異次元 | ナノ


異次元 
【略奪遊戯】
 




そういう場合、相手の本性に気付いた時には大抵すでに深みにはまった後である。

逃げだそうにも逃げ出せず、さらにドツボにはまっていくだけ。ジ・エンドだ。

「天使の顔をして人を騙すのが、悪魔ってやつさ」

ぐいっ、と盃を一思いにあおり、半兵衛はそう呟く。

男を油断させて自らの陣地におびき寄せ、相手が自分の正体に気付く前に罠に嵌める。まるで蟻地獄だ。

昼は淑女、夜は娼婦。まさに男の理想を地でいくような二面性のある女性。

汚れない天使の顔の裏側に、とんでもない悪魔な魔性を秘めている。

「どうせ戦いを挑むなら、俺はそういう女の方がいいねー。見た目も中身も素直な小悪魔系の初心者向けよりは、より用心を入れてかからなければならない上級者向けがいい。その取り澄ました化けの皮をベリッと剥がしてやりたいじゃん。腕が鳴るよ」

半兵衛はニッと笑うと、空になった盃に自ら手酌で酒を注ぐ。

そもそも小悪魔系の女性、というだけで世の一般男性にしてみれば扱い辛く、その時点ですでに上級者向けだと思うのだが、そんな女性達をあっさりと初心者向けと言い放つ所が半兵衛らしいと言えばそうなのだろうか。

相手の取り扱い法≠ェ簡単に読めるような単純な女には、大して興味がない。

手強い女の方が戦いを挑む相手として不足はない、ときっぱり言い切る半兵衛の発言には、彼の男としての自信がこれでもかと満ち溢れていた。

「そういうところ、お前らしいな」
「ん?何が?」
「あえて難しい相手を攻略しようとするところ。いかにも軍師らしい」

難攻不落の城を攻め落とすのが軍師としての腕の見せ所だと言うのなら、その『城』をそのまま『女』に置き換えたものが半兵衛にとっての恋愛観らしい。

「それは褒め言葉として受け止めておいた方がいいのかな?ありがと!」

揶揄する宗茂に、悪びれる様子もなく半兵衛は言う。

「でも、俺から見れば宗茂さんもそんなタイプに見えるけどなあ」
「……何?」

唐突に漏らされた半兵衛の台詞を聞いて、宗茂の眉がピクリと動く。

「簡単に自分に惚れてしなだれかかってくる相手よりも、ちょっと素っ気ない反応で手応えが掴みにくいくらいの女の方が好きでしょ。宗茂さんって」

含み笑いを浮かべながらそう断言する半兵衛を、鋭い双眼で宗茂が見返す。

半兵衛の予想は確かに当たっていた。

タッパはあるし、すこぶるつきのイケメンだし、一目でこいつは女に不自由した事のない人間だろうな≠ニ分かる宗茂だが、普段から女性達に追われる立場な分、一筋縄ではいかないような女性の方が好きだった。

文武両道で武将としての地位や実績も築き、男としての高いプライドと自信を兼ね備えた彼だからこそ、あっさりと自分に惚れるような簡単な相手より逆の相手の方に惹かれるという性質があった。

堕とすまでのプロセスをじっくり楽しませてくれる女性。

むしろ、いつになったら自分の手に堕ちてくれるのか、全く予想が付かない相手。

そういう意味では、半兵衛と自分の好みは確かに似ているのかもしれない。

「……まあ、確かに言われてみればそうかもな」
「でしょでしょー?俺の読み、結構イイ線いってるでしょ。やっぱ宗茂さんってそういうタイプの男だったんだ。いや〜、俺達似た者同士だねえ。親近感抱いちゃうな〜」
「ふん。勝手に言ってろ」

半兵衛に言い捨てる口調そのものは素っ気ないが、そう答える宗茂の口元は柔らかく笑んでいる。

「ていうか、俺達だけじゃなくてこの城にはそういう男が多いんじゃないかと思ってるよ」
「この城?」
「石田三成、加藤清正、島左近、直江兼続、浅井長政、真田幸村…。みんな普段から女に追いかけ回されているモテモテイケメンの集まりだし、黙っていても自分達にすり寄ってくる女達は掃いて捨てるほどいるからねえ。そういうのに飽き飽きして堕としにくい相手に惹かれちゃう、っていうのはうちの武将の共通項じゃないのかなあ」
「……。」
「やば、そう考えるとライバル多そう〜!」

プウッとふくれっ面を作った半兵衛が、次の瞬間にはにっこりと笑う。

一見人好きのする、この陽気な笑顔が実は曲者なのだ。

(そうかもしれんな)

素直に認めてやるのは癪な気もするが、半兵衛の言う通り、この城には自分達以外にもその手の女が好きそうな資質を備えた男達が複数いるのは事実。

もしそんな自分達の好み≠ノヒットする女がこの城内にいたとしたら。

ライバルが多いとぼやく半兵衛の読み通り、最悪狩り場≠ェ被ってしまう可能性もあるかもしれない。

「あとは…、そうだなあ。手強い女が好きと言えば、その延長で俺、他人の女とか好きだなあ」
「!」
「他の男が狙っている女とか、他人の恋人とか。……人妻とかね」

あんまり大きな声では言えないけどね、なんて言葉を申し訳程度に付け加えながら、楽しそうに半兵衛は述べる。

「だってさ、戦で敵の陣地を奪い取るのも、敵の城を攻め落とすのも、要は『他人のモノを奪い取る』、じゃん」

戦で勝つという事は、要するにどれだけ他人の持ち物を自分の持ち物として奪い取れるかということだ。

長引く戦いにおいて常にその事ばかりを考え、その為にはどうしたらいいのかという戦略を編み出し、土地も兵力も武器も食料も城の女達も、敵の持てる物を情け容赦なく巻き上げる。

軍師という立場上、そういう方面の仕事にばかり長年従事してきた事もあって、プライベートの恋愛においても所有者がいないモノより他人の所有物を奪う方により大きなロマンを感じる、と半兵衛は言った。


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