異次元 【略奪遊戯】 「……白玉ぜんざい、お好きなんですか?」 「うん。大好き。すごい好きっ!」 即座に返答する半兵衛の反応に、名無しはほわっと瞳を輝かせた。 「じゃあ私、おごります!」 「へっ…?なんで!?」 「普段半兵衛殿には仕事とか色々な面でお世話になっていますから。前からずっとお礼をしたいと思っていた所だったんです」 「……え……」 「と言っても、デザートをおごるくらいなんて大したお礼にはならないかもしれませんけど…。また機会を改めて、半兵衛殿にはきちんとしたお礼をさせて頂きますね!」 そう告げて、照れ隠しのようにしてはにかむ名無しの姿に、半兵衛は最初面食らったような顔をした。 数秒の間をおいた後、半兵衛はプッと噴き出す。 「……名無しさんって、いい子だねー」 しみじみと漏らされた感じがする半兵衛の言葉に、名無しが『え』、と小さな声を上げる。 「もー、なんなの?そのキラッキラな瞳。恥ずかしそうな顔。可愛すぎるでしょ。思わず抱き締めたくなっちゃうでしょ!」 「ええっ!?ちょっ…、ちょっと…半兵衛殿っ!?」 いかにも慌てた素振りで声が裏返る名無しを見て、半兵衛はさらに面白そうにケラケラと笑う。 他人の警戒心を薄める、どこまでも無邪気な半兵衛の笑顔。 だが、ほんの一瞬、他人に分かるか分からないかくらいの短い間で、半兵衛の瞳が獣のように獰猛な輝きでギラリと光る。 「────でも俺、そういう綺麗な心の持ち主を見ると、つい化けの皮を剥いでやりたくなるんだ……」 ボソリ。 普段よりもグッと低められた半兵衛の声。 その言葉自体は全て聞き取ることが出来なくても、男が何かを口にしたような気配を感じ、あれっ?という顔で名無しが尋ねる。 「……えっ?今、何か言いましたか?」 「ううん。何も」 「…?半兵衛殿じゃなかったのでしょうか。確かに今…?」 「気のせいじゃない?」 しかし、半兵衛は彼女の問いにきょとんとした顔で答え、何も言っていないと主張する。 (あれ…?何だろう。本当に気のせいだったのかな) 少しだけ気になった名無しだが、男の言葉に気のせいだったのかと思い直す。 「ごめんなさい。私の思い違いだったみたいです」 「ん!じゃ、行こっか!」 後ろで手を組んだまま、半兵衛はちょこんと首を傾け、にっこりと目を細める。 (ううっ…。私よりもよっぽど半兵衛殿の方が可愛いですよ!) 先程半兵衛は名無しの事を可愛すぎる≠ニ褒めてくれたが、こんな彼を見ていると、名無しはつい白旗を上げたくなってしまう。 男性としては小柄な方に入る体型と中性的な美少年然とした彼の容姿も大きく関係しているのかもしれないが、明るくて、クルクルと表情が変わる半兵衛の仕草は、なんというかこう、例えるなら小動物のような動きで無性に可愛いらしく見えるのだ。 (普通、男の人に可愛いなんて言ったら怒られちゃうと思うけど) これが三成や宗茂辺りの男性だったら『可愛いなんて言われて喜ぶ男がどこにいる!』と鋭い目付きで叱り飛ばされそうな気がするが、半兵衛に関してはそうではなかった。 半兵衛の場合、己が類い希な美少年顔である事と女心をくすぐる言動を彼自身で自覚しているのか、『やっぱり〜?俺って本当に可愛い男でしょ!』と、素直に褒め言葉として受け止めてくれるのだ。 そんな所も憎めなくて、名無しは今ではすっかり半兵衛に心を開いていた。 普段から押せ押せで、男らしくて、ガタイが良くて、いかにも『男』という感じの男性陣ばかりに強引に迫られ続けてきた名無しにとって、半兵衛は今までになかった『俺って可愛いでしょ?』のニュータイプ。 下手をすればその辺の女達よりも可愛げがあるように見える半兵衛が他の男性達とタイプが違いすぎて、いつしか名無しの中では知らず知らずのうちに 半兵衛殿は他の男の人達と違う 半兵衛殿は怖い人じゃない。信頼できる人 半兵衛殿は、絶対に私が嫌がるような事をしない という半兵衛に対する仮想のイメージを作り上げていた。 それが名無しの浅はかな間違いであった事に、後々気付く事になるのだけれど。 「いやー、やっぱ食事の後は白玉ぜんざいに限るよね!」 人気メニューの焼き魚定食をペロリとたいらげた後、半兵衛は名無しにおごってもらったデザートを頬張っていた。 ご機嫌顔で次から次へとぜんざいを口に運んでいく半兵衛の姿を、女官達がキャッキャしながら遠巻きに眺めている。 「あーん、半兵衛様ったらいつお会いしても素敵!」 「カッコイイとカワイイが両方絶妙なバランスで混在している感じよね、半兵衛様って」 「普段すごーく可愛らしいのに、たまに見せる真剣な顔付きや色っぽい眼差しがたまらないのよね!」 これでも半兵衛に聞こえないように十分声を潜めているつもりなのかもしれないが、彼女達の会話は名無しの耳にもバッチリ届いていた。 (すごいなあ。やっぱり女子にもすごい人気なんだな、半兵衛殿) 幸村達など、女性陣に大人気で黄色い声援を浴びせられているモテ男達と常日頃から接している分こういった反応にも慣れている名無しだが、それでも改めてこんな光景を目の辺りにしていると感慨深いものがある。 「ね、これめちゃくちゃ美味しいよ。名無しさんも半分食べる?」 「えっ?」 「はい、あーん」 「!!」 あっ、と思う暇もなく、『あーん』の時点ですでに口元に押し付けられていたスプーンの先に、半ば反射的な動きで名無しは口を開いてしまう。 パクッ。 (…!た、食べちゃった!!) ゴクン。 男に促されるまま『あーん』してしまい、完全にぜんざいを口に含んでいる自分に気付き、名無しはボボッと頬を染めながらゆっくりとデザートを飲み込む。 [TOP] ×
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