異次元 【略奪遊戯】 「失恋したとか、嫌な事があった時には酒を飲んで寝るに限るよ。まー、正則さんも可哀相な目に遭ったとは思うけどね。150万、かなり高く付いたけど良い勉強代になったと思うしかないんじゃない?」 笑いながら言う半兵衛の視線が、酔い潰れた正則に落ちる。 「ホント、女は魔物だからねえ…」 半兵衛は意味有りげに告げると、フフッと口元に妖しげなアルカイックスマイルを浮かべた。 黒目がちの大きな瞳が、どことなく猫科の動物っぽい。 (そんな事を言うコイツの方が、見た目の美少年顔と実年齢が伴わない、ある意味魔物のような存在だと思うがな) チラリと半兵衛を横目で見ながら、宗茂は心の中で毒づく。 宗茂がそう思うのも無理もないほどに、この竹中半兵衛という男性は見た目と実年齢、中身に大きなギャップのある人物だった。 サラサラッとした短めの黒髪に黒目がちな瞳、人形のように整った顔立ち、未だ声変わりをする前のように中性的な声を持つ半兵衛は、見た目の印象だけでいうならどこからどう見ても10代の美少年。 しかし、その実は宗茂達よりも遙かに年上の大先輩であり、あの黒田官兵衛よりも二つ年上だと知った時にはさすがの宗茂も驚いたものだ。 『知らぬ顔の半兵衛』の通り名を持ち、幾多の戦を勝利に導いてきた彼は自分達の先輩として、同じ軍に所属する仲間として尊敬の対象であるが、その反面、彼のプライベート関連については宗茂から見ても謎に包まれている。 優れた頭脳をフル活用した知的戦略が大の得意という割に、趣味は勉強ではなく昼寝というブレのある存在。 実際執務室や廊下、縁側など至る所でぐうぐうと半兵衛が気持ちよさそうにうたた寝をしている姿を宗茂は何度も目撃していた。 類い希な才能と美貌を持ちながら、全く掴み所がない。天空を自由気ままに漂う雲のような存在。 宗茂の中では、半兵衛はそう位置づけられていた。 「名軍師様の口からそんな台詞が出るとは驚きだな」 からかうようにして漏らされた宗茂の一言に、半兵衛は『ん?』と短く聞き返す。 「世の中に知らない事などなさそうなお前の事だ。戦に関する事だけでなく、異性の事も全て手に取るようにお見通しではないかと思ったが」 薄く形の良い唇から紡ぎ出される宗茂の声は、しっとりとした低音の響きを持って聞く者の耳に心地よく届く。 立花宗茂は、美形揃いの豊臣軍の武将達の中でもトップクラスを争うと言われる精悍な美男子だった。 スラリとした彼の高身長は、パッと見た感じだけで190p近くあるのではないだろうか。 無駄なく鍛えられた逞しい肉体と、うなじが隠れる辺りでカットされた癖のない髪、意思の強そうな眼差しと清潔感の溢れる美しい顔立ちは、きっと誰もが好感を持つだろう。 そんな宗茂の突っ込みに、これまた眩しい程の美少年顔で微笑みながら半兵衛が返す。 「そう言ってくれるのは嬉しいけど、それは買いかぶりすぎってもんだと思うよ。俺にとっても女は永遠の謎ですよ。まあ、簡単な女は余裕かもだけど、少なくとも御しにくい女に関しては」 「御しにくい女…?それは具体的にはどういう女だ。俗に言う小悪魔系とか女王様系とかいうタイプの女か。男にとって攻略しにくい女の事か?」 疑問に思った宗茂が尋ねると、半兵衛は面白くてたまらないといった素振りでコロコロと笑う。 「やだなあ、宗茂さん。そんな女は簡単すぎるよ。そうだねー、俺が言ってるのはまず見た目と中身にギャップがある事。その上、深く付き合うまで…、というか、深く付き合ったとしてもなかなか相手の心が掴みにくいタイプの事!」 宗茂の質問に対する半兵衛の回答はこうだった。 男にとって一番見極めが簡単なのが、見た目も派手で、言動もバカっぽくて、見るからに露出度が高くて貞操観念がユルユル系の簡単にヤラせてくれそうな女子。 いわゆるギャル系。これが最も手頃で簡単。 ただし、夜の商売をしている女は除く。彼女達はそれが素という訳ではなく、戦闘用にわざとそういうキャラを作り込んでいるケースが多いため。 次に判断しやすいのは、外見からしてセクシー系の衣装を纏い、言動も男を振り回すような小悪魔系・女王様系女子。 見るからに付き合うのに金も手間暇もかかりそうで、この女を自分だけのモノにするには相当な労力がかかりそうだな…と思えるようなタイプ。 だが、これらの女性は実はそれほど手強くはない。 何故なら見た目からして 『あたし小悪魔系女子ですよ、女王様ですよ』 『他にも男一杯いますよ、あたしと付き合うとお金もかかりますよ、男を散々に振り回しますよ』 『それでもいいっていう猛者のみあたしに声をかけてきて!それ以外の根性なしのヘタレ男はノー・サンキュー!』 と女の方から情報発信してくれているからだ。 つまり、私はこういう女です、と女の方から攻略法と自らのレベルを男に明かしてくれている事になるので、ある意味とても親切だ。分かりやすくて扱いやすい。 その手の女にはそれでもいい!と思った男のみアタックすればいいのだし、自分はちょっと苦手だな、自分の手には負えないかも…と判断したら男の側で事前に回避する事も出来る。自己防衛が可能だ。 「そういうのに比べたら、見た目はフツーなのに一皮剥いてみたら中身が小悪魔や女王様、っていうのが俺から見ればよっぽど手強いと思うね。第一印象でフェイクかけてくるんだもん。男を油断させる術に長けているんだもん。それって、すんごいタチが悪いよ」 見た目がユルイ女。小悪魔な女。女王様な女。 そういう女は男の方も『こいつに近付いたらダメだ』と防衛する事も可能だが、『見た目が普通』系はそれが出来ない。 この子はいい子だな。清純そうだな。恋人や奥さんにするのにいいタイプだな。 普通っぽいし、優しいし、人懐っこいタイプだから、この子なら俺みたいな男でもチャンスがあるかも。 というか、むしろ俺に脈有りかも。よーし、頑張ってアタックしてみようかな…! そうやって男の警戒心をゼロにしておいて、いざ付き合ってみたらとんでもない女だった、と後から気付いてももう遅い。 [TOP] ×
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