異次元 | ナノ


異次元 
【父親譲り】
 




つまりは、こういうことなのだ。


彼らの口ぶりから想像するに、一人の女性として自分を欲しがっているというよりは、もっと軽い存在として扱われているような気がする。

自分達にとって不利な事を言ったりやったりしない、都合の良い家政婦か雑用係の代用としてこいつは私or俺のもの≠ニ召使いのように見られているだけのような気がするのだ。

『もうっ。あなたたち、いい加減にしなさい!』

似たような遣り取りが過去にも何度も繰り広げられ、その度に名無しは腰に両手を当てて二人を叱っていたのだが、そんな彼女の怒りなど司馬師や司馬昭は何のその。

『この私に意見するとはいい度胸だな。そんなに私に虐められたくて仕方ないのか?だったらお望み通りにじっくり虐めてやるぞ。このM女』
『ハハッ!そんな風にして無理矢理怒った顔を作っても意味ないよ〜ん。怒ったお前も可愛いぜ、名無し!』

と、整った顔に悩ましい笑みを浮かべ、小馬鹿にしたような口調で上から目線で逆にやり返される。しかも二対一で反撃されるのだからたまらない。

『だっ…、誰がM女なものですか!違います!!』
『私、本気で怒ってるんだってば!』

と名無しが必死に言い募っても、結局最後はこの二人によって名無しは上手く言いくるめられる。

司馬師と司馬昭が司馬懿に似ているのは見た目の良さや頭の回転の速さだけでなく、ああいえばこういうという言葉の巧みさまで良く似ていた。

(ううっ…。胃が痛む。私の平穏な昼休みはどこへ…)

相変わらず名無しの気持ちなどお構いなしに言いたい放題・やりたい放題の美形兄弟に反論してやりたい気持ちも山々だが、これ以上余計なトラブルに発展するよりはとにかくこの場を早く収めたい。

そう思った名無しは半ば諦めたようにして溜息を一つ零すと、睨み合ったままの司馬師と司馬昭に向けて言葉を放つ。

「はぁ……。あなたたちの言いたい事は分かりました。分かったから……じゃあこうしましょう。今日仕事が終わってからまず子上の晩ご飯を作って、それから子元の所に行って部屋の掃除を手伝うことにします。それなら二人の要望が通るでしょう?ねっ、子元、子上。これでいい?」

仕事を終えてから大食漢の司馬昭の為に沢山の夕ご飯を用意して、その後続けて司馬師の部屋の片付けまで手伝うのは相当の労働量だと思うが、そうでもしなければ二人が引いてくれないのであればこの際仕方がない。

そう思い、自分が従う形で双方の折衷案を提示する名無しの発言に、何故か司馬師と司馬昭の表情がキッと険しさを増す。

「はあ…?何故そうなる。私の命令を聞くのは当然の事として、どうして昭の言う事まで聞いてやるんだ?必要ないだろう」
「意味分かんねー。この際兄上とか関係ないじゃん。ていうか、さっきも言ったけど名無しに先に声をかけたのは俺じゃん?後から来たのに名無しに頼み事聞いて貰えるなんてずるいですよ兄上。兄上を庇う名無しもずりぃ!」

司馬師と司馬昭が名無しにそう言い放った直後、両者の間に目に見えない火花がバチバチッと飛び交ったような錯覚を抱き、そんな彼らの勢いに押されるような形で名無しは思わず椅子に座ったまま微妙に上体を仰け反らせる。

多分、そういう問題ではないのだ。彼らにとっては。

兄弟二人して言い合いになった以上、単に自分の望みさえ叶えばいいというような問題ではなく、最終的にはどちらが勝者になるかというのが今の彼らにとっての目的なのだ。

司馬師と司馬昭は互いに異なる性質を持ちながらも普段はとても仲が良く、兄弟でどこかに出掛けたり一緒に行動する事も多いのだが、その反面、一旦ぶつかると異なる性質の分なかなか双方の意見が一致せず、争いが長引く事が多々あった。

ただの男友達同士とは違い、同じ血を分けた兄弟という二人は、同性である事に加えて近しい関係でもある分、外部の者には分からない男同士のプライドや兄弟としてのライバル意識が彼らの中で複雑に絡み合っているらしい。


「いいか名無し。お前が聞くのは私の声だけでいい。分かったら返事はハイだ。ハイと言え」
「違うよな、名無し。名無しは俺の面倒だけ見てくれればいいの。俺の事だけ見て、他の男の事なんか考えんなって。俺の事だけ構えって!」


─────目眩がするほどの激しい誘惑。


話の内容はどうあれ、若く美しい美形兄弟に妖艶な眼差しで見つめられ、低い声で命じられ、どちらを選ぶのかという決断を迫られる。

この状況だけ考えれば、まるで司馬師と司馬昭に熱烈に求められている構図に見えるのかもしれない。

この光景を見られたら、今まで以上にますます女官達に羨ましがられ、嫉妬の視線を浴びせられる羽目になる……のかもしれない。

(でも……、騙されないっ!!)

己に向けられた四つの魔性の瞳から放たれる女殺し光線に懸命に抵抗しつつ、甘い痺れに名無しはゴクリと喉を慣らす。

ダメだダメだ。勘違いしてはいけない。

自分は彼らに女性として求められている訳ではない。家政婦か雑用係だ。

いや違う。家政婦や雑用係の方がまだマシだ。仕事としてやるのであればちゃんとお給料を頂ける。それに比べて自分の場合は無料奉仕だ。無条件で男の言うなりになる。言ってみれば『都合の良い女』というやつだ。

彼らの表面上『だけ』の甘い言葉とイケメンフェイス、魅惑的な低音のイケメンボイスとドSでオラオラで強引なイケメンオーラという実にけしからんレベルのイケメントリプル攻撃にノックアウトされてはいけない。意識を保って闘わなくては!!

「もうっ。子元も子上もいい加減にしなさいっ。ワガママ言っちゃダメ!」

普段は優しげで穏やかな顔付きをキリッとさせて怒った顔を作りながら、名無しは司馬兄弟の追及を跳ね除ける。

「だって子元も子上も、どっちの言う事を聞いても結局どっちかが文句を言うんだもの。どちらを選んでも怒られるなんてそれこそ不毛です!私に出来るのは両方の手伝いをするだけ。それに不満があるというならもうどっちの手伝いもなしにしちゃうからね。ついでに言えば、仕事上のキャリアだけで言えば一応私の方が先輩なんだから。二人ともいつまでも子供みたいな喧嘩していないで、たまには先輩の意見を聞きなさいっ。分かった?」

名無しはムスッとした顔で軽く頬を膨らませながら、そう言って彼らを戒める。


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