異次元 | ナノ


異次元 
【頂点捕食者】
 




(もしかして、私ってそんなに欲求不満なんだろうか?)

持ち前の真面目な性格故、真剣にそんな事を考えて、名無しはそのような夢を見てしまった自分にカァァッ…と赤面する。

そんな…、まさか…!!

私ったら、一体何を考えているのっ。清正は同じ軍に属する大切な仲間の武将じゃない!

そっ…、そんな清正とあんなエッチな事をする夢を何度も見るなんて、清正に悪いよ!とんでもない裏切り行為だよ!!

こんな夢、恥ずかしすぎて誰にも言えない。こんな悩み、誰にも相談できない。

特に清正本人に知られてしまったら、恥ずかしくて本気で死んじゃうっ。

ああっ…、もう!バカバカバカバカ!私の馬鹿───っ!!

恥ずかしさのあまり両手で顔を覆い隠し、そのまま倒れるようにして布団に突っ伏す名無しは、激しい自己嫌悪で一杯だった。

しかし、そんな名無しの苦しみを嘲笑うかのように、淫夢は終わらない。

これで終わりますように。どうかもう見ませんように…と願うのに、数日に一回の割合で清正は名無しの夢の中にやってくる。


そして彼女を苛む淫らな夢は、いつしか現実面にも作用を及ぼし始めた。


「おはよう名無し。いい天気だな」
「あ…。き、清正…おはよう…っ」

清正の顔を見る度に、名無しの心臓は飛び出しそうなほどに早鐘を打ち、自分でも信じられないくらいにドキドキしてしまう。

甘さを削ぎ取ったような鋭い眼差し。スラリと通った鼻梁。意思の強そうな眉。形の良い少し厚めの唇。

今まで同僚武将≠ニいうフィルターがかかっていて全然意識していなかった清正の色男ぶりが、名無しの目にいたたまれないほどの鮮やかさで飛び込んでくる。


哀れな程に夢に翻弄されている名無しに対し、当の清正と言えば。


例の夢≠きっかけにして名無しが自分の事を男として意識し始めている事を鋭い勘で読み取っていたが、無論そんな程度の事では満足していなかった。

(まだまだ序の口ってところか)

清正は、じっと待った。すぐに名無しの喉元に喰らいつきたくなるような衝動を押し殺し、ひたすら待った。

それはまるで猛獣が研ぎ澄まされた爪と牙をほんの少しの間だけ隠し、草木の陰から息を潜めて獲物の動向を伺うような行動だった。

『釣りの基本は餌を投下した後はむやみやたらに竿を動かさない事だよ。様子を見ながら、たま〜にちょっとだけ動かす』
『後は気長に待つ。俺はただの置物です。人畜無害な存在ですよって顔をして、でも釣り竿は決して離さずに握ったままで、ひたすら獲物を仕留める機会を伺う……』

清正は半兵衛に教えられた助言を忠実に実行した。

ここぞという場面でしおりを使い、その後はたま〜に名無しに接近して反応を見る。

あくまでも、気の良い同僚武将という位置を保持したままで。ベタベタと名無しにまとわりつくような事はせず、軽く挨拶を交わす程度で。名無しから話しかけられたら、適度に応える程度で。

名無しといる時は決して男の部分を剥き出しにはせず、ギラギラした雄の欲望はひた隠しにしたままで。

俺はただの同僚です。お前には何の危害も加えませんよってすました顔をして。

でも、いつでも使えるようにしおりは懐に忍ばせたままで、ひたすら名無しを仕留める機会を伺っていた。

今の清正の眼に映る名無しは、さながら手負いの子鹿のようである。

すぐ近くに血に飢えた凶暴な虎が潜んでいるという事にも気付かずに、よろよろとおぼつかない足取りで虎の前を横切ろうとする、格好の獲物。ただただひたすらに美味しそうな、白い肉の塊。

野生の獣とて、何も考えずがむしゃらに獲物を追いかけるだけではない。

逃げ足が速く抜群の状態の獲物を追いかけるのは彼ら捕食者にとっても骨が折れる作業だが、怪我や飢えで弱っている獲物を発見した時はビッグチャンスだ。

(あの様子では、そう長くは持たん)

そう判断した場合、しばらく物陰に潜んで様子を見る。

どうせ逃げられるはずがないのだ。時間の経過と共に傷口が余計に広がり、体調が悪化し、衰弱するのを待つ。

そうしてもはや相手には僅かな抵抗力しか残されていないのを察した途端、捕食者は突然牙を剥く。

全速力で相手を追い詰めて背後から飛びかかり、グワッと大口を開けて相手の喉元に喰らいつくのだ。

ひとまず鋭い爪と牙を体内に隠し、名無しが衰弱していくのをじっくりと観察する。食べ頃≠注意深く見極める。

持ち前の鋭い観察眼や直感も合わさって、そういう面では、清正は実に優秀なハンターだった。


(もう少し。……もう少しだ)


ジワジワと狩り時が迫ってきているのを感じ取り、清正は己の舌でペロリと下唇を舐め取る。


近々──────名無し狩り≠フ解禁だ。




(もう限界……)

清正がしおりを手に入れてから約3ヶ月。

未だに収まる事のない淫らな夢の数々のせいで、名無しは心身共に限界近くを迎えていた。

(なんであんな夢ばっかり見ちゃうんだろう)

いくら己の気持ちを否定しようにも、現に一人の男に犯されまくる夢を延々と名無しが見続けているという事実は否定しようがない。

夢の中の清正は、言葉や愛撫の手付きこそ荒々しさを感じさせるが、名無しの体に傷を付けるような真似は一度もした事がない。

しかし、若々しく逞しい肉体を持ち、過剰なエネルギーを持て余しているようにも見える清正のセックスは、体力自慢な分普通の一般男性に比べてみれば執拗で、際限がなかった。

名無しが泣いてもわめいても、奥の奥まで清正の巨根で深々と貫かれ、グチャグチャに溶かされ、掻き回され、清正が大好き、清正じゃなきゃダメ、どうかもう許して下さい、と名無しが清正にすがり、泣きながら懇願するまでその責め苦は容赦なく続けられる。

1回、2回、3回、4回…と夢を見る回数が増える毎に色々な体位で抱かれてきたが、名無しの夢に現れる清正のここ最近のお気に入りは、背面座位だった。


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