異次元 【頂点捕食者】 (─────っ) もうこれ以上まともに清正の顔が見られなくて、声を聞くのも辛くて、名無しは外界の刺激を全てシャットアウトするかの如くギュッと固く両目を瞑る。 どうしよう。意識しているなんてもんじゃない。 初めてあんな夢を見てしまった3ヶ月前のあの時も、清正と鉢合わせしてパニック状態に陥ったけど。 あれから3ヶ月経った今、以前に比べてみればきっと20倍か30倍くらい清正の事を意識している。 こうして清正といると、顔から湯気が出そうなくらいにドキドキして仕方ない。 「……。」 清正は興味深そうな眼差しで、そんな名無しの姿を無言で観察していた。 ……が、少しの沈黙の後、ゆっくりと口を開く。 「ちょっと……横になるか?」 「!?」 普段よりもグッと低められた、艶っぽい清正の声。 先程までの友人然とした穏やかな眼差しとは異なり、名無しを見つめる今の清正の瞳には、チラチラと別の感情が入り交じっているように思える。 何かを見極めようとしているような、探るような男の目付き。 一体どうしたんだろう。 どうして清正まで、そんな熱っぽい眼差しで自分の事を見てくるんだろう。 なんでだろう? 「我慢するのは体に良くないぜ。布団で横になった方がいい。名無し」 「えっ…、き、清正っ!?」 そう言うや否や、清正は名無しの体に逞しい両腕を回すと、彼女の体をひょいっと軽々抱き上げてしまった。 余計に真っ赤になってあたふたしている名無しを尻目に、清正は冷静な顔でさらっと爆弾発言を言い放つ。 「無理しなくていい。俺が連れていくから」 例え清正が親切心から名無しにそう言ったのだとしても、清正のこの行為は名無しにとって地獄の責め苦だった。 自分の体を何の苦もなく軽々と抱き上げてしまった清正。なんて逞しいんだろう。なんて格好いいんだろう。 夢の中で名無しの体を易々と組み敷いた清正の力強さと男の手の大きさを思い出し、名無しはぶるりと身震いした。 名無しの心臓が、ドキドキッと脈を打つ。 意識してはダメだと分かっているのに、熱い眼差しで清正を見上げてしまう。 「下ろすぞ」 清正は宣言通り名無しを布団の所まで運んでいくと、そっと彼女の体を下ろして静かに横たえた。 まるで壊れ物を扱うような優しい手付き。 でも名無しを見る清正の眼光は、さっきからずっと暗い光を帯びている。 「なあ…、名無し」 「…?何?清正…」 「三ヶ月前、廊下でお前とぶつかった時。あれ、どんな夢を見たんだ?」 「……っ!」 清正の質問に、名無しはハッと息を飲む。 何故今更、そんな事を。 「聞かせろよ」 それは、今まで名無しと接してきた時とは明らかに違う声だった。 支配的で、独善的で、それでいてどこか甘くて、ワガママで、強引。 夢の中で散々名無しの肉体を蹂躙し、意地悪な顔とエッチな台詞で名無しを言葉責めする時の清正の声。 「そ、そんな…。私…、別に…何も……」 「しらばっくれるな」 清正の指先が、名無しの顎を掴む。 「夢は隠された願望が表れるって言うぜ」 底光りする眼で名無しの瞳を捉え、清正の舌がペロッ…と名無しの頬を舐める。 その瞬間、ひくっと、名無しの喉奥が恐怖におののく。 「や…、違う…願望なんて…違……」 「どんな夢を見ていたのか、俺にも教えてくれよ」 どこか笑いを帯びた清正の声音に、違和感を抱いた名無しが両目を見開く。 ─────胸騒ぎ。 「どうした?今更恥ずかしいもないだろう。俺に突っ込まれて、お前だって散々よがっていたじゃないか。そう言えば…今朝は騎乗位だったな」 「────…!!」 ぎくりと、文字通り体が跳ねるくらいの衝撃が名無しを貫く。 「あんなに嫌がっていたくせして、最後の方は自分から俺に跨って、腰を振って……。可愛かったぜ。名無し」 同僚武将から突然浴びせられた侮蔑の言葉に、名無しの女としての、豊臣の将としての自尊心とプライドが粉々に破壊されていく。 どうして? なんで清正がそれを知っているの。どうして私が見た夢の内容を知っているの? なんで……?どうしてっ!? 「えっ…。な…んで…?そんな……、そんな……っ」 あまりの事に、震えが止まらない。 心底驚いた様子で男を凝視する名無しを、清正の冷酷な眼がチロリと舐める。 「言い訳はいらない。見たんだろう?」 「……あ……、や……っ」 「正常位、バック、騎乗位、対面座位、背面座位、よりどりみどり。ああ…、そういえば先週駅弁もやったな。お前を抱き上げて、立ったままの姿勢で下からガンガン突き上げてやったっけ。怖かったのか、お前、よがりながら必死で俺の首に手を回してしがみついてきたよな。清正やめて、落ちちゃう、怖い、でもイッちゃう、気持ち良すぎて死んじゃう……って」 「や…ぁ…。いや……、あ……」 「今朝だけじゃないよな?3ヶ月前のあの日からずっと、似たような内容の夢ばかりお前は見ている。月に何度も。ずーっとだ……」 哀れな程に全身をガタガタさせて震える名無しを、容赦なく清正が煽る。 まるで自分の頭の中や願望を全て他人に覗かれてしまったかのような羞恥と屈辱に、名無しの両目にうっすらと涙が浮かぶ。 逃げ場のない状況というのは、きっとこのような事を指すのだろう。 獲物の逃走ルートを先読みしながら、あちこちに仕掛けておいた爆弾を順番に発火させていくような、起爆装置のような清正の発言。 冷淡な男の声と眼差しに、名無しはどんどん追い詰められていく。 「なあ名無し。何を見た?」 「……ぁ……」 ゾクッ。 名無しを見下ろす清正の鋭い双眼の中では、思わず本物の虎かと錯覚するが如く、猫科の動物のような細い光彩が金色に輝いている。 そんな事などあるはずがない。 自分の中にあるただのイメージの投影でしかないという事を承知していても、未知の恐怖を感じて名無しは完全に怯えきっていた。 この時の名無しは、倒れる直前の哀れな子鹿のようだった。 今まではなんとか己の体を騙し騙し懸命に歩いてきたものの、長い逃亡生活で精も根も尽き果てて、ついによろめいてガクリと膝を折った、手負いの子鹿。 そして清正はその瞬間を決して見逃さず、サバンナの茂みから飛び出して獲物に襲いかかり、細い喉元に勢い良く喰らい付いてトドメをさそうとする野生の獰猛な虎のようで。 [TOP] ×
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