。

……で、今回の二ヶ月。これがまた微妙な期間だ。

一ヶ月よりは長くなって寂しい気持ちもあるけど、三ヶ月に比べればまだ短いのでなんとか待てる……ような気もする。

半兵衛にとって、次回への期待感と我慢比べのギリギリの限界ラインが、丁度名無しが提示してきた次に会えるのは二ヶ月後≠セった。

どうして次回の予定を二ヶ月後にしたの、とか。どうしてそれまでの間俺と一度も遊んでくれないの、とか。

こうも不安定要素が沢山あると、自分でも気付かない内に『俺、何か君の気に障ることでもした?』と半兵衛は若干心配にすらなってくる。


─────マジ予測不可能。あの子。


でも、その予測不可能っぷりが妙に心地よく、分からない事がある度に喜びも増しているような気がしている。

(困ったなあ。俺、もしかして名無しさんにちょっとずつハマってきてる……?)

いかにも計算ずくで男を振り回してやろうと企んでいるような、根性の悪そうなタイプじゃなさそうなのがまたいやらしいんだよな。

計算済みの行為なら、半兵衛はそんな相手の動きが読み取れる自信がある。

なんたって半兵衛はこの城においてザ・腹黒の代表格である。同じ腹黒の匂いを嗅ぎ分けるのは得意であった。

だが、名無しの場合は本気で無意識に色々とやってくれていそうな感じがあるので、半兵衛お得意の腹黒センサーが彼女に対しては全然機能してくれない。

表面上ではそんな事言っちゃって、でも本心はこうなんでしょ?本当はこうして欲しいくせに!という彼の必殺・女心予測が彼女の場合はこれっぽっちも浮かんでこない。

つまり、先回りをする事が難しい。半兵衛の知識を持ってすらコレだ!という攻略法を編み出すのが難しいのだ、彼女は。

(無心で相手を振り回すって凄いよね。ていうか、天使か悪魔の領域だよね。そこまでいくと)

『御しにくい女…?それは具体的にはどういう女だ。俗に言う小悪魔系とか女王様系とかいうタイプの女か。男にとって攻略しにくい女の事か?』

宗茂さんもまだまだ青いよなあ、なんて考えて、半兵衛は唇を歪める。

そんなの全然大した事ないよ。あの子に比べれば大分マシ。

そこからさらに上に行って、あの子みたいなのが進化した小悪魔=Aもしくは小悪魔の最終形態≠チて言うんだと思う。多分。


(けど……面白いよ)


仕留めたい。ああいうの。


鉄砲を構えて心臓に狙いを定めて、ズドンと一発、一思いに打ち落としたい。


感情を削ぎ落とした冷徹な軍師の瞳が、部屋の中で無機質な輝きを放つ。


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