異次元 | ナノ


異次元 
【略奪遊戯】
 




「この前も人妻の貴族女を大好きだよ、早く旦那と別れて俺と一緒になろうね≠チて会う度に口説いてたんだけどさ、夫に対して誠実でごく普通の貞淑だった人妻が俺にメロメロになっていく過程が面白くてたまらなかったんだよー。あ、でももうとっくに飽きたから結局は捨てちゃったんだけど。最後の別れ話の時、本気で泣いちゃっててちょっとカワイソウだったかな?」
「お前……」

ふふっと笑いながらあっけらかんと言い放つ半兵衛に、宗茂が苦笑を漏らす。

「そんな事ばっかりやっていると、いつか女に刺されるぞ」
「わあ、ご忠告ありがと!でも宗茂さん、俺もその言葉をそっくりそのまま君に返すよ。君がこの城に来てから泣かせた女は10人や20人じゃ下らないって話、俺の耳にもちゃーんと届いてますよ?」

内緒にしておいてあげてもいいけどね!と告げる押しつけがましい半兵衛の笑みに、宗茂はやれやれといった様子で肩をすくめた。

知らぬ顔の半兵衛≠ニいう彼の称号は確かに本物だ。

彼の天才的な算段が発揮されるのは戦場だけではなく、恋愛方面においても素知らぬ顔で女心を散々に引っかき回しているらしい。

しかし、それですら半兵衛のような男にしてみれば、真実の愛などというものには程遠く、今後の自分の仕事に活かす為の単なるデータ収集や人間観察の一種くらいの意味合いしか持たないのだろう。

(こいつが女に生まれていたら、きっととんでもない小悪魔だっただろうな)

そんな事を考えて、いや、男に生まれた今でも十分立派な小悪魔…、もとい大∴ォ魔だと考え直し、宗茂は呆れたようにして口元を緩める。

間近で観察するのは叶わないだろうが、半兵衛のような男がその手強い女とやらに本気で口説きにかかる時にはどんな方法で攻めていくのか、参考までにちょっと見てみたい所ではある。

「恋人が出来たら、お前に取られないように気を付ける必要があるな」
「や、それを言うなら俺もですよ。正則さんの台詞を借りる訳じゃないけど、この城には君みたいな腹が立つレベルのモテモテイケメンがうじゃうじゃいるんだから。俺も自分の女を取られないように気を付けないと!」

恐ろしい台詞をさらりと吐きながら、宗茂と半兵衛が互いに牽制し合う。

話の内容だけ聞いていると随分殺伐とした空気が両者の間に流れているように感じるが、当時同士はまるで明日の天気の話でもするようにして軽い口調で語り合っている。


「本当にね、気を付けないと…。せっかくいい子を見付けたところなんだから。────邪魔をされちゃ困るよ」


ポツリ、と、半兵衛の口から潜めた声が漏らされる。

しかし、その声は他人には聞こえないような小さなもので、半兵衛の独白は宗茂の耳には届かない。

「……半兵衛?」
「ん?何でもなーい。ささっ、飲も!宗茂さん。酒はまだまだ余ってるよ!」

言い様、慣れた手付きで盃に酒を注いでいく半兵衛の行為につられるようにして、宗茂が反射的に盃を受け取る。

(今、何か聞こえたような気がしたが…)

怪訝に思った宗茂が半兵衛の顔をじっと見つめてみても、相変わらずニコニコと笑っているだけで宗茂の視線に対する半兵衛の反応はない。

こうして、すでに酔い潰れてしまった正則をよそに、残った男二人だけで飲み会はさらに続けられていった。




その翌日。

この日、名無しは午前中一杯臨時会議が入っていた。

13時半近くになってようやく会議が終了となり、これから昼食を取ろうとして資料を抱えながら会議室を出た直後、名無しの背後から謎の声が響く。

「名無しさーんっ」

自分を呼ぶ声に名無しが声のする方に振り向いてみると、そこには半兵衛がブンブンと手を振りながら立っていた。

「半兵衛殿…!どうなさったのですか?こんなところで。誰かと待ち合わせですか?」

半兵衛に気付いた名無しはにこやかに微笑みながら、男のいる方に小走りで駆けていく。

すると半兵衛は両手を後ろで組んで軽く首を傾げると、可愛らしい上目遣いで彼女を眺めた。

「うふふ、名無しさんに会いたくて待ち伏せしちゃった〜。今終わり?」

あなたに会いたくて待ち伏せしました。

普通の男がすれば『やだ!もしかしてストーカー!?』と思われてしまうような行為でも、半兵衛はイケメンなので問題ない。

名無しもまたそんな半兵衛の発言に何ら警戒心を抱く事もなく、それどころか嬉しそうな微笑みを浮かべて彼の言葉に頷き返す。

「はい。丁度今会議が終わった所なんですよ。半兵衛殿もお昼休みですか?」
「そうなの。ねえねえ、じゃあ一緒にご飯食べようよ。君と食堂に行きたくてずっと待ってたんだよ。俺もう待ちくたびれちゃった。すっかり腹ペコでさー!」

あの竹中半兵衛に甘い声で会いたかった≠ニ言われ、わざわざ廊下で待っていて貰える。

キラキラと眩いばかりの美少年顔で満面の笑顔と共に自分の名前を呼ばれ、君と一緒にご飯を食べたいからずっと待っていたと告げられる。

そんな風に口説かれて、彼の誘いを拒否できる女なんてこの世にいるのだろうか?

「お待たせしてすみませんでした。半兵衛殿とご一緒出来るなんて、私も凄く嬉しいです!」

笑顔で了承の返事を述べる名無しに、半兵衛もどこかホッとしたように口元を綻ばせる。

「良かったー。断られたらどうしようかと思っちゃったよ。一応、断られた時の言い訳も用意していたんだけどさ。使わなくて得しちゃった」
「ふふっ。半兵衛殿のお誘いを断るなんてことはしませんよ!半兵衛殿は、今日は何を召し上がるのですか?」
「んー、本当は焼き魚定食にデザートで白玉ぜんざいを付けようかなーと思ってたんだけど。今月ちょっと財布がピンチだからさー、ここは一つ定食だけで我慢しておこうと思って」

すっきりと整った顎に指を添え、半兵衛が迷うようにして呟く。

そんな半兵衛を、どことなく新鮮そうな眼差しで名無しが見つめる。


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