異次元 | ナノ


異次元 
【父親譲り】
 




「ほう…?」
「へえぇ……」

だがそんな名無しの気丈な抵抗は、兄弟揃ってプライドが高くて負けん気な司馬師と司馬昭の闘争心に余計な油を注ぐ。

「これはまた随分強気な態度に出たものだ。今我々が話しているのは仕事の事ではない。あくまでもプライベートな話だ。仕事の事ならいざ知らず、それ以外の時間までお前に指図される謂われはないはずだが」
「ああ〜、そうなの名無し。お前って、そういう態度を取っちゃうの。俺が散々お願いしているのにそういう可愛くない事を言うわけだ。へぇぇ〜、あっそう。マジで可愛くないわその態度。俺の中にある可愛い名無しのイメージが潰れまくり…!」

急に二人の声のトーンが変わった事に気付き、名無しが『えっ』と小さな声を出す。

「あるまじき態度だな、これは」
「ほんとですよ。これ矯正した方が良くないですか?兄上」
「口で言っても分からないやつは体で分からせてやった方がいいな」
「ですよねー。兄上、どうします?」

名無しに聞こえないようにしているように見せかけて、ちゃんと聞こえるように音量が調整されているようなヒソヒソ声と、胡散臭げな司馬師と司馬昭の視線が正面から名無しにグサグサと刺さる。

「聞き分けの悪いペットには躾が必要だろう。ここはスマートに鞭で行くか」
「まっ、仕方ないですね。じゃあ、名無しが暴れないように手っ取り早く羽交い締めにしちゃう?」

顔を寄せ合ってクスクスと笑い合う美形兄弟の妖しい眼差しと言葉の意味を悟り、名無しの全身に何とも言えない緊張感と不安が走る。

えっ?何これ。私ちゃんと自分の意見を伝えたのに。子元と子上の要望を尊重した上で、一番ベストな回答を述べたと思ったのに。えっ?えっ?

「私に逆らったらどうなるか分かっているはずなのに。それでもあえて逆らうということは、よっぽど虐められるのを望んでいるんだろう?」

怯える名無しの気持ちを見透かして、司馬師がニヤリと笑う。

「なっ…、何を馬鹿な事を言っているの?ちょっと…子元、子上っ。何で二人してこっちに寄ってくるの?ちょっと…本当にイヤ!何をするのっ!?」

名無しが非難の目付きで思い切り睨み付けてやっても、二人はどこ吹く風。

「さあ。なんだろうな?」
「なんでしょうねえ〜」

名無しの反応が面白くてたまらないといった様子で、司馬師と司馬昭は意味有りげな薄い笑みを口元に貼り付けながらじりじりと名無しの方に近付いてくる。


良く分からないけど、何かされる。絶対に何かされる。


これ以上この二人を刺激するのは危険だと、私の本能が告げている!!


「お…お願い…やめて…。鞭って何?本当に…ひどいことはやめて…!」

獲物を狩る獰猛な獣のような男達の眼光に怯えきってしまい、名無しは今にも泣き出しそうな瞳で震えながら訴えるも、彼女の言葉は男達には届かない。

「ハハハ。そっか、もう降参かー。素直でいいね名無し。じゃあ…ごめんなさいは?」

人好きのする懐っこい顔で、司馬昭がニッコリと笑う。


今頃謝ったところで、絶対に許してなんかやらねえけどね


笑顔だけは爽やかなのに、そう言いたげな凶暴なオーラを全身から発散させている司馬昭の黒い笑みに気圧されて名無しが萎縮する。

「その程度じゃダメだな。コケにされた気が済まん。こういう生意気な女には、もっと強い辱めを与えないと」

司馬昭の言葉に上乗せするようにして、司馬師が別の謝罪方法を提案する。

「辱めですか」
「そう。辱めだ」
「いいですねえその言葉。俺、もう大好きです」
「そうだろう。私も大好きだ」

クスクス。

さっきまでの言い争いはどこへやら、仲睦まじい様子で二人が言う。

思えば、司馬師と司馬昭はいつもこうだった。

一旦喧嘩となるとちょっとやそっとの事ではお互いにライバル意識を剥き出しにして相手に譲らないくせに、かたや双方の利害が一致した時には驚くべき程のコンビネーションの良さで共同戦線を張ってくる。

戦場で命懸けの戦いを繰り広げたり、城内で仕事をする時にも二人でそれぞれの役割を分担して見事な働きを見せる司馬兄弟だが、その効率的なやり方は名無しを虐める時にも発揮されるようだ。

その事を思い出した名無しの脳裏に、今更ながらの深い後悔と動揺と絶望がよぎる。

つい数分前まで陰険な口喧嘩をしていたのに、こんな時だけ二人でガッチリ協力するなんて!ずるい!!子元も子上もずるい!!


あの笑みが怖い。口調が怖い。鋭い視線が怖い。


二人とも、私に何をさせるつもりなの……!?


恐怖に引きつった顔で震える名無しを鋭利な双眼でたっぷり見下ろした後、司馬師がゆっくりと口を開く。


「そうだな。まずは…両手を頭の左右に添えてぴったりとくっつけろ。手の平はこちらに向けて。その状態で少しだけ手の平を曲げる」
「……えっ?」


始め、司馬師に何を言われているのか分からず、名無しはポカンとした顔をした。

「いいから言われた通りにやれ」

しかし、有無を言わさぬ司馬師の強い口調に押され、名無しは弾かれたようにしてさっと両手を頭の上部に持って行く。

「違う。もっと手は上だ。そこで手の平をくの字に曲げる。やり過ぎるな、少しでいい。……そうだ。その感じだ」
「こ…、こう?」

司馬師の指導を受けながら名無しが最終的に取ったポーズは、俗に言う『猫耳ポーズ』だった。

まるで萌えキャラのようにして自分の両手で猫耳を作り、これでいいの?と言いたそうに不安げな瞳で見上げる名無しを、満足そうに司馬師が見る。

「それでいい。では次だ。そのままの格好で軽く首を傾げて、上目遣いでこちらを見る」
「えっ!?ちょっ…ちょっと待って子元っ。何それ…恥ずかしいよ!」

ますます萌えを追及するようなポーズと取らせようとする司馬師の要求にさすがの名無しも顔を赤くしながら反論したが、そんな名無しの反応すら司馬師にとってはすでに計算済み。


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