異次元 | ナノ


異次元 
【略奪遊戯】
 




「で、何日にする?俺、いつでもいいよ。何なら今日仕事が終わってからでも別にいいんだけど」

今日でもいい、とかちょっとガッツいてる感じがして良くないかな〜なんてチラリと思った半兵衛だが、名無しとの関係の下地はそれなりにあるし、ノリの良さをアピールする為にもここはあえてそう言ってみる。

喉元までせり上がる期待感で内心ワクワクしている半兵衛にもたらされたのは、さらなる予想外トークだった。

「じゃあ、お言葉に甘えて再来月の最初の金曜日でもよろしいですか?」
「えっ。さ…、再来月!?」

遠くない!?

名無しの返事を聞いた半兵衛は、呆気に取られた顔をした。

確かに彼女は主君・秀吉の補佐的な役目という立場上多くの仕事を抱えているし、何かと忙しい身ではあると思うのだが、それにしても初めてそちらから誘われたと思ったら二ヶ月も後の約束とか、さすがに先すぎるのではないだろうか。

彼女の事がもっと知りたい!と強く思ったばかりの半兵衛にとって、それは内心ちょっと待ってよ≠ニ思えるくらいの焦らしプレイである。

「…?ご都合が悪かったですか?」
「えっ!?あ、うん!いや、別にイイよ。君がそっちがいいって言うのなら…」

ガツガツした所を彼女に見せすぎるのはよろしくない行為だと考えて、半兵衛はお得意のアイドルスマイルを浮かべながら名無しの提案を受け入れる。

せっかく魚が自分から餌に食い付こうとしてくれているところなのだ。

ここで焦って釣り竿を動かして、獲物に気取られてなるものか。

「だったら、場所はどうする?相談事っていうなら落ち着いてゆっくり話が出来るような所の方がいいよねー?俺、良さげなお店、知ってるんだけど。城下町にある居酒屋みたいな感じの所なんだけどさ、雰囲気が良くて料理も旨くて、名無しさんさえよければ是非連れて行ってあげたいなーって思って!」

ここで一発大人の男の魅力を披露しようとして、半兵衛は行きつけの店の中から都合が良さそうな場所をセレクトした。

半兵衛の言葉通り料理が旨いのも事実だが、何よりも店内が常に薄暗くてムーディーで、カップル席や個室も用意されている所がポイントだ。相手の警戒心を程良く解しながら、じっくり話をするのに向いている。

そうして彼なりに考え、名無しとの密会を少しでも色よく、得られる情報量をより多いものにしようと案を練る半兵衛の話を聞いて、名無しが『う〜ん』と唸る。

「そうですね。半兵衛殿のお勧めのお店、凄く行きたいなって思うんですけど…」
「……あれっ。なんでけど≠ネのかなー。ひょっとして名無しさん、居酒屋とか好きじゃないとか?」

正則の元彼女のように最初から高級料亭とかだと名無しのような女性はかえって気を遣ってしまうと思い、選択式でフランクな感じの居酒屋にしてみたのだが、彼女のお気に召さなかったのだろうか。

好感触とはいえない名無しの反応に半兵衛は整った顔を曇らせたが、名無しはいいえと答えた後、ふと何かに気付いたような顔をして男を見上げる。

「そうじゃありません。ただ私、半兵衛殿のようなお強い方に比べてみればお酒に弱い方だと思いますので、雰囲気のいいお店だときっと普段より早く酔ってしまって、半兵衛殿と沢山お話が出来なくなるんじゃないかって心配で…」
「そっか。だったら────」
「良かったら、私の部屋で一緒に飲みませんか?」
「!!」

心底驚いたように、半兵衛が目を瞠る。

「外出先ですと飲み会の後ちゃんと帰ってこられるかどうか不安になりますけど、その点自分の部屋なら夜遅くなっても安心だと思いますので」

ふふっ、と柔らかな笑みを零し、良い事思いついた≠ニ言わんばかりに名無しが幸せそうに言葉を紡ぐ。

「…えーっとぉ…」

名無しの自室に招かれた半兵衛と言えば、眉間に微かな皺を寄せ、難しそうな顔で呟きを漏らしていた。

(えーっと、これ、どういうこと?なんでいきなり部屋に誘われてんの?俺)

正則風に言えばキタコレェ!!≠ニいう感じの状況だが、半兵衛の心は複雑だった。

そりゃ確かにこれが初デートって訳でもないんだけどさ。

名無しさんとは何度も休日に出掛けているし昼食や夕食だって幾度となくご一緒している訳なんだけど、だからっていってこんなに簡単に彼女の部屋に行っちゃっていいのかなー?

自分の部屋なら夜遅くなっても安心だと思いますので

いやいや、フツー逆でしょ。むしろ外出先の居酒屋なんかよりもそっちの方がよっぽどまずいでしょ。

いい年した男と女が、女の子の部屋で、二人っきりで、酒を飲んで、夜遅くまで一緒に過ごして……って、そっちの方がやばくない?常識的に考えて。

これが見るからに隙だらけのギャル系女子に誘われたというのなら、半兵衛はラッキー!≠ニ思うだけである。

いざという時に相手が清純ぶって抵抗し始めたとしても、『そういうつもりで俺を部屋に招き入れたのはそっちでしょ?』『内心期待してたくせに』と言いくるめて相手を押し倒す事も可能。

しかし、これが名無しからの誘いだという事が半兵衛の思考を余計に掻き乱す。

彼女の場合、それ系ギャルと違って本気で半兵衛の事を信頼していて、男友達の一人だと思っていて、単なる友人を家に招くのと同じ程度にしか考えていない可能性も大なのだ。

これはどういう事なのかな、とか。

俺を自室に連れ込むなんて名無しさんは俺の事どういう対象として見てんの、なんて真面目に考えちゃう俺の方が間違っていて、俺の考えが不純だってこと?


分からない。分からない。


彼女が何を考えているのか、彼女の思考が全くもって読み取れない!


「……半兵衛殿?」
「えっ!?ごめんっ。ちゃんと話は聞いてるよ!」

二度目の呼びかけに、半兵衛はハッとしたように声を上げた。

男の視線の先で、どうしたんだろう?とでも言うように名無しの瞳が不安げに揺れている。


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