異次元 【頂点捕食者】 外界から完全に遮断されたかのような、薄暗くて視界も悪い、見知らぬ不可思議な店の中。 清正を見る老婆の瞳には、まるで人ではない何者かのような怪しげな光彩が輝いていた。 (何やってんだろう、俺) あれから1時間後。 城下町から戻った清正は、自分でも上手く説明が付かないモヤモヤした気持ちを抱えながら豊臣城の廊下を歩いていた。 結局あの後清正は老婆の説得に押され、件のしおりを素直に受け取ったままで城に戻っていた。 いつも見慣れた城内の風景が目に飛び込んできた途端に清正はふと我に返り、こんな怪しいしおりを持っているままでいるのも気味が悪いな、捨てようか……と何度も思ったものの、その度に迷ってしまい、結局件のしおりは今でも清正の懐の中で大事に保管されている。 狐につままれたとか、狸に騙されたというのはこんな経験を言うのだろうか。 自分自身、今己の置かれている状況が全く理解出来ていないというか、完全にポカーンとしてしまっている状態だ。 「やっ、清正さん!今日も元気に筋肉馬鹿してる〜?」 そんな清正の心境など知らぬ存ぜぬとばかりに、彼の背後から降らされる陽気な声。 自分を呼ぶ声につられるようにして振り向き、声の正体を悟った清正は『ああ』と短く呟くと、面倒臭そうに口を開く。 「なんだ。童顔オッサンか」 「なんだとはなにさ。それに俺、確かに君達よりはずっと大人だけどオッサン呼ばわりされる程の年齢でもないと思うよ?全く、これだから最近の礼儀知らずな若い子は〜」 清正の言葉に笑いながら答えたのは、年齢不詳の童顔凄腕軍師・竹中半兵衛だ。 一見子供っぽく見えてあどけない雰囲気を持つ半兵衛は見た目こそ10代の少年のように思えるが、その実は彼の台詞通り清正達よりも年上であり、あの黒田官兵衛よりも二つ年上だという立派な『大先輩』である。 実年齢を聞いたら皆仰天するような幼い顔立ちと呑気な口調からは予想が付かないが、実は神がかり的な智略の才を持つと噂される天才軍師。 『知らぬ顔の半兵衛』の異名を持ち、気の向くまま行動しているように見せながら、何もかもが計算ずくの動きで戦を勝利に導くと言われる半兵衛。 そんな彼のような男性は、根が真っ直ぐで正々堂々真っ向勝負を信条とする清正のような根っからの体育会系男子からすれば自分とは正反対のカテゴリーに属する存在であり、若干掴みづらく『得体の知れない存在』というイメージがある。 そのくせこの半兵衛ときたら、単に若く見えて頭がいいだけではない。 清正は同じ男だから同性の半兵衛を見ても何一つ心が動かされる事は無いが、もし半兵衛にこうして声をかけられたのが一般女性だったら、是非是非お近づきになりたい!と意気込むほどの美少年顔。 優れた知性と才能。そしてその辺の役者達よりもよほど華のあるルックスを持つという、実にけしからん男性だった。 「なんかさー、俺の接近にも気付かないなんて普段の清正さんらしくないよねえ。何だかよく分からないけどやたら思い詰めた顔しちゃって、すっかり上の空って感じ」 「えっ…。俺、そんなに変な顔をしてたか?」 「変だから声をかけたに決まってんじゃん。そんな当たり前の質問しちゃって。頭悪いなー」 この、妙にお軽い半兵衛の感覚が、実に食わせ物なのだ。 見かけや言葉遣いに騙されてはいけない、この男に易々と気を許してはいけないと、清正は気を引き締める。 「悪かったな、童顔オッサン」 「あーっ!また言った!一度ならまだしも二度までも。ったく〜、これだから清正さんは可愛くないっ」 「お前に可愛いなんて思われても別に嬉しくねえよ」 「本当にもう…。清正さんといい三成さんといい宗茂さんといい、この城の若い奴らは生意気な坊主達ばっかりなんだから。もっと年上を敬えよー!」 そう言ってプウッと軽く頬を膨らませながら答える半兵衛は、その仕草が余計に子供っぽさを引き立てているような気がしてやはり年齢不詳。 先程の半兵衛説明に訂正。半兵衛は一見可愛い顔立ちの美少年に思えるが、実際はあの毒舌王と名高い石田三成や立花宗茂といった武将達とも平気で丁々発止の言い合いをやってのける強者だ。 この卓越した弁舌は軍師という職業柄なのかもしれないが、それでも半兵衛の台詞にはなかなかにして棘がある。 清正の中では半兵衛と言えば天使の顔をした小悪魔、もとい『ザ・腹黒』の代表格だ。 「しかし、君みたいに仕事と筋トレの事しか頭にないような生真面目マッチョがそんな風にして物思いに耽るなんて珍しいねー。ひょっとして、恋でもしてんの?」 冗談めかした口調で清正に問う半兵衛は、明らかに彼の事をからかっている。 しかし、悩んでいた所にそのものズバリで『恋ですか?』と聞かれてしまった清正と言えば、半ば条件反射的に返事をしてしまった。 「お、おう…」 「……へっ!?」 咄嗟に半兵衛の質問に答えてしまい、しまった!!≠ニいう顔をする清正と、呆気に取られた顔立ちで妙な声を上げる半兵衛。 今更後悔しても、もう遅い。 普段の皮肉屋ぶりはどこへやら、つい年頃の青年のように素直すぎる反応をしてしまった己の行為を悔やむ清正と同様に、半兵衛もまた普段冷静な彼からすれば珍しい程に驚いた様子で目をぱちくりさせている。 「……かーっ!若いなーっ!!」 ブンブンと首を左右に振るオーバーリアクションをかましつつ、半兵衛が吐き捨てる。 「いやー、もう、なんていうかこう、青春してるよねえ〜。この戦の忙しい最中に何脳天気な事やってんのって言うか、アホらしい事やってんのって言うか、下らない事で一々悩んでんのって言うか…。あ、別にこれ悪口じゃないからね!」 「十分悪口だろ、それ」 やっぱりこいつに言うんじゃなかった。というか、むしろこいつにだけは言うんじゃなかった! そう思い、コイツの頭をぶん殴って直前の記憶を失わせる事は可能だろうか……とかなんとか物騒な考えを巡らせていた清正だが、はたとある事に気付き、途中で思考を切り替える。 [TOP] ×
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