異次元 | ナノ


異次元 
【略奪遊戯】
 




すっかり夜も更け、深夜の時間帯に突入した頃。

豊臣城の一室で右手に掴んだ酒の瓶をドンッ、と畳の上に置き、福島正則があぐらをかく。

「えー、諸君!この度は俺の失恋記念日にお付き合い頂いてどうもありがとー!」

妙に明るいノリの口調で言い捨てる正則の視線の先には、同じ豊臣の武将である竹中半兵衛と立花宗茂が苦笑混じりの表情を浮かべて座っていた。

この日は彼の発言通り、正則が半年付き合った彼女と別れたという失恋記念日であった。

こんな時には目一杯酒を飲んで忘れるに限る!気心の知れた仲間に打ち明け話をして、パーッと騒いで気分転換をするに限る!と思った正則は、例によって丁度その辺を歩いていた適当な人物を説得し、酒の席に同席させる事にした。

それが今回、たまたま彼の目に留まったのが半兵衛と宗茂の両者だったという訳だ。

宗茂に関しては以前も同じパターンで清正と共に正則の失恋話に付き合っていた経験があるため、正則に声をかけられた当初、目に見えて『またか…』『こいつも懲りないな』という顔をした。

しかし、好奇心旺盛の半兵衛が『いいじゃん、いいじゃん!同じ軍に所属する武将のよしみでちょっくら話くらい聞いてあげようよ。俺、丁度退屈していた所だしさー!』とノリノリで参加の意思を表明した為、宗茂も溜息混じりに同意する。

『仕方ないな…。俺は明日早いから、そんなに長居は出来んぞ。それでも良ければ』
『よっしゃあー!さっすが宗茂だぜ!心の友よーっ!!』

こうして、半ば正則と半兵衛の勢いに引きずられるようにして宗茂も同席する事となり、計3名の飲み会という名のボーイズトークが始まったのである。




「……で?どっちが先に別れを切り出したんだ。お前からか。相手からか」

開口一番、宗茂が遠慮無く切り込む。

「相手からだよ。他に好きな人が出来たからごめんなさい、っていきなり言われちまってよぉ〜。ハァ……」
「えええっ…、マジで?それはキツイねー!」

正則が持参したつまみのイカ焼きを頬張りながら、半兵衛が目を大きく見開く。

「ていうか、なんで?今までラブラブじゃなかったの?なんの予告もなく彼女がそんな事を言い出した訳?」
「おうよ、ラブラブだったぜ!俺は十分ラブラブだと思ってたんだよ!なのに突然そんな事を言われちゃってさあ、マジへこむっつーの!」
「う〜ん…。じゃあ本当になんでだろうねえ。彼女より仕事を優先したのが気に食わなかったとか。優しさが足りないと思われたとか。プレゼントが気に食わなかったとか?女が男に愛想尽かす理由なんて、俺たち男から見りゃ大概しょーもない事ばかりだったりするからねえ〜」

ウンウンと深く頷きつつパクパクとイカ焼きを食べ続ける半兵衛を、正則が恨めしそうな目で睨む。

「ああん?大事にしてたって、俺は!そりゃ俺も豊臣の武将なんだから女より戦の方を優先していた部分もあるかもしれねえけどよ、時間を見付けてこまめにデートもしてたし、誕生日だの付き合って何ヵ月記念日とかの贈り物も欠かさなかったしよ…。金の事とか言いたくねーけど、この半年で軽く150万近くはつぎ込んだと思うぜ。これはガチで」
「ふーん。なるほど。15万ねえ。ん?違うか。150ま……、ええっ!?」
「ああ。一回軽くメシ食いにいくだけでも5〜10万出てたし。高級料亭っつーのか?俺は柄じゃねーんだけど、彼女がそういうトコ好きだったからよー」
「はああああ〜!?ちょっ、おまっ…!てか、マジでーっ!?」

苦い声で吐き出される正則の告白を聞いた半兵衛の口から、素っ頓狂な悲鳴が漏れる。

そんな彼らのやりとりをすぐ傍で聞いていた宗茂もまた、信じられないといった顔付きで正則を凝視していた。

「お前、随分張り込んだな…。何がお前をそこまでさせたんだ。そんなにその女の顔が良かったのか。それとも体か。セックスの相性が抜群に良かったとか?」

空になった正則の盃に酒を注ぎつつ、宗茂が尋ねる。

すると正則は、ハァ〜ッと深い溜息を一つ漏らすと、爆弾発言を投下した。


「言われてみりゃ確かに顔は抜群にキレーだったけどよ、体の相性までは分かんねーな。ていうか、付き合っている半年の間一度もヤッてなかったし」


………はっ?


正則の回答を聞いた半兵衛と宗茂の眉間に、深い皺が同時に刻まれる。


えっ?……えっ?


半年で150万もつぎ込んだ女なのに、その間一度もセックスしていない!?


ていうか、まだ一度もヤッていない相手なのになんでそんな大金をつぎ込んだの?

なんでヤラないの?

なんで強引にでも押し倒さなかったの?

お宅、半年の間何やってたの?

単に手を繋いだだけとか?えっ?何ソレ子供のおままごと?

チャンスは一度もなかったの?どういう事!?

「ちょっ…、なんで!?どうして何もしていないのさっ。れっきとした彼女で、お互い好き合っていたんでしょ?なんでそんな!!」
「有り得ないだろう。半年も付き合っていて一度も抱いていないとか俺には到底信じられん。 半年どころか一ヶ月でも…、俺なら付き合う事が決まったその日にでも手を出すぞ。というか、気が合えば出会ったその日の内でもいいくらいだ。お前、正気か?それともなんだ。お前は禁欲中の修行僧か!」

そんなの絶対有り得ない、男としておかしい、お前頭大丈夫か、どうなっているんだ!!とばかりに畳みかける半兵衛と宗茂の剣幕に押されるようにして、渋々といった様子で正則が呟く。

「だって…、そりゃ俺だって惚れた女なんだから抱きたかったけどよー、俺が迫ると決まって毎回『私、セックスってあんまり好きじゃないの…』とか『今、あの日だから出来ないの。ごめんね?』ってさらりと断られちまうんだからしょーがねえじゃん!」

ほら、なんつーの?俺も惚れた弱みがあってそれ以上強く言えなかったし!

つーか、相手の女が嫌がってんだから無理強いとか出来ねえじゃん!

男として、無理矢理セックスとかそんなシャバいことやってられっかよ!!

分かるかなー、本能よりも男気と女の愛を優先させるこの俺の気持ちっ。

く〜っ、俺ってしびぃー!!

……と、拳を握り締めながら鼻息荒く語る正則の姿を目の当たりにして、半兵衛が呆れて仕方ないとばかりに口をへの字に曲げる。


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