異次元 【頂点捕食者】 「そうだ、聞き忘れた!これだけ教えて。清正さんの好きな女って、おっぱい大きい?お尻はプリプリしてる?年上の美人系?それとも年下系のカワイ子ちゃん?」 「なんだそれ。余計な詮索はしない約束なんじゃなかったのかよ」 清正の鋭い突っ込みに、半兵衛はう〜んと唸る。 「さすがにどこの誰かまでは聞かないけど、単純に清正さんみたいな男の好きな女ってどんなタイプかなーって思って」 「俺のタイプ?」 「うん。純粋な知的好奇心からって言うか、これも俺の職業病って事で」 多分、彼の言葉にウソはなく、本当に単なる好奇心から出ただけのものだとは思うが。 しかし約束は約束だとばかり、清正は半兵衛の問いを突っぱねる。 「そっちで好きに想像していればいい。胸も顔もタイプも当然秘密だ」 「あらま…、そりゃ残念」 半兵衛はやれやれといった様子で肩をすくめ、おどけた表情で受け流す。 逃げる相手を必要以上に追おうとしないこの辺の引き際の良さは、大人の余裕を感じさせる。 「ついでに俺からも追加質問だが」 「えっ、まだあるの?面倒臭いなあ。何?」 「さっき俺は雰囲気作りとかも不得意だし、好きな女と二人きりになれた所で何をどうしていいのかさっぱり分からん≠ニいう話をしただろう」 「あー、確かにそんな事言ってたねー」 「それで、好きな女と二人きりになれたとして、具体的には何をすればいいんだ?何をして間を持たせればいいのか俺には分からん」 「え?そんなの決まってるじゃん。セックスでしょ?」 清正の真面目な質問に、半兵衛は当然とばかりに言い返す。 「……本当にそれでいいのか?」 「それでいいもなにも、男と女が付き合ったら夜のお勤めは俺達男にとって大事な仕事でしょー?下らないお天気の話や服装の話、先週あった面白事件とかのネタ集めに奔走するよりも、とりあえずセックスだけでも満足させておけばあいつらは静かになる生き物だって。単純だし。女なんてそんなもの」 この小悪魔は、どうしてこう言いたい放題ズバズバと言えるのだろうか。 さすがにそれは極論過ぎるんじゃないのか。 てかお前、言い過ぎだろ?その内背後から女に刺されて殺されるぞ? ……とばかりに清正が睨み付けてやっても、半兵衛はどこ吹く風。 「だが、そればかりでは不満に思う女もいると聞いたぞ。宗茂が言っていた」 「ああ、いるねー、そういう子。好きな男に『悪いけど、お前を見ても全然勃たないんだ』『お前とはセックスしようという気にならない』って言われたら言われたで傷付くだの悲しいだの言うクセに、セックス重視のお付き合いをしてみたらそれはそれで『Hしかしない関係なんてイヤッ』『私の事、体だけが目当てなの!?』とか文句を言うんだよな〜。好きな男に性的な目で見られた方が嬉しいのか、それとも見られたくないのかハッキリしろよ!って感じ」 「そこまで極端な話じゃなくてどっちも重要でほどほどが大事≠ニか反論されたらどうする」 「あ、俺そんなワガママ女には興味有りませ〜ん。そんな面倒臭い事言い出す時点でパス。あっちもこっちも両方欲しい、なんて考え方は贅沢です」 「俺から見ればお前も十分ワガママだけどな」 「ん〜、そりゃ気のせいだね。俺のは単なる突っ込みだから!」 こんなにもお綺麗な顔で棘のある台詞を吐きまくりな半兵衛という男を見ているとよく分かるが、人間、見た目や雰囲気なんて当てにならない。 可愛い顔して人を騙すのが、悪魔ってヤツだ。 半兵衛は話し終えるとくるりと清正に背を向け、これで講義は終わりとばかりに立ち去ろうとした。 ……が、何を思ったのか、数歩歩いただけで突然振り返る。 「ああそうだ。さっき彼氏がいるか微妙みたいな事言ってたけど、もしもその子の相手が軍師だったら気を付けなよ〜」 「!」 予告無しにもたらされた半兵衛の忠告≠ノ、清正の全身に余計な力がこもる。 「身内自慢と自画自賛みたいで悪いけど、俺を見てれば分かるように、軍事面だけじゃなくて恋愛方面に置いても軍師がライバルっていうのはなかなか手強いから」 だってほら、恋は戦争っていうじゃん? 俺達軍師の得意分野・策略は、恋愛でも最強に威力を発揮する訳ですよ。 ──────分かるよね? 彼自身で前もって断りを入れていたように、物の見事に自分と同じ職業に就いている者への自慢と『俺すげー』という自画自賛としか取れないような半兵衛の発言だが、清正は全然笑えない。 普通の人間が言っている事なら『なんだよそれ』『またまたあ、大きく出ちゃって』と突っ込めるような台詞でも、半兵衛のように口調だけではなく実際に実力もある人間が口にする分には、なんとも言えないリアリティーがあった。 「じゃあ、もしお前のライバルが同じ軍師だったらどうするんだ?」 「えー、ヤダヤダ。普段から戦場で散々互いの練り上げた策をぶつけ合って命懸けの本気バトルしてるのに、なんで仕事を離れたプライベートでも軍師同士バトルしなきゃなんないの。勘弁してよ〜」 口元をへの字に歪めて吐き捨てる半兵衛を見て、彼のこの反応は決して演技などではなく、本気で嫌がっているんだろうなと清正は思った。 「本当、敵に回すとメンドイよ。悪い事は言わないから、やめておきな」 きっぱりと言い切る半兵衛に、やっぱりコイツも敵に回すと怖そう、とか思いながら清正は端整な顔に渋面を作る。 有り難い半兵衛の忠告だが、今頃言われたって後の祭り。 そのもしも≠フ窮地に、自分はすでに立たされているのだ。 そして、名無しが欲しいという己の願望を叶えようとすれば、間違いなく『あの男』との戦いを余儀なくされる。 そんじょそこらの軍師じゃない。あいつ≠ェライバル。 恵まれた容姿。恵まれた家柄。恵まれた頭脳に高い知性。女の心を弄ぶ術に長けた、禍々しいほどに美しい佐和山の狐。 (あいつなら、半兵衛相手の議論戦でもいい勝負が出来るだろうな) 素直に認めてやるのも悔しいが。 恋のライバルとして闘うには半兵衛の言葉通り激しく手強く、面倒臭そうな男──────石田三成。 「くそ…、今日は本気で疲れたな。そろそろ寝るか……」 一日の執務を終えた後、風呂に入ってさっぱりした清正は寝る準備に入っていた。 普通に仕事をするだけでも一日の終わりにはそれなりの疲労感が押し寄せるものだが、今日は特別疲れているように清正は感じた。 昼間の老婆の事といい、半兵衛の事といい。 勇気を出して質問した甲斐あって得る物も大きかった半兵衛との会話だが、立て続けに色々な事が起きすぎていたせいか、なんだか清正は余計にグッタリしてしまった。 [TOP] ×
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