異次元 | ナノ


異次元 
【略奪遊戯】
 




(だって障害が多ければ多いほど燃えるじゃん。男女の愛ってー)

不朽の名作・『ロミオとジュリエット』だってまさにそれの王道じゃん、なんて思いつつ、俺はロミオにシンクロする。

あれだってさー、認められない関係だからこそ当人達もあんなに情熱的になった訳で。

愛しのジュリエットは、敵の家に生まれたジュリエットだからこそあれほど真剣に愛したのさ。

ジュリエットとの間に何の障害もなく、いつでも好きなように会えて自由に結婚出来るようなちょろい間柄だったら、命懸けで恋の炎を燃やすような事なんてなかったはずだよな。ねっ?ロミオ。


「あの…、半兵衛殿」
「……ん?何?」

昔読んだ書物の世界にトリップしていた矢先、自分を呼ぶ名無しの声によって半兵衛の意識は現実世界へと戻される。

咄嗟にいつもの明るい表情を作り、優しい声で応答する半兵衛を、名無しの真っ直ぐな眼差しが射抜く。

「半兵衛殿さえよろしければ、なんですけど」
「よろしければ?」
「半兵衛殿を見込んで、折り入ってお願いがあるのですが。半兵衛殿が本当にお暇な時でいいので、いつか仕事以外の時間で私の相談に乗って頂く事は出来ませんか?」
「!」

思ってもみなかった問いに、半兵衛は大きく両目を見開いた。

名無しと仲良くなろうと思って半兵衛の方から今日のように食事に誘ったり、休日に買い物や遠乗りに誘った事は何度もあるが、彼女の方から誘いをかけてこられるのはこれが初めてだ。

誰かに誘われた際、いつもならサクッとYES∞NO≠フ返事が出来る半兵衛だが、彼ですら全く予想もしていなかった急展開に一瞬体が固まった。

急に真剣な顔付きになり、無言で自分を見つめ返してくる半兵衛の反応を拒絶の意思と取ったのか、名無しはそんな彼を見て申し訳なさそうに萎縮した。

「あ…、ごめんなさい…。私、なんだかご迷惑な事を言ってしまって」

ペコリと頭を下げ、しまった、という顔付きをして立ち上がろうとする名無しの腕を、不意に力強い男の手が引き留める。

「待ってよ、名無しさん。迷惑だなんて、どうしてさ」
「え…」
「遠慮しないで何でも言ってよ。俺達、友達じゃん!」


─────トモダチ。


半兵衛が声に出してそう言った途端、それはまるで言霊のように強い響きとなって、名無しの耳朶を優しくくすぐる。

「友達……」

言葉の意味を確かめるみたいに、名無しは半兵衛の台詞を繰り返した。

そして、伸ばされた半兵衛の手に自分の手を重ねると、ギュッと力を込めて握り返す。

「嬉しいです。そんな風に言って下さる男の人なんて、私……」

溶けそうな瞳で半兵衛を見返す名無しの声は、今にも泣き出しそうなくらいに震えていた。

そんな彼女の反応が意外すぎるものに思えて、半兵衛の思考はますます混乱する。

(あれ……?)

おかしい。

彼女の口からこのような言葉が出るなんて、一体どういう事だ?

半兵衛の目から見る限り、名無しは仕事熱心で、穏やかで、優しくて、明るくて、男女や身分の違いに関係なく誰に対しても分け隔て無く接する人間で、周囲の人々からの評判も上々だった。

秀吉の正妻・ねねとも姉妹のように親しい関係を築き上げているようだったし、周りの男性武将達ともそれなりに仲が良く、親しい間柄の者が何人もいるようだ。

三成といい、清正といい、幸村といい、長政といい。

彼女にとって男友達と呼べる相手など他にもいくらでもいそうなものなのに、どうして『友達』という言葉を聞いた瞬間、こんな風にして泣きそうなくらいに切ない顔をするのだろう。

それとも、友達になりたいと思っているのは名無しの方だけで、他の男達は彼女の事を友達としては見ていないとか。


むしろ、友達というよりも。


全員メス≠ニしてしか見ようとしてくれていない……とか?


ゾクンッ。


そんな考えが脳裏を過ぎった途端、半兵衛の体はカッと火が点いたように熱くなり、背筋に甘い痺れが走った。

半兵衛の前で名無しが見せる様々な要素が複雑に入り乱れ、彼の知的好奇心を残酷なまでに刺激した瞬間だった。


やばいよ俺。


名無しさんのこと、超気になって仕方ないんだけど…っ!!


ドクン。ドクン。

半兵衛自身も気付かない内に、彼の心臓が早鐘を打つ。

ていうか、本当に何なの?

今まで一切それらしい気配もなかったのに、このタイミングでいきなり向こうから誘いをかけてくるとか、俺がちょっとパニクったら速攻で手を引こうとするとか。

普段あんなに男に囲まれているくせに友達≠チて言っただけで泣きそうな顔を見せるって本当、どういうことなの?プロの犯行?

(知りたい)

ドクン。ドクン。

昆虫学者が世界の最果てで激レアな昆虫、もしくは幻の蝶≠ンたいな存在に出会った時の喜びとか興奮って、これに似たような感じなのだろうか。

捕まえたい。彼女を。

自分の手の内に収めて、データを取りたい。

背中の中心から一思いに大きな針を突き刺して、自分だけの標本にしたい。

外からも内側からも、俺≠突っ込んで全部バラバラに分解してやりたい。


─────彼女のことを、もっと知りたい。


「そんなの当ったり前じゃん!俺と名無しさんの仲なんだもの」

予め用意されていたかの如く、半兵衛の口からは名無しを喜ばせるような台詞がスラスラと出てくる。

もしこの子の願い通り『相談』を受けたら、そこでどんな話が聞けるのだろう。

今度はどんなリアクションをして、俺を驚かせてくれるんだろう。俺の興味をそそってくれるんだろう?

今から楽しみで仕方ない。


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