異次元 | ナノ


異次元 
【鍾会クンの憂鬱】
 




ピピピッ。

「!」
「あ!電池が切れそう。……どうしよう?」

鍾会の息子が己の意思に反して再度膨張し始めた直後、名無しの携帯から電池切れ間近を告げる警告音が聞こえた。

天の助けとばかりに、鍾会の唇から安堵の溜息が漏れる。

「充電器のコードを差し込めば話せない事は無いんだけど、そろそろ体も冷えてきたような気がするし…。髪の毛も乾かしたいから、今日はこれで電話を切ってもいい?」
「あ、ああ」

せっかくのいい雰囲気が中断された事に対する無念さもあるが、自分の下半身がフル勃起状態になって取り返しのつかない事態に陥るのも困ると思い、戸惑う鍾会の声は複雑だ。

しかし、名無しの彼女の体が何より大事だと思った鍾会は、未練を断ち切るようにして低い声で呟く。

「私の事はいいから、早くパジャマを着て髪を乾かせ。風邪をひいたら大変だからな」
「うん…ありがとう。じゃあ鍾会、また明日学校でね」
「ああ。……じゃあ」

ピッ。

お、終わった。無事に終わったっ!

特に最後。自分で言うのもなんだが、実に男らしく、カッコよく終わった……!!

生まれて初めて持った携帯電話。そして愛する女性に初めてラブコールをかけた鍾会は、電話を切った後軽い放心状態に陥っていた。

パパパパッ、パッパッパ〜ッ♪

鍾会 は レベルが 上がった!!
会話術 が 5 上がった!!
積極性 が 4 上がった!!
勇気 が 3 上がった!

スキル 『こいのかけひき・小』 を覚えた!!
ツンデレレベル が 6 に上がった!!

どこかからかドラ●エ風の謎のファンファーレとナレーションの声が脳内に響き、鍾会は己の体に不思議な力が満ちてくるのを感じていた。

鍾会は携帯をテーブルの上に置いた後しばらくボケーッとしていたが、やがて何かを思い出したようにもう一度携帯に手を伸ばし、自分の方へと引き寄せる。

(さっきの質問、名無しにまだ返事が出来ていなかったな)

鍾会とお揃いにしたいという、なんとも嬉しくて有り難い名無しの要望。

電話をするのは無理だとしても、メールを送るくらいなら今の名無しにも大して邪魔にはならないだろう。

そう考えた鍾会は携帯の新規メール作成画面を起動させ、せっせと文章を作成した。

答えは決まっている。

To: 名無し
Subject:回答
『鍾会だ。さっきの質問の件だが、許可する。何度も言うが、あなたがどうしてもと言うから仕方なく聞いてやったのだからな。特例だ。』

慣れないボタン操作と闘いながらとりあえず完成したものの、読み返すとなんとなく味気なさを感じた鍾会は、長い指先を顎に添えてしばしの間考え込む。

男友達に送るのであればこれでも別にいいと思うが、好きな女性に送るには少々冷たいのではないかと思う。

でも、自分の方が上位であるという意味を含ませた文章自体を変える事はプライドにかけて嫌だと思った鍾会は、別の方法を探す事にした。

(絵文字、とやらを使ってみた方がいいのだろうか)

そう思った鍾会は取扱説明書をチェックしつつ、絵文字の項目を呼び出してみた。

(うわっ。こんなにあるのか!?)

種類が多すぎて、正直何をどう使えばいいのか分からん。

カラフルな絵文字に目がチカチカしそうになりながら、鍾会はそれでも頑張って適当な絵文字を選ぶと、ポチポチとボタンを押して挿入していく。

To: 名無し
Subject:回答
『鍾会だ。さっきの質問の件だが、許可する何度も言うが、あなたがどうしてもと言うから仕方なく聞いてやったのだからな特例だ

本文自体は変わっていないが、先程よりは幾分マイルドになったような気がする。これならどうだろう?

(よし、送信!!)

『送信』ボタンを押すと、メールの送信画面が立ち上がってメールがどこかに運ばれていくようなアニメーションが再生された。

今までPCのメールしか使った事がなかった為、使い勝手がよく分からない。

ちゃんとあれで送れているのだろうか、名無しは読んでくれたのだろうか…という不安を抱いてドキドキ&ソワソワしながら鍾会が携帯の画面をじっと見つめていると、5分くらいして名無しからの返事が届いた。


きっ…、キタ────ッ!!


From: 名無し
Subject:ありがとう
『本当!?鍾会、ありがとう凄く嬉しいよ
まさか鍾会が携帯を持ってくれるなんて思わなかったので、こんな風にして鍾会とメールが出来るようになった喜びを噛み締めています
大学でも会えるし、話そうと思えば話も出来るけど、何かあったらいつでも連絡して下さい

鍾会も映画が好きだという話を聞いて、あれからネットで調べて評判の良さそうだった作品のDVDを何本かレンタルしてきました
面白かったと思ったら、鍾会にも教えるから楽しみにしていてね鍾会も何かお勧めの物があったらまた今度教えて下さい

今日はつい長話してしまってごめんなさい鍾会と話が出来たのが嬉しくて夜遅くなのに引っ張っちゃった今度は鍾会の邪魔にならなくて済みそうな時間に私からかけますおやすみなさい


「おおおお……おおおおっ……!!」


新品携帯をGETした時と同様、名無しからきた返事を目にした鍾会は感動のあまり妙な声を出して全身ブルブルと震えている。

名無しのメールは所々に可愛い絵文字がちりばめられていて、いかにも女の子という愛らしさとピンク色のオーラに満ちていた。

鍾会から電話を貰った喜びとお礼を述べると同時に、男を気遣う文章を最後に添える名無しの気配りに愛しさが込み上げ、鍾会の胸がキューンと締め付けられる。

(かっ……可愛いっ!!)

たかが電子メール一通だというのに、画面全体から溢れんばかりの私への愛と練乳がけの苺のように甘酸っぱくてミルキーなオンナノコオーラはどうだ!!

実際に会っても電話で話してもメールをしても、どれも全てがタマランチ会長!!なんというアイドル級のエロ可愛さ!!

ハァハァ!!さすがは私の名無し嬢────!!!!!

鍾会に届いた名無しのメールに彼への愛が含まれていたのかは不明だが、初めて好きな女性から、そしてハートマーク付きのメールを貰った鍾会はすっかり舞い上がっていた。


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