異次元 | ナノ


異次元 
【頂点捕食者】
 




気の向くまま行動しているように見せながら、何もかもが計算ずくの動きで戦を勝利に導くという、『知らぬ顔の半兵衛』こと竹中半兵衛。

彼のような男性がもし特定の女性に興味を持ち、相手を自分の物にしようとするならば、一体どんな方法を取るのだろうか?

「……半兵衛」
「なあに?改まって」
「お前がもし特定の女に興味を持ち、自分の物にしたいと思ったらどんな風に進めていくんだ?相手の心を自分の方へと向かせる為に、お前ならどんな戦法を使う?」
「!!」

清正の質問に驚きを覚えたのか、半兵衛の両目がパチ、と先程よりも大きく開かれていく。

「俺は戦に関しては得意だ。敵の弱点はどこだとか、どこから攻めればより効果的だとか、どんな陣形を組めばいいかとか、どの場所に伏兵を潜ませておけばいいかとか、そういう戦術的な面なら絡繰りも得意だ。城を攻め落とす為の計画には自信がある」
「……。」
「だが俺は…恋愛方面とやらはからっきしダメだ。やるとすれば正面から告白して、相手が拒絶しても押して押して押して…力技しか思いつかない。宗茂みたいなキザな台詞も、左近みたいな洒落た口説き文句も、三成みたいな飴と鞭の言葉の魔術も俺には使えない」
「……。」
「甘い台詞とか背中がくすぐったすぎて言えないし、俺が言える女の褒め言葉なんてせいぜい『可愛いな』くらいが関の山だぜ。雰囲気作りとかも不得意だし、好きな女と二人きりになれた所で何をどうしていいのかさっぱり分からん。というか、違うな…。ただの女友達とかなら普通に過ごせるし、世間話の一つや二つくらい平気でこなせるんだが。だが一旦相手を意識してしまったら、頭の中が真っ白に吹っ飛んじまって……」

ポツポツと降らされる清正の独白を、半兵衛は黙ったままで聞いていた。

こんな事を言ったらまた茶化されるんじゃないか、笑われるだろうか…とも思ったが、意外な事に半兵衛は途中で口を挟むような事は一切せず、真面目な顔で聞いていた。

先程遭遇した不思議な老婆との出会い。そして名無しへの思いで清正の思考はすっかりこんがらがってしまい、全てを一人で処理するのはしんどくなって誰かに相談したい、話を聞いて貰いたいという思いが湧いた。

だが、相談しようにも誰に言えばいいのか分からない。

正則は絶対面白がって『誰誰!?』とか言うに決まっているし、頼りになりそうな左近はこんな時に限って遠征中。残るは宗茂と三成だが、あいつらに相談するなんて馬鹿にされるに決まっている。絶対嫌だ。

それで偶然廊下で出会った半兵衛という自分の人選もどうかと思うし、馬鹿にされるという理屈なら宗茂・三成タッグだけではなくこの半兵衛もその傾向が色濃く感じられる……ような気もしないではない。

しかし、消去法でいったら今の清正には半兵衛しかいなかった。

言ってしまった以上、もう腹をくくるしかないぜ。

そう思い、一人ハーッと深い溜息を漏らす清正を見やり、半兵衛がプッと吹き出す。


「あははっ。よりによってこの俺を恋愛師匠と仰ぐとはねえ。清正さん、君はなかなか通だねー!」


………おっ?


予想外に好意的な台詞で返され、清正の体が一瞬硬直する。

この日の半兵衛はたまたま機嫌が良かったのか、持ち前の好奇心がそそられたのかどうかは知らないが、どうやら半兵衛お得意の必殺・気まぐれ≠ェ見事発動され、清正に協力してくれる気になってくれたようだ。

「うーんと、じゃあ質問。どんな事でもまずはデータ集めから、ってね」

馬鹿にされるかと思いきや、意外に真剣な顔で聞き返してくる半兵衛に清正は逆に戸惑う。

ひょっとしてコイツ、邪悪な腹黒軍師と見せかけて意外とイイ奴なのか?

「はあ!?急にそんな事言われても…っ」
「あ、余計な心配はご無用だよ。俺って、基本的に他人の恋愛なんてどうだっていいタイプだし、誰が誰を好きだとか誰が付き合っているとかまるで興味がないから。君の思い人が誰かなんて余計な詮索はしようとは思わないし、必要以上の質問もしないし、他言はしません。ハイ、宣誓〜」

半兵衛はそう前置きすると、言葉通り掌を清正に向けて『宣誓』のポーズを取る。

どんな事でもまずはデータ集めから。

きっぱりと言い放つ彼の考え方は、いかにも軍師らしさを思わせる。

「ではその1。彼女との関係は?」
「えーと…。これ、言っていいのか?関係は……同僚」
「ふーん、なるほど。その言葉だけでも色々と絞れそうだけど、まあいいや。さっき言った通り余計な詮索はしない事にしておくから」
「……。」

清正を見る半兵衛はどこまでも冷静で落ち着き払った目の色で、野次馬根性のようなものは感じられず、この質問には本当にデータ取得程度の意味しかないらしい。

言いにくそうに微妙に口ごもる清正に何ら構う事もなく、半兵衛は続け様に質問を繰り出す。

「その2。彼女から見て君はどう?脈は有りそう?」
「それなりの好意を持たれているとは思うが、男として見られているかどうかと言えばよく分からん。自信がない」
「ええっ…、加藤清正ともあろう男らしさの塊・ムキムキマッチョマンが異性として意識して貰えてないの?男として見られているか自信がないって!?何それ!ダッサー!情けなーっ!!」
「くっ…、いちいちうるさい!お前、協力するフリして本当は喧嘩売ってるのか!?」

心底驚いた響きのある半兵衛の声に、清正はチッと忌々しげに舌打ちすると、野生の虎のように鋭い眼光で童顔軍師の顔をギラリと睨む。

「はいはい、図星を突かれたからって言ってムキにならない。可愛げのない後輩にはもう相談にのってやらないよーん」

憤る清正に品定めをするような視線をジト〜ッと注ぐと、半兵衛は器用に片眉を吊り上げる。

前言撤回。やっぱりコイツはイイ奴なんかじゃない。邪悪な上に腹黒だっ。根性ワルだっ!!


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