異次元 【籠の鳥】 そこで私も腹を割って、正直に言わせて頂くのですが。 何でこんなにも私が光秀殿の事を苦手としているのかと言いますと、彼があまりにも私に似すぎているからなのですよ。 そんな事が何故分かるのかと言われれば、『自分と同じ種族だから』とか、『自分と同じ匂いがするから』としか言いようがない。 同族嫌悪と言いますか、光秀殿の姿形や立ち振る舞いを見ていると、まるで自分をそのままそっくり鏡に映しているような。 己の悪い部分や自覚している『負の一面』をまざまざと正面から見せつけられるような、何とも言えない嫌悪感を覚えてしまうからなのですよ。 「貴方は名無しや信長様の前で余計な無駄口を叩かない、っていうだけの理由で重宝されているに過ぎません。たったそれだけの単純な事で、世間では利口者で通っているのですからね」 煩わしげに軽く眉間に皺を寄せる私を見て、光秀殿が余裕の笑みを浮かべて反論する。 「私に殿の寵愛ばかりか名無しまで盗られそうで、根拠のない嫉妬心を抱いているのですか?妬みや嫉妬の感情を人前で隠すだけでなく、それらと上手く付き合っていかないと一人前の『オトナ』とは言えません。年の割にはずいぶん大人びた少年だと思っていましたが、所詮はまだまだ子供ですね」 「それは貴方の前だからですよ。信長様や名無しの前ではこんな口はききません。私だってその辺はちゃんとわきまえていますので」 「全ては計算ずくという事ですか。蘭丸。貴方は本当に噂通りの小悪魔ですね。女性顔負けの美貌の持ち主ながら、その内面に隠された気性は実に激しい」 正面から見合う二人の眼光が、バチバチッと音が聞こえる位に火花を散らす。 低く漏らされた声の響きは、普段穏やかな彼にしては似合わない程に攻撃的だ。 「別に…光秀殿に言われたくはありません。私より貴方の方がよっぽど美しい顔をしているではないですか。誉め言葉どころか、嫌味にしか聞こえませんよ…。私はただ、あの二人の前では余計な憎まれ口を叩かないようにしているだけです。どうでもいい相手にはどれだけ嫌われても構いませんが、好きな相手には極力よく思われたいと願うので」 「自分が好意を持つ相手の前では大人しく猫を被っているが、それ以外の相手に対しては容赦がない。女のような顔をして、狡賢くて計算高い。それでは私と貴方は全く同じではありませんか?」 私と同じように眉間に微かな皺を寄せ、光秀殿が疑わしげな声を出す。 「蘭丸。貴方が私を苦手としている事は最初から分かっています。何故なら私達は同じ匂いがするから」 「!!」 「貴方も私も、自分の事が大嫌いだから。だからこそ、自分に似た人間が大嫌いだから」 言葉通り嫌そうに眉を吊り上げた光秀殿の顔立ちは、女性ならたちまち誰でも心惹かれてしまう程に美しい。 そんな彼の口から『自分が嫌いだ』という発言がなされた事への純粋な驚きに、私は大きく目を見開いた。 「そして自分とは正反対の人間を、知らず知らずの内に求めてしまう。自分にはない美点を持つ人間に、たまらない程惹かれてしまう。自分には足りない力強さや辣腕ぶりを発揮して、精力的に覇権を握ろうとする男性に対して、同じ雄として憧れてしまう」 「……な……」 「自分にはない思いやりの深さや慈愛の心を併せ持つ女性に対して、雄として惹かれてしまう。その人と一緒にいる事で、自分の欠けている部分が穴埋め出来たような気持ちになれるからです。自分は決して『欠陥品』などではない。その人がいて、自分がいて。二つが融合する事で、何か特別な存在になれると思うから。自分の魂に何か素晴らしい、劇的な変化が起こると思うから。むしろ…そう『思い込んで』いるから」 光秀殿は明らかに動揺した様子の私を見ると、何やらじっと考え込むような素振りを見せる。 そして長い沈黙の後、彼は私と自分自身の両者に言い聞かせるかのような強い口調できっぱりと言い切った。 「何故なら『彼女』の魂を生け贄に、『私』は完成するからです」 「!」 光秀殿の口から放たれた言葉の内容は、名無しに心惹かれたあの夜に私が思った事と酷似していた。 だが何故、彼もその『発想』に辿り着いたのか。そして私の心を簡単に読めるのが当然とでも言いたげな光秀殿の口振りに、私は思わず総毛立つ。 「それは……私の事を言っているのですか。光秀殿ご自身ですか。『彼女』とは誰の事ですか?」 「……誰でしょうね?」 努めて冷静な態度で聞き返そうと試みる私に向かって、光秀殿がニヤリと意味深に口端を吊り上げる。 だが、彼のそんな僅かな微笑さえも、彼の本質を知っている人間から見れば偽りの笑みでしかなかった。 「自分に命令する力のない者ほど、自分に対して『命令してくれる』者を求めます。自分の頭で物事を考えて、自分の意志で行動に移る事よりも、他人の言う通りに動いているだけの方が楽だからです。しかしそれではいつまで経っても人の上に立つ事は出来ず、『あのお方』と同じ土俵に立つことは叶いません。同じ一人の男として、武将として。自分が心底尊敬している相手だからこそ、正面からあのお方の目に映りたい」 「正面から、ですか…?」 「今は無理だとしても、いずれは『対等な存在』としてあのお方の目の前に立ちたいと願うのです」 その言葉を聞いた時、私の心は複雑な思いで満たされた。 喉元まで何かが出かかっているような、だがそれを決して吐き出してはならないような。 何か恐ろしい事が自分達のすぐ後ろにまで迫ってきているような、何とも形容しがたい不吉な予感。 ────胸騒ぎ。 「光秀殿…!貴方…もしや…」 緊張感でカラカラに乾いた喉の奥。 それでも何とか振り絞るように声を発した私の行為を遮るように、自分達の頭上から生き物の鳴き声が降り注ぐ。 中庭に生えている1本の木の枝に、いつの間にか鳥が巣を作っていたのだ。 [TOP] ×
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