異次元 | ナノ


異次元 
【理想郷】
 




本人が気にしているというならまだしも、本気で恋人(伴侶)なんていらない!と思っている美男美女にとってはそれこそ大きなお世話だが、司馬昭が言った誤解というのも多分それを指していると思われる。

生まれ持った美貌を武器にし、普段から好き放題やりまくっている司馬兄弟のような男性達なら話が別だが。

司馬昭の言う通り、鍾会のように端整な美貌と明晰な頭脳を持ちながら現在フリーだと、それはそれで人々の注目を集めてしまっているのが現状だった。

「私が聞いた所によると、お前年上の女達に狙われているぞ」

背後から響く意味深な司馬師の声に、鍾会は『えっ』と短く答えて振り返る。

『鍾会様って可愛い!』
『あんなに美男子なのに、彼女がいないんだって。ひょっとして童貞!?』
『いやーんっ。お姉さんが色々先導してあげたい、教えてあげたい!』
『鍾会様と二人きりになったら、うんと甘えさせてあげたい。私の胸で思う存分胸枕してあげたい。可愛がってあげたい!』

……etc.

司馬師が自分の女官達から小耳に挟んだ情報によると、そんな風にして鍾会の事を陰で噂している20代後半〜30代の女官達や貴族女性がかなりいるそうだ。

別に年上女性だけに限った事ではなく、ハイパーイケメンの例に漏れず年下から同年代・年上と幅広い年齢層の女性からラブコールを受けている鍾会だが、単純な割合計算でいくと彼の場合は年上女性のファンが比較的多いらしい。

「飢えた女は何をするか分からん。狙った男を酔い潰して持ち帰ろうとするのは序の口。『今日は安全日だから大丈夫。中に出して!』と繰り返し男の耳元で呪文を唱えて洗脳し、既成事実を作ろうと企むくらいの事は平気でする奴がいる。奴ら、玉の輿に乗る為なら手段を選ばないからな。武将の妻の座を狙う年増女どもにハメられないようくれぐれも気を付けろよ」

恐ろしい内容をサラリと告げて、司馬師が切れ長の瞳を鍾会に向ける。

長男の司馬師は弟に比べて父親の要素を色濃く受け継いでいるのか、その性格と口調は司馬昭よりもさらに切れ味鋭く、辛口のようだ。

「そうそう。本来、エッチの時の役割からしてもハメるのは俺達男の方なんだから。女なんかに主導権を奪われんなよ、鍾会!」

対する弟の司馬昭の方は顔に似合わぬオヤジギャグをさらりとかましてくるノリの軽い男性だが、チャラそうに見えて異様な勘の良さを発揮する部分もあるので油断出来ない。

「……で、鍾会。話を元に戻すけど、お前好きな女とかいねえの?」

親しい間柄でもなかなか聞きにくいような質問でも、司馬昭はお元気?£度の気軽さで簡単に投げかけてくる。

「……好きな女性……」

司馬昭の問いを受けた鍾会が、彼の言葉を繰り返すようにしてポツリと呟く。

すぐさま『いない』と否定する訳でもなく、考え込むような素振りを見せる鍾会。

その姿に何らかの脈を感じたのか、司馬昭はさらなる追求を試みる。

「お?いるなら言えよ。水臭いなー、うちの国だろうが他国の女だろうが、鍾会の為なら全面的に協力してやるって。なっ!」

親しげオーラを全開にしながら、司馬昭が鍾会の顔を覗き込む。

他の人間にされたら馴れ馴れしいと感じるような事でも、嫌味無くこなしてしまうのが司馬昭の特徴。

「もし一筋縄ではいかない面倒な相手だったら、兄上に頼むって手もあるぜ。一錠飲ませればたちまち女が何でも言う事聞く怪しい薬とか、兄上なら色々持ってそうだし」
「……昭。お前は私をどういう人間だと思っているんだ?」

この兄にしてこの弟あり、といった感じの司馬兄弟だが、こうして見てみると互いにない物を補い合う形で意外とバランスが取れている。

北風と太陽、飴と鞭という言葉があるが、陽気で気さくなノリの司馬昭とクールで理知的な司馬師の間に挟まれる形で会話を続けていると、その流れに巻き込まれてしまうと言うか、知らない間に誘導尋問に引っかかってしまいそうな不思議な空気が生まれるのだ。

「……お前が女遊びをしたいと言うなら何も言わんし、好きにすればいい。だが逆に面倒な事に巻き込まれたくない、断る口実を作りたいならダミーでもいいから適当な女を作る方が手っ取り早いと思うがな」

涼しげな顔立ちに似合う、いかにも秀才然とした物言いで、司馬師は当たり前のように言い放つ。

女関係で苦労した事など一度もなさそうな司馬師と司馬昭の姿を前にして、鍾会の心は密かに揺れていた。


(……彼らのような男性が、彼女≠烽ォっと好きなのだろうか)


女性に対して馬鹿丁寧で、常に下手で、いついかなる時でも丁寧な口調を崩さないクソ真面目な男性よりも、

お前、馬鹿じゃねーの?
ホント、可愛くねえなあ

……と、くだけた口調で楽しそうに笑う不良っぽい男性の方が女性に人気だったりするのだ。

司馬昭を見ていると、そう思う。

男の優しさについても同じ事だ。

女性に対して大甘で、何でも許して、いついかなる時でもあなたの言う事に従います、常にあなたを最優先します!という根っからの奴隷体質の男性よりも、

お前の事などどうでもいい
女より優先する事など腐るほど有る。そこをどけ。私の邪魔をするな

……と、冷たい口調で女を軽くあしらうクールな男性の方が女性に人気だったりするのだ。

司馬師を見ていると、やはりそう思う。

まあ、どちらも全ての男がそうだという訳ではないし、『※ただしイケメンに限る』が暗黙の了解だとは思うのだが。


では、自分の『売り』は?


「あ。そうだ。エロ本で思い出しました。聞いて下さいよ兄上。名無しったらひでー事言うんですよ!」
「名無しがどうした」

聞き覚えのある名前を耳にして、鍾会の指先がピクリと動く。

司馬昭によると、先日久し振りに部屋を大掃除した際、不要になった品物と共に大量のエロ本を処分しようとしていた所をたまたま名無しに見られたそうだ。

若い男性の部屋にエロ本があるのはよくある話だと理解しているし、名無し自身もエロ本を目撃したからと言って取り乱すほど耐性のない女性という訳でもないのだが、数冊程度ならまだしも合計100冊近く処分に出していたという司馬昭の行為に量的な面での驚きを感じたらしい。


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