異次元 【鍾会クンの憂鬱】 携帯の画面を何度も見返し、ニヘラ〜ッと笑う鍾会は端から見れば怪しい人である。 しかし、だらしなく緩みきった顔から一転、突然普段通りのクールなイケメン顔を取り戻すと、鍾会は再び新規メール画面を立ち上げた。 (そう言えば、あの二人にもいつか携帯を持ったら教えろよと言われていたような気がするな。あまり多くの人間に教えるつもりはないが……伝えておくか) 鍾会の頭に浮かんだのは、司馬師と司馬昭の顔だった。 どうでもいい人間から連絡が来るのは億劫なので、鍾会は家族と2,3人の知り合いにだけ教えておけばいいだろうと考えていた。 彼らとは親同士の付き合いもあるし、幼稚園時代からの長い付き合いだ。 それに、あの二人もまた自分のようにベタベタした付き合いを好まない部分が感じられる為、彼らになら教えても毎晩電話やメールがくるような事態は想像が付かないので大丈夫だろう。 To: 司馬師 To:司馬昭 Subject:鍾会だ 『この度携帯を買ったので連絡する。これが私のメールアドレスで、番号は090-XXXX-XXXXだ。まだ操作に慣れていない部分もあるが、よろしく頼む』 何かあったらここに連絡してこい、と以前司馬師達に手渡されていたメモに記載されていた携帯のメールアドレスにメールを送信すると、二人からほぼ同時に返事が来た。 From: 司馬昭 Subject:マジで 『お前ついに携帯買ったのかやるねー機種何?古いの?最新?次会ったら見せろよな見せねーとペナルティがあんぞ俺様を本気にさせると怖いぜ真夜中にイタ電かけまくってやるから覚悟しな 今合コン中でモデルの女の子達と盛り上がってるんでまた後で連絡するわ〜後ちょっとで全員まとめてお持ち帰り出来そうな雰囲気でイイ所だから邪魔すんなよバハハーイ』 From: 司馬師 Subject:無題 『了解した。』 男にしては絵文字使いまくりでノリノリの文章を返してくる弟の司馬昭とは打って変わり、兄の司馬師の返事はいっそ潔い程に淡泊である。 司馬師と司馬昭は対照的な性格でありつつも、意外と兄弟仲が良くて共に行動している事が多いので、もしかするとこの合コンにも二人一緒に参加しているのかもしれない、と鍾会は思った。 若くて金持ちで頭も良い美形兄弟が二人も同じ席に臨んでいる事に、周りのモデル女達とやらも全員興奮しまくってキャーキャー言っている光景がまざまざと目に浮かぶ。 (まあ、私には全く関係のない事だがな) 元来飽きっぽい彼らの事。 どうせこの女達もヤルだけヤッて飽きたらすぐにポイッと捨てられるのだろうと思うが、ちょっと顔がいいからといって簡単に体を許すような軽い女達に鍾会は同情心など感じないし、司馬兄弟がどこで何をしていようがそれもどうでもいい事だ。 ただし、彼らに劣らぬ容姿の良さを買われて『お前も来いよ!!』『今度のコンパには強制参加な!!』とか自分が言われたら面倒だが。 完全☆女GETマニュアルを読み返して、今度は女にモテるメール術とやらを勉強しよう。 そして…、そして私もいつの日か名無しと二人きりでデートに……っ!! 携帯電話という武器を得て、淡い期待に夢を膨らませる鍾会の妄想は止まらない。 懲りずにまたマニュアルに頼ろうとして『フフフ』とデレデレ笑いを浮かべながら本棚に手を伸ばす鍾会だが、実はこの時彼の背後からヒタヒタと黒い闇が迫ってきていた。 鍾会は、知らなかったのである。例の話を。 無双大学の内外問わず、名無しに必要以上に近付いた男達はその事実が発覚次第、司馬師と司馬昭によって恐ろしい目に遭わされるというあの噂を─────。 「ふっふっふ。いかにあの二人が名無しと仲が良くとも、お互いに携帯の最初のナンバーに登録しあっているという私と名無しの強い絆の中には入ってこられまい。その事実を知らないとは哀れな事だ」 そうとは知らず、鍾会は誰もいない部屋の中で独り言をブツブツ呟いて悦に浸っている。 「……!そうだ!!今度二人に会ったら私の方から教えてやろう。名無しの方からそうしたい≠ニ願い出たとな。名無しが私と話す為に何本もDVDをレンタルし、また名無しの方から電話をかけてくると言っていると!!」 好きな異性と親しくなる機会を得ると気分が高揚し、誰しも調子に乗ってしまうものだ。 司馬師と司馬昭に名無しの事を自慢できるのが嬉しくて仕方ない鍾会は、完全に周りが見えないモード≠ノ突入していた。 「名無しはどうやら私にぞっこんLOVEだ≠ニ告げてやったら、きっと彼らもビックリするだろうな!ハハハハッ!!」 鍾会、逃げて!!超逃げて──────!!!! どこかからか鍾会を救おうとする謎の声が聞こえてきたような気がしたが、すっかり有頂天になっている今の鍾会の耳には誰の声も届かない。 よし!愛する名無しとの初電話のミッションも無事に終了したし、今日はもう風呂に入って寝るとしよう!! 健康の為に30分半身浴をしつつ、時間を無駄にしない為にもその間に本を読んで勉強する!! 「♪わた〜し〜に〜か〜えり〜な〜さい〜、うま〜れ〜るま〜え〜に〜♪」 人生バラ色で脳内お花畑、ルンルン気分の鍾会は上機嫌の様子で名無しの携帯の着うたに使われていた歌を口ずさむ。 そして鍾会は大事そうに完全☆女GETマニュアルを小脇に抱えると、ウフフアハハと笑いながら着替えのパジャマを持って浴室の方へと消えていった……。 こうして鍾会は迫り来る魔の手に全く気付かぬまま、カッコ良くて頭も良いけど抜けている所も多い残念なイケメンとして抜群の安定感をキープし続けるのであった。 果たして鍾会は司馬兄弟というラスボス級の力を持つ強力コンビを単身撃破し、萌えの楽園・ハニーシロップガール名無しとめでたくイチャイチャストロベリーな仲になる事が出来るのか!? 頑張れ、鍾会クン!!負けるな、鍾会クン!! ─END─ →後書き [TOP] ×
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