異次元 | ナノ


異次元 
【頂点捕食者】
 




この間の事、あれは一体なんだったんだ
三成とはどういう関係なんだ!?


聞きたい事は、山ほど有る。だが、名無しが話したがらない事まで無理矢理言わせようとしたり、必要以上に彼女を追い詰めるような事はしたくない。

そう思い、互いにどう接すればいいのか、どう声をかければいいのか分からず戸惑う名無しと清正の横を、いつの間にか二人に接近していた三成が涼しげな顔で通り過ぎていく。


『なんだお前ら。喧嘩でもしたのか?』


クスッ。


わざとらしい言葉と共に唇を歪ませる、氷のように冷たい三成の美貌。

美しい人間の容姿を表す言葉はいくつもあるが、三成という男の容姿を表現するにはそのような言葉がよく似合う。

並みの美形どころか、もはや整いすぎていて隙がない。

一種近寄りがたさを感じさせる程の、禍々しさすら感じさせる冴えた美貌と妖しい色気を兼ね備える三成。

いつ見ても自信満々な彼の顔付きはそれだけでも小憎らしいが、名無しの所有権は俺にある≠ニ言わんばかりの得意げな笑みと態度はより一層清正の怒りに火を注ぐ。


『ふっ……。お前達、以前はあんなにも仲が良かったじゃないか。意外だな。何があった?』


ああそうだ。俺と名無しはあんなにも仲が良かった。あの事件≠ェ起こるまではな。


大体、三成。俺と名無しがこんな風になるように仕向けた張本人はお前だろうが!


よくもまあいけしゃあしゃあとそんな楽しそうな顔で笑いながらそんな台詞が言えるもんだ。ふざけるな!!


(名無しは何で三成の言うなりになっているんだ。なんであんな奴の物になっているんだ)


こうしている間でも三成の高笑いが聞こえてくるようで、清正は正則と一緒にいる事も忘れて一人苛立ちを募らせていく。


俺の方がよっぽど三成よりもいい男なのに。男として優れているのに。よっぽど名無しの事を大切に思っているのに。大事にしてやれるのに……。



………あの野郎っ!!!!



「あれっ!?ちょっ…、おいっ。どこ行くんだよ?清正っ」

突然立ち上がった清正を見上げ、正則が驚いたような顔をする。

「……食いすぎて腹が膨れた。このまま座っているのもキツイし、腹ごなしにちょっとその辺を歩いてから帰るぜ」

清正は正則からフイッと目を反らし、軽く顎を上げて周囲を示しながら答えた。

買い物も、食事も、トイレまで一緒に行きたがる集団行動好きが多い女達とは異なり、男の買い物や周辺探索は基本的に単独行動だ。

「おう、分かった。じゃあ俺も団子食べたら適当にその辺ブラブラしてから帰るぜ。午後の執務に遅れんなよー、清正!」

目的地に着いた後は現地解散→各自自由行動という男同士の流れに慣れている正則は、途中で席を立った清正に何の疑問を抱く事もなく、気安く手を振りながら送り出す。

清正は正則の声を背後から受けながら自分も軽く手を振ると、城下町の人混みの中へと消えていった。




「あー…、食ったな。正則の団子好きは前から知っているが、さすがに5軒もはしごすると腹にもたれるぜ。団子20本は厳しいか……」

大きな手で腹部を軽く押さえながら、清正は小さく息を吐く。

団子好きな正則に連れられてきなこ団子、抹茶団子、ごま団子、みたらし団子…と色々食べてきたが、さすがの清正も20本となると少々胃もたれを感じる。

これが肉や魚であればまだまだ余裕があったと思うが、元々それほど甘い物が好きではない清正にとって甘い物巡り≠ヘ強敵だ。

「くそ…、団子が膨張して腹が出る。城に戻ったら腹筋100回だな、これは」

苦しそうな表情で微かに顔をしかめながら、清正が己の腹部をさする。

肥満とはおよそ縁の遠い、見事に割れた腹筋を持つ逞しくて筋肉質な体型の清正だが、戦場で真っ先に敵陣へと突っ込んで行く武闘派の武将という職業柄、己の体型維持に関しては非常にプロ意識が高くストイックな思考の持ち主だった。

さっき正則に言った言葉は半分は真実だが、本当はそれだけではない。

胃もたれもあるが、名無しや三成の事を考えてムカムカしていた己の醜い顔を正則に見られたくなかったというのが正直な所だ。

そう思い、午後の仕事の為に腹ごなしがてら城下町を少し散歩して、気持ちをすっきり切り替えてから城に戻ろうと思っていた清正だが、ふと微妙な違和感を覚えてその場で立ち止まる。


(……ん?)


清正の視線の先にあったのは、一つの小さな店だった。

清正は、仕事の合間の気分転換がてら休憩時間に城下町を散策する事は度々あった。

そして、今通っているこの道も何度も通った馴染みの道なのだが、あの場所にあんな店があったなんて清正の記憶にはない。

元々一度通った道は忘れず、記憶力のいい方の清正はいつからあんな店があったっけ?≠ニ自身の記憶と照らし合わせながら不思議に思ったが、それよりも清正を不思議な気持ちにさせたのは店舗の前の雰囲気だった。

天気のいい昼間の商店通りという事もあってこの日は客足も多く、行き交う人々はあちらこちらの店で足を止めて商品を眺めたり、店員と他愛ない談笑をして楽しんでいる。

だが、この店と言えば恐ろしい程に人気がなく、誰もこの店に立ち寄らない。

それどころか、まるでこの店の存在自体が他の人々の目には一切映っていないかの如く、通行人達の目線は何故かその店には注がれない。


(……。)


なんだか気持ちが悪い、気がした。

客を招き入れるどころか拒絶しているような、暗い色で塗り潰された店の外装。呼び子一人出てこない、そもそも中に人がいるのかどうかすら分からない、人気のなさそうな佇まい。

普通の人間が見たらなんだか怖い、気味が悪い…と思うような曰くありげな店だったが、清正は自分でも分からないが何故かこの店に興味を惹かれた。

清正は普段から血生臭い戦場に身を委ね、命懸けの死闘を繰り広げてきた歴戦の武将である。普通の一般市民達とは違い、少々不気味な外観をしている程度の店舗など何の恐怖の対象でもない。


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