異次元 | ナノ


異次元 
【略奪遊戯】
 




「は…、半兵衛殿っ…。あの…、私…!」


ドキドキしすぎて、全然上手くしゃべれない。


暗くて、誰の邪魔も入らなくて、肌が触れるくらいに近くて、至近距離で見つめ合えるところ。朝までずっと二人でいられる所。


なんですかそれっ。どこなんですかそれっ!!


その…、待って下さい。あの、私…、心の準備が…!!


「────地下の文書保管庫!」


………えっ?


突然出された言葉の意味が分からず、思考が全く付いていかない。

何の事だかさっぱり分からない、という顔をして目をぱちくりさせている名無しに、手を握ったままで半兵衛が述べる。


「やー、最近あそこ、本や巻物が増えすぎてカオスな状態になってるじゃん?きちんと整理しておかないと欲しい時に欲しい物が探せなくて仕事の効率も悪くなるし、そろそろなんとかしなきゃなって思って。でも一人でやるのはさすがに骨が折れるからさー、誰か一緒に手伝ってくれないかなー?って。ねっ、いいでしょ名無しさん。俺と朝まで付き合ってよ。二人っきりで、仲良くお片付けに!」


信じられない衝撃に、名無しの全身が硬直した。

やはりこの一連の流れは彼にとって単なるお遊びの一環でしかなく、そういう意味≠ナ名無しを口説いている訳ではなかったのだ。

「あれ?どうしたの。そんなに顔真っ赤にしちゃって。何を想像したのかな?」

にやりと笑った半兵衛の顔に、名無しはひくっ、と自分の喉が震えるのを感じた。

自分一人だけが勝手にドキドキして勝手に赤くなっていた現状を悟り、名無しの体が一段と熱を帯びていく。

「あー、いーけないんだー。名無しさんったら、悪い子!」
「ひどいっ…。私のことからかったんですね、半兵衛殿!」

思わず抗議し、名無しはきゅっと唇を噛んだ。

恥ずかしくて堪らないのか、今にも泣き出しそうになっている名無しのおでこを、半兵衛が長い指先でピンッと弾く。

「だってー。毎回見事なまでに俺に騙されてくれる名無しさんの反応が面白くって、つい意地悪したくなっちゃうんだもん。君が可愛いのが悪い。ごーめーんーねー?」
「もうっ。半兵衛殿ったら…!」

名無しはおでこをグリグリし続ける男の手に自分の手を添えると、優しい手付きで『ダメです』とばかりにそっと男の方に押し返す。

未だに頬は赤らんだままでありつつも、何事もなかったかの如く受け流そうとする名無しを半兵衛がじっと見つめる。


「ホント、そういう所が面白いんだよね。名無しさんは」


そう。面白い。何が何でも俺に抵抗しようとする所が。


これが他の女なら、俺の言葉が冗談だった事をめちゃくちゃ残念がる。

冗談ばっかり言っていないで、たまには本気で誘って下さいとすり寄ってくる。

半兵衛様さえよろしければ、私、今晩でもOKですよ?と相手の方から誘ってくる。

でも、名無しさんは俺の言葉が冗談だと分かった途端、むしろホッとしたような顔をする。

なーんだ、良かった、緊張して損した!とばかりに、笑って話を終わらせようとする。

こんな事があっても、次に俺に会った時に名無しさんが俺を意識しているような素振りは微塵もない。

いつも通りの友愛モードで半兵衛殿、お元気ですか?≠チて友達面で言うだけなんだ。

で、俺との事なんてまるで何もなかったような顔をして、他の男武将達と食事に行ったり、休日に出掛けたりする。

超意味不明なんですけど。それ。

どんな女の行動パターンも完全に読めると思ったのに、名無しさんの心の動きだけは全然読めない。

俺の事をどう思っているのか、彼女の中で俺がどんな位置付けになっているのか、これだけ長い間彼女に接していても今一つ確実な事が掴みきれない。これってすごい。

(俺の前で、無防備な姿を見せてくれるのは確かに嬉しいんだけどさ)

それだけ俺が彼女の警戒心を解くことに成功して、彼女の内側まで深く入り込んで、強い信頼を得ることに成功したって事だと思うんで有り難い面はあるんだけど。

(でも、それってある意味男としては全然見られてないんだなって証拠になる訳で、それはそれでなんだか男として悔しい気にもなるんだよね〜、実際)


ねえ。この子、俺の事どう思ってんの?


頼り甲斐のある先輩武将?それとも気心が知れた男友達的なポジション?何でも気軽に打ち明けられる相談役的な?友達以上恋人未満?


(実際、それのどれもが気に食わない)

最初、名無しさんに近付くためにこの友人ポジションを選択したのは俺だった。

なんか彼女、明るい笑顔の裏側で、この城の男に対して常に微妙な緊張感を抱いているような気がしたから。

男武将に向ける信頼と尊敬の眼差しの奥底に、恐怖と不安感が入り交じったような複雑な空気。

これといった確証がある訳じゃないけど、俺の鋭い勘ってやつで。

だからこそ、彼女の前では男≠フ要素をあまり前面に出さない方がいいかな〜と思って、出来るだけ性別不明のキャラを気取って超カワイ子ぶってる訳なんだけども、なんだかこの演技にもそろそろ飽き飽きしてきたような気がしている。

まんまと自分の予想が的中して、彼女の男友達になれた時にはまさに読み通り。俺ってすごい!≠チて喜べたのに。

もういい加減、そろそろ違う変化が欲しいかな〜、みたいな。

この胡散臭いエセオトコトモダチ≠フ壁をぶち破って、次のステージに進みたいかな〜、みたいな?

(でも、それだけじゃちょっと決定打にかけるんだよなあ)

この俺、略奪愛好きの竹中半兵衛としましては、名無しさんの男関係が読めないっていうのが微妙に理性を保たせようとする。

これが普通の男や女なら、自分が心を惹かれた相手には

『どうかあの人に好きな人がいませんように』
『現在付き合っている恋人がいませんように』
『結婚していませんように。また、その予定もありませんように!』

なんて事を願うらしいけど。

俺は全く違って、その逆。

『どうか恋人がいてくれますように。つーか、既婚者でありますように。もしくは、将来を誓い合った婚約者がいますように!』

なんて思う訳ですよ。


こんな俺って、異常かな?


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